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ずれている

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 予想外に早く動いたなというのが王の分析だった。
 王の寵姫にうるさい外戚など不要だ。しかし、それなりの家の娘という肩書はほしいところだ。
 拝家の家の肩書だけ利用して、拝家の干渉は遮断する。そのために今回のあちらの動きは願ってもないことだった。
 これで、うまく証拠をつかめばこちらに有利に交渉が進むだろう。
 何しろ、妃を上級妃芍薬を陥れようというのだ。下手をすればいえ取りつぶし、どんな要求でも飲むというものだ。
 真影のせいで、美蘭が妙な好奇心を起こしてしまった。それだけが予定外だが、さっさとこちらの要求を通すための手順を整えよう。
 まあ、将来に希望を持たせるぐらいはいいが、それもあくまで希望どまりだ。
 そこまで考えて王は忌々し気に後宮の壁を睨む。
 かつて、妃の後見として実家の貴族たちがこぞって王家に介入した。その最悪の例が、前王の治世とその混乱。彼はそれを繰り返すつもりはなかった。
「問題は、拝家が、肉親の情を芍薬殿に訴えた場合ですが」
 傍らの側近がそう言ったがそのことは別に不安を感じていない。
 父親をバッサリ切り捨てている芍薬がいまさら祖父に対し、情に陥落するとは考えづらい。
「しかし、見ものよな」
 証拠を押さえた後は、芍薬と対面させてやろう。自分が陥れようとした相手が、自分の孫娘であると悟ったとき彼はどんな顔をするのだろうか。
「真影は、いまさら寝返ることもあるまい」
 どちらに着けば有利かそれくらいわかるはずだ。それに心情的に彼は姉の味方だ。
「せいぜい針の筵の座り心地を楽しむのだな」
 くすくすと笑う。
 側近たちは一礼すると王の元を下がった。

「姉さん、大丈夫?」
 とりあえず聞いておく」
 椅子に座り込んで落ち込み気味の姉は弟の問いかけに生返事をしている。
 さすがに女装は哀れだと、適当な衣装を用意された。
 しかし手触りからして明らかに絹。王宮の金銭感覚に身震いしそうになる。
「どうなるんだろうね、私」
「いや、別にそこまで考えなくても」
「ごめんね、役に立たない姉さんで」
「別に、姉さんのつてで出世しようなんて思ってないけど」
「そうだよね、昔っから努力家で、自慢の弟だからね」
 そう言って美蘭は立ち上がり真影の頭を撫でた。
「姉さんがいなくなっても強く生きてね」
「だからどうしてそこまで悲観的になれるのさ」
 真影が慌てて姉の手をつかむ。
「だって生かして放されるなんてありえないから」
「だから何があったの?」
「話したら真影が殺されちゃうから内緒」
 美蘭は、人差し指を唇に当てる。冗談めかしていたが、とても冗談には聞こえない。
「聞かないけど、たいへんだね」
 美蘭はかすかに笑った。
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