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後宮内の密事

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 美蘭は散歩がてら後宮の中を歩き回った。
 普段は舞の授業程度しか身体を動かさないので真剣に体力の低下を危惧していた。
 後宮は広かった。
 ただ歩いているだけで運動不足が解消しそうなほど広かったのだ。
 美蘭の住む御町内よりも広かった。それも美蘭が出入りできない女官たちのための施設なども含めると、御町内二つ分は確実にあると思われた。
 これで半分の規模、上級妃用の後宮もほぼ同じ広さでその中に十人に満たない妃達が使っていたという。
 一人当たりどんな広さだと思う。
 それでも最大収容人数の数分の一しかいないので後宮の中は閑散としている。
 先代王の時代は上級妃下級妃ともに満員で、更に時々入れ替わりすらあったという。果たしてどれほど金が動いたのか。
 そんな感慨にふけりながら適当に歩いている。さすがにここにきてそれなりに時間がたっているので迷子になるような愚は侵さない。
 大体の立地は理解していた。
「お妃様、何をしていらっしゃるの?」
 女官が不意に声をかけてきた。
 お妃様という呼びかけは個別の名前を知らないが、お妃さまと呼んでおけば間違いはないと思ってのことらしい。
「散歩よ、外を歩くわけにはいかないから」
 窓から庭園は見えるが、出るには特定の許可がいる。誰も申請しないし。それなら適当に廊下を散歩するぐらいは大目に見てもらえるだろう。
「それはそうと、貴女名前は?」
 女官とだけ見ていても何も変わらない、女官は女官でいろいろあるはずだ、少しぐらいなら聞き出せるだろうか。
「私は勿忘草と呼ばれているわ、貴女は?」
「私などの名を聞いてどうなさるおつもりですか?」
「別に、ただ興味を持っただけよ、別に女官長に言いつけるつもりはないわ」
 美蘭はできるだけ柔らかく笑って見せた。
 物を与えて懐柔するのは後だ、それよりは警戒を解くのが先。
「香貴と申します。家は趙家でございます」
「そう、ちょっといいかしら、少し聞きたいのだけど、女官長は今妃達のことをどう思っているの?」
 香貴はいぶかしげな顔で美蘭を見る。
「あの女官長がどうかされましたか?」
「ああ、私他の妃相手に商売をやっているから、そのことで怒られて、でもどうせ王に相手をされないんだからそれぐらいいいじゃない」 
 香貴は口の中で商売と呟いていたが、軽く首をかしげる。
「女官長は特定のお妃様にどうこうというのは聞いたことはありませんが」
「本当?」
「ええ」
 美蘭はそっと懐から組紐を使った髪飾りを出してきた。
 組紐を花の様に結んでそれに銀簪をつけてあるものだ。
「それじゃあ、私が貴女に話を聞いたことは内緒にしてくれる?」
 そう言ってそれを握らせた。
「内緒、ね」
 そう言って髪飾りを握らせる。
 こうやって物を無理やり渡してしまうのが一番いい。確実に口をふさげる。
「わかりました」
 美蘭はそれを聞いて小さく頷く。
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