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宿屋

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 こじゃれた木造建築の宿屋に入れば主人と思しい中年というには申し訳ないくらいの年頃の男性がいた。
 すっきりとした顔立ちで、見目好い範囲。
 まっすぐな黒髪を背中に流してまとめている。
「どうも主人のディロング・パラドキサスと申します。こちらは妻と二人でやっているもので至らないと思いますがよろしく」
 そう慇懃に挨拶してきたので俺が代表として主人のディロング氏と握手を交わした。
「女性は三階、男性は二階となっております」
 使用可能な部屋はドアノブに鍵が刺さったままになっているので、好きな部屋に泊まれと言われた。
 荷物は各自で運び込む。また、それぞれの部屋の行き来は禁止、これは不順異性交遊を阻むためだろう。学校の課題であるオリエンテーリングをこなすために来ているので、それは仕方ない。
 ディロング氏としても、ここは厳しくいかなければならないだろう。 
 まず先にサイカニア達を部屋に送る。小さく俺はサイカニアにだけ手を振った。
 そして俺は自分の部屋を選ぶことにした。
 三つ並んだ部屋のすべてに鍵が刺さっている。その中の真ん中を選んだ。
 真ん中を選んだ理由は何となくだ。
 部屋に入ればベッドと机と椅子ベッドの上に張り出すように荷物置きの戸棚がある。
 面積を稼ぐ為だろうが、毎朝起きるときに頭をぶつけそうだ。
 クリーム色のシーツやまくらなどは触ってみた限り洗濯が行き届いている。机の前に窓があり宿屋の中庭が見下ろせた。
 洗濯物を干す場所と、景観のためか小さな花壇がある。
 まだ見ていないがディロング氏の奥方の趣味だろうか。
 木のベージュ色とリネン類のクリーム色の殺風景な部屋で荷物の整理をすると、俺はとりあえず庭に出てみようかと考えた。
 一冊の本を手に俺は部屋を出ると鍵をかけ、鍵をポケットにしまった。
 鍵をよく見ると小さな葉っぱの刻印が押されている。
 隣を見れば花だ。
 こうやって部屋の鍵を見分けているのだろう。
 
 小さな中庭は森の中木々を切り開いて作ってあるようだ。
 この近くに村があり、食料はそこから送られてくるらしい。これは事前の下調べで分かったことだが。
 庭を抜ければすぐに森の中に入ってしまう。
 俺は注意深く森へと足を進めた。
 俺は町育ちだし、あまり田舎に入ったことはない。
 親の仕事の都合で突いていく場合が多かったがその戦肝大概はそれなりに大きな街だ。
 こんな風に開発されていない場所に来たのは初めてかもしれない。
 俺はそっと上を見た。
 タラトスクだ。
 ふわふわしたしっぽが特徴の愛らしいとすらいえる動物だが、こんな田舎はともかく都会に出現したら結構な問題の起きる害獣だ。
 最も宿屋の主人たちはすでに耐性があるのだろう。だからあんな風に放置しているのだろう。
 俺としてもたかがタラトスクで問題など感じない。
 とりあえずこの辺りで脅威となりそうなのはタラトスクどまりかと俺は少しだけ安堵した。

 
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