間違いの悲喜劇

karon

文字の大きさ
上 下
21 / 22

終幕 落着

しおりを挟む
「来なかったはずだ、ずっと調べさせていたんだから」
 ハットン氏の言い分が理解できず私は首をかしげていたのだが、マンドリンがポンと手を打った。
「どういうこと」
「マグダレンの家は隣国サイシャのユーカロライナ市なんだよね」
 その言葉にハットン氏の顔がゆがむ。
「で、この市の二駅向こうにユーカロライナ市があるの」
 二駅ということは大体二時間くらいで来ることができる。いくら何でも隣国に住んでいる人間を巻き込むとか馬鹿かと思ったが、隣のさらに隣の町くらいならありうるかもしれない。
 一つの国の市町村は同じ名前にすることを禁じられているが、国境を越えればそれも無効だ
「サイシャからくる列車とユーカロナイナからくる列車は上りと下で降り場が反対方向にあるから、そりゃ見つからないわよ」
「いやちょっと待って、列車から降りてくるのを待ち伏せしてたって、なんだか不穏な雰囲気しかしないんだけど」
 関係のない他の客までこちらを凝視している。そんな様子にハットン夫人は肩をプルプルさせている。
 さすがに我々には来ないだろうけれど、ハットン夫人の報復は苛烈なものとなりそうだ。
 テイミーは目を白黒させているし、マルチーズ娘はこれ見よがしにテイミーにしがみついている。
 それにマンドリンは気づいているのかわからないが、怒る気も失せたということだろうか
 私はマンドリンもどきの顔を見つめた。
 なんだろうこの違和感。
 私は思わずその顔をつかんだ。そして、テーブルに置いてある紙ナプキンを手にその顔をこすりつけた。
 何かがはがれる音がした。そして私やマンドリンと同じ、ちょっと吊り上がっていた目が片方だけ垂れ目になる。
 私はもう片方もこすろうとしたが相手が振りほどいた、しかし何かがはがれた。
 私の手の中に残っていたのは薄い紙だった。裏に乗りが貼られてあり、ファンデーションが塗られていた。
「可愛いは作れる?」
 テープで顔の肉を引っ張り人相を変えるという技がコスプレ業界で横行しているという噂を聞いていた。
 その技術が異世界から伝わったのだろう。
 片眼は釣り目、片目は垂れ目、そして半分だけ偽装が取れてしもぶくれのほっぺたが露見したその顔はただのお笑いだった。
 押し殺した笑いが周囲から広がっていく。そして気づく、あれ、これ誰かに似ていないか?
 そして、私はマルチーズ娘の顔を見る
「あれ、もしかして身内?」
 アンドレアが騒ぎの輪に入ってきた。
「マリア-ヌ、そういえばあなたお姉さんがいたわよねえ」
 そう言ってマルチーズ娘あらためマリアーヌに詰め寄る。
 アンドレアの連れがマンドリンもどきにつかみかかり、鬘を引っぺがす。
 ひどい惨状だ。
「あ、髪色同じ」
 うん、つまり真の黒幕はマリアーヌさんですか。恋敵に濡れ衣を着せて引っぺがし、なおかつ恋敵に本妻さんの災いをひっかぶせて御家安泰と、そうたくらんだわけね。
 周囲の視線は氷点下にまで下がっている。
「何が悪いのよ」
 あ、開き直った、しかし人に冤罪をわざと着せるのが悪くないと思っているんだろうか。
「だって、かまわないでしょう、どうせ働いているような女なんだから、労働者が貴婦人を名乗るなんておこがましい」
 労働は国民の義務という法律のある国の記憶のある私には、ここまで労働者を卑下できる感性が分からない。誰かが働かなければ何事も立ちいかないんだろうし、それに乗っかって便利に暮らす人間が労働者を見下げるなんてありえない暴言なんだが。
 根っこから違う常識の記憶のある私には一生理解できないことなんだろうなあ。
「家から縁を切られても確かに他の人より困らないでしょうね、でも他人の不始末でどうして私が家族と縁を切らなきゃならないのよ」
 マンドリンが呆れた顔をする。
「私たちがどうなったっていいというの、私が悪いんじゃないのに、全部姉さんが悪いのよ」
 マンドリンの真似をしていた姉を罵る。
「私ならいいと」
 ひくひくと口元を引きつらせる伯父さま。
「とにかく、当家は関係ありません、ですのでこちらのことはそちらにおませします」
 伯父様がハットン夫人にそう言うと、ハットン夫人もうなずく。
「ああ、来た」
 紺色の制服の一団が到着した。
「伝話伝報法違反の容疑者です、証拠の書類はこちらに」
 律儀に抑え込みをかけていたメアリアンがポケットから私が受け取った伝報をやってきた上司らしい人に差し出す。
「これによれば、ハットン氏彼が貴方の伝話を盗聴し、彼女らに伝えたようですねえ、訴えますか?」
 灰色の髪と瞳の特徴のつかみにくい顔立ちをした中年男性はにこやかな顔でハットン氏に聞いた。
 ハットン氏は力強く頷く。
「まあいいわ、終わり良ければすべて良しよ」
 そうハットン夫人が締めくくった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う

ひなクラゲ
ファンタジー
 ここは乙女ゲームの世界  悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…  主人公と王子の幸せそうな笑顔で…  でも転生者であるモブは思う  きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…

あいつに無理矢理連れてこられた異世界生活

mio
ファンタジー
 なんやかんや、無理矢理あいつに異世界へと連れていかれました。  こうなったら仕方ない。とにかく、平和に楽しく暮らしていこう。  なぜ、少女は異世界へと連れてこられたのか。  自分の中に眠る力とは何なのか。  その答えを知った時少女は、ある決断をする。 長い間更新をさぼってしまってすいませんでした!

今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ
ファンタジー
英雄とゆかいな仲間たちの毎日とアレコレ 別サイトにも公開中 広大な海と大陸で構成されたその世界には、名前がなかった。 名前のない世界で生きる黒熊隊にかかわる面々。 英雄ガラルドとゆかいな仲間たちの物語。 過去、別サイトで「英雄のしつけかた」の題で公開していました。 「英雄のしつけかた」←英雄ガラルドとミレーヌの物語。 東の国カナルディア王国に住む家政婦のミレーヌは、偶然、英雄と呼ばれる男に出会った。 「東の剣豪」「双剣の盾」という大きな呼び名も持ち、東流派の長も務める英雄ガラルド・グラン。 しかし、その日常も規格外で当たり前とかけ離れたものだった。 いくら英雄でも非常識は許せないわ!  そんな思いを胸にミレーヌは、今日もフライパンを握り締める。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

【完結】死がふたりを分かつとも

杜野秋人
恋愛
「捕らえよ!この女は地下牢へでも入れておけ!」  私の命を受けて会場警護の任に就いていた騎士たちが動き出し、またたく間に驚く女を取り押さえる。そうして引っ立てられ連れ出される姿を見ながら、私は心の中だけでそっと安堵の息を吐く。  ああ、やった。  とうとうやり遂げた。  これでもう、彼女を脅かす悪役はいない。  私は晴れて、彼女を輝かしい未来へ進ませることができるんだ。 自分が前世で大ヒットしてTVアニメ化もされた、乙女ゲームの世界に転生していると気づいたのは6歳の時。以来、前世での最推しだった悪役令嬢を救うことが人生の指針になった。 彼女は、悪役令嬢は私の婚約者となる。そして学園の卒業パーティーで断罪され、どのルートを辿っても悲惨な最期を迎えてしまう。 それを回避する方法はただひとつ。本来なら初回クリア後でなければ解放されない“悪役令嬢ルート”に進んで、“逆ざまあ”でクリアするしかない。 やれるかどうか何とも言えない。 だがやらなければ彼女に待っているのは“死”だ。 だから彼女は、メイン攻略対象者の私が、必ず救う⸺! ◆男性(王子)主人公の乙女ゲーもの。主人公は転生者です。 詳しく設定を作ってないので、固有名詞はありません。 ◆全10話で完結予定。毎日1話ずつ投稿します。 1話あたり2000字〜3000字程度でサラッと読めます。 ◆公開初日から恋愛ランキング入りしました!ありがとうございます! ◆この物語は小説家になろうでも同時投稿します。

処理中です...