パンデミック

karon

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やっと終わった

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 死体を投げ捨てて、佐藤は隠し持っていた注射器を取り出した。
 持っていた武器は死体に刺さったまま回収できていない。筋肉が締まり刃物が抜けなくなることはよくあることだ。
 がくがくと震える初老の男の腕をつかんでそのまま床に引き倒し、その体を膝で押さえつける。そして服の袖をめくりあげた。
「この注射器には何も入っていませんから」
 佐藤は微笑む。
「実に古典的でしょう?百年くらい前に書かれたセイヤーズの小説ですよ」
 それからふと思い出した。
「一つ聞いていいですか、あなた大貫紅葉さんに何をしたんですか?」
「あいつは敵と通じて、だから即発病するくらいの病原体を、もう動けないはずなのに、あの女何をした」
 ろれつが全く回っていない。それは恐怖のあまり錯乱しているからか、それとも、それ以上考えるのを佐藤はやめた。
「俺はただ、ただ」
「別に話はいいですよ、聞いたところで仕事に変わりはありませんし」
 注射針を静脈注射、そうすればわずか数分で心停止する。
 倒れて痙攣している男をしばらく見下ろしていたが、注射器を使用済みのごみ箱に投げ込む。
 空気を直接血管に注入されれば死ぬ。実に古典的だ。
 佐藤はよろめきながら呉羽のもとに向かう。
 呉羽は病原体を注射済みだという。さっさと保護して隔離しなければ。
 呉羽が注射された病原体が今回街にばらまかれた病原体と同じとは限らない。
 佐藤は軽く首を回した。
 発熱で周囲がぼやけて見える。
 指紋はどうしようもないが、多分何とか上がごまかしてくれるだろう。無茶ばかりやらされたんだそれくらいのことはしてもらわなければ。
 そして激しくせき込んだ。
 仕事中は何とか抑えていられたが、終わったと思ったとたん気力が切れた。
 ゼイゼイと荒い息を吐く。
 何とか外を目指そうとした。
「大丈夫ですか」
 息を切らしてと駆け寄ってきたのは呉羽だ。
「あの、呉羽さんは大丈夫なんですか」
 さっき呉羽は致死量の病原体を注射されたはずなのに、全く発症している様子がない。
「大丈夫ですよ」
 呉羽は不思議そうな顔をして佐藤を覗き込んだ。
「でも聞くまでもなく佐藤さんは大丈夫じゃないですよね。顔真っ赤ですが」
「ああ、熱が上がったのか、通りで目の前がぐらぐらすると思った」
 佐藤は息を整えつつ何とか呉羽を抑えようとした。
「あの、すいませんが」
「ああ、わかりました。肩を貸せというのですね」
 そう言って佐藤の腕をつかんだ。
「じゃあ行きましょう」
 いや、ちょっと違うんだけど、そう言いたいが言えない佐藤だった。
 漸くガスマスクをした顔見知りが佐藤と呉羽を回収しに来たので、呉羽の身柄を拘束するように頼むことができた。
 病院内はガスマスクの一団に占領されていた。そして、街は封鎖された。

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