上 下
12 / 100

破綻のない世界の崩壊

しおりを挟む
 アメリアの家族に関しては、スティーブンの評判はすこぶるよかった。
 母曰く。
「そりゃデビュタントしたその年に結婚が決まることは珍しいわよ、でもね、二年目までは余裕でも、三年目では顔引きつらせて結婚相手を探さなきゃだし、四年目となると初婚の相手を見つけるにはよっぽど運が良くないと無理よ、だとすれば良さそうなのは早めにキープしておくべきよ」
 一、二年の差で結婚相手に相当な差ができてしまう厳しい社交界の現実を伝えてくれる。
 むろんアメリアとしても悪い縁談だと思っていない、見栄えもそこそこいいし、年齢も五歳年上の二十歳、年回りも悪くない。
 家も男爵家にしては裕福、ただし、結婚後は領地、ちょっと田舎に引き籠っていなければならない、これがネックといえばネックだが、流通があまり発達していないこの世界、むしろ田舎のほうが生活が豊かな可能性もある。
 瑕疵がなさすぎるのが一番の悩みだ。
 ここまで瑕疵がないと何か裏があるのではないかと勘繰ってしまいそうになる。
 両親はすでに下調べを終えているのでそんなことは全くないと断言しているし、そろそろスティーブンをアガサ男爵家に招待しようと話し合っている。
 この招待で縁談が本決まりすることは疑いない。
「思ったより早く決まりましたね」
 洗濯屋に出しに行った洗濯物を持ち帰りながらマリーが言う。
 マリーは衣装係と兼任なのでマリーが忙しい日は外出ができない。
 そのためアメリアは暇つぶしのレース編みなどをやっていた。
 刺繍やレース編みなどの装飾品を作るのは貴婦人の嗜みだが、雑巾や衣服のほころびなどの実用的な手芸は使用人に任せるのがマナーだ。
 いまいちこの常識はわからない。
 雑巾は手芸初心者のバイエルだと思うのだが。
 
 王宮内の社交場でもスティーブンと連れ立って歩いている姿を人に見られていたからかあまり声をかけてこない。
 あちらも真面目な婚活者達だ。すでに唾付きされている相手に手を出すほど暇ではないのだろう。
 アメリアは日傘片手にぼうっと庭園の池の傍らで水草を観察していた。
 あちらではなにやら写生をしている女性がいる。
 教養や特技を見せつけて相手を吊ろうとする涙ぐましい努力だ。
 その女性を見てギクッとアメリアは肩を震わせた。
 キャロルだ。
 キャロルは眼鏡キャラ。そして知的で芸術家肌という設定だった。
 アメリアは標準ではあるが、破綻がない、破綻のない美というものは印象に残らないといったのは誰だったか。
 密に織られた麻布でできたキャンバスに指先を黒く染めながらクロッキーをしているキャロルに、声をかけたかどうか悩む。
 基本的にヒロイン同士が同じ画面に現れることはなかった。
 これはどうすればいいんだろう。そんなことを思いながらぼんやりと指先を動かすキャロルを見ていた。
「アメリア・アガサ、キャロル・カーマインでございますか」
 いかにも謹厳実直という顔をした中年女性が声をかけてきた。
 アメリアだけでなくキャロルにも。
「ユーフェミア様のお召しでございまし、心当たりございましょう」
 ユーフェミアって、悪役令嬢ユーフェミア、ないそんなものない。
 そう心中で叫びながらしかし硬直したように動けない。
 対するキャロルは不思議そうな顔をして、アメリアと目の前の中年女性を見比べている。
「ユーフェミア様のお召しです」
 断る口実など思いつかなかった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

もしかして私ってヒロイン?ざまぁなんてごめんです

もきち
ファンタジー
私は男に肩を抱かれ、真横で婚約破棄を言い渡す瞬間に立ち会っている。 この位置って…もしかして私ってヒロインの位置じゃない?え、やだやだ。だってこの場合のヒロインって最終的にはざまぁされるんでしょうぉぉぉぉぉ 知らない間にヒロインになっていたアリアナ・カビラ しがない男爵の末娘だったアリアナがなぜ?

転生したけど平民でした!もふもふ達と楽しく暮らす予定です。

まゆら
ファンタジー
回収が出来ていないフラグがある中、一応完結しているというツッコミどころ満載な初めて書いたファンタジー小説です。 温かい気持ちでお読み頂けたら幸い至極であります。 異世界に転生したのはいいけど悪役令嬢とかヒロインとかになれなかった私。平民でチートもないらしい‥どうやったら楽しく異世界で暮らせますか? 魔力があるかはわかりませんが何故か神様から守護獣が遣わされたようです。 平民なんですがもしかして私って聖女候補? 脳筋美女と愛猫が繰り広げる行きあたりばったりファンタジー!なのか? 常に何処かで大食いバトルが開催中! 登場人物ほぼ甘党! ファンタジー要素薄め!?かもしれない? 母ミレディアが実は隣国出身の聖女だとわかったので、私も聖女にならないか?とお誘いがくるとか、こないとか‥ ◇◇◇◇ 現在、ジュビア王国とアーライ神国のお話を見やすくなるよう改稿しております。 しばらくは、桜庵のお話が中心となりますが影の薄いヒロインを忘れないで下さい! 転生もふもふのスピンオフ! アーライ神国のお話は、国外に追放された聖女は隣国で… 母ミレディアの娘時代のお話は、婚約破棄され国外追放になった姫は最強冒険者になり転生者の嫁になり溺愛される こちらもよろしくお願いします。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

【完結】特別な力で国を守っていた〈防国姫〉の私、愚王と愚妹に王宮追放されたのでスパダリ従者と旅に出ます。一方で愚王と愚妹は破滅する模様

岡崎 剛柔
ファンタジー
◎第17回ファンタジー小説大賞に応募しています。投票していただけると嬉しいです 【あらすじ】  カスケード王国には魔力水晶石と呼ばれる特殊な鉱物が国中に存在しており、その魔力水晶石に特別な魔力を流すことで〈魔素〉による疫病などを防いでいた特別な聖女がいた。  聖女の名前はアメリア・フィンドラル。  国民から〈防国姫〉と呼ばれて尊敬されていた、フィンドラル男爵家の長女としてこの世に生を受けた凛々しい女性だった。 「アメリア・フィンドラル、ちょうどいい機会だからここでお前との婚約を破棄する! いいか、これは現国王である僕ことアントン・カスケードがずっと前から決めていたことだ! だから異議は認めない!」  そんなアメリアは婚約者だった若き国王――アントン・カスケードに公衆の面前で一方的に婚約破棄されてしまう。  婚約破棄された理由は、アメリアの妹であったミーシャの策略だった。  ミーシャはアメリアと同じ〈防国姫〉になれる特別な魔力を発現させたことで、アントンを口説き落としてアメリアとの婚約を破棄させてしまう。  そしてミーシャに骨抜きにされたアントンは、アメリアに王宮からの追放処分を言い渡した。  これにはアメリアもすっかり呆れ、無駄な言い訳をせずに大人しく王宮から出て行った。  やがてアメリアは天才騎士と呼ばれていたリヒト・ジークウォルトを連れて〈放浪医師〉となることを決意する。 〈防国姫〉の任を解かれても、国民たちを守るために自分が持つ医術の知識を活かそうと考えたのだ。  一方、本物の知識と実力を持っていたアメリアを王宮から追放したことで、主核の魔力水晶石が致命的な誤作動を起こしてカスケード王国は未曽有の大災害に陥ってしまう。  普通の女性ならば「私と婚約破棄して王宮から追放した報いよ。ざまあ」と喜ぶだろう。  だが、誰よりも優しい心と気高い信念を持っていたアメリアは違った。  カスケード王国全土を襲った未曽有の大災害を鎮めるべく、すべての原因だったミーシャとアントンのいる王宮に、アメリアはリヒトを始めとして旅先で出会った弟子の少女や伝説の魔獣フェンリルと向かう。  些細な恨みよりも、〈防国姫〉と呼ばれた聖女の力で国を救うために――。

【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください

むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。 「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」 それって私のことだよね?! そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。 でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。 長編です。 よろしくお願いします。 カクヨムにも投稿しています。

転生したら死亡エンドしかない悪役令嬢だったので、王子との婚約を全力で回避します

真理亜
恋愛
気合いを入れて臨んだ憧れの第二王子とのお茶会。婚約者に選ばれようと我先にと飛び出した私は、将棋倒しに巻き込まれて意識を失う。目が覚めた時には前世の記憶が蘇っていた。そしてこの世界が自分が好きだった小説の世界だと知る。どうやら転生したらしい。しかも死亡エンドしかない悪役令嬢に! これは是が非でも王子との婚約を回避せねば! だけどなんだか知らないけど、いくら断っても王子の方から近寄って来るわ、ヒロインはヒロインで全然攻略しないわでもう大変! 一体なにがどーなってんの!? 長くなって来たんで短編から長編に変更しました。

通称偽聖女は便利屋を始めました ~ただし国家存亡の危機は謹んでお断りします~

フルーツパフェ
ファンタジー
 エレスト神聖国の聖女、ミカディラが没した。  前聖女の転生者としてセシル=エレスティーノがその任を引き継ぐも、政治家達の陰謀により、偽聖女の濡れ衣を着せられて生前でありながら聖女の座を剥奪されてしまう。  死罪を免れたセシルは辺境の村で便利屋を開業することに。  先代より受け継がれた魔力と叡智を使って、治療から未来予知、技術指導まで何でこなす第二の人生が始まった。  弱い立場の人々を救いながらも、彼女は言う。 ――基本は何でもしますが、国家存亡の危機だけはお断りします。それは後任(本物の聖女)に任せますから

へぇ。美的感覚が違うんですか。なら私は結婚しなくてすみそうですね。え?求婚ですか?ご遠慮します

如月花恋
ファンタジー
この世界では女性はつり目などのキツい印象の方がいいらしい 全くもって分からない 転生した私にはその美的感覚が分からないよ

処理中です...