翠玲の幸福代行屋

黄瀬冬馬

文字の大きさ
上 下
20 / 29
第14話

寡黙な青年

しおりを挟む
「……重い、重過ぎる!」
天候に恵まれた休日、私はひとり両手に結構な量の荷物を引っさげて不満を漏らしていた。
今私は西の町〈青蘭〉の中華街に来ている。
なぜそうなったのかというとーーーーーー

ほんの数時間前、せっかくの休みをどう過ごそうかと私は部屋でくつろいでいた。
そんな中、急に凛月が部屋に入ってきて私に買い出しを頼んできたというわけだ。
青蘭では月に一度中華街通りで市が開かれる。
なんでもその日は普段では食べられないような屋台が多く出店するそうで、その為だけに観光客も押し寄せるほど評判が良い。
凛月さんには世話になっているし丁度暇を持て余していたので私は快く頼みを引き受けることにした。
だが今となってはとても後悔している。
なにせ荷物が多い!3人でこれだけの量………。---どんだけ食べるんだあのふたり。
「--っていうか、翠玲はどこに行ったんだよ⁉︎」
朝起きた時には既に翠玲の姿はなく、朝食の時間になっても戻ってこなかった。あの翠玲が凛月の料理を抜くなんて尋常じゃない。
何か理由でもあるのだろうか?
ええい‼︎ 今はそんなことどうでもいい。
私は頭を左右に振り現在直面している問題に向き合った。
「--さてと、これからどうするかな。流石に歩いて帰のは……ん?」
頭を悩ませていた時、遠くから大勢の客を乗せた辻馬車がこちらに向かってくるのが見えた。
私は指をパチンと鳴らし、近づいてくる辻馬車に手を振って合図する。
「ラッキー!私ってばついてる。お~い!」
御者が私に気づき辻馬車を止める。そしていくつか私に質問をしてきた。
「あんた、ひとりかい?行き先は?今日は乗客が多いから相席になるが」
「え⁉︎ ……あ、はい!良郭の商業街までお願いします。あの、荷物はどうしたら……」
「ああ、そこの上げ棚に乗せていいから。早く適当に座って、もう動かすから」
「は、はい!」
御者に急かされ私はすぐに乗り込み荷物を上げ棚に置いた。
車内は思っていたより広く大勢の乗客が話に花を咲かせている。生まれて初めて辻馬車を目にした私は思わず浮かれてしまう。
私はキョロキョロと辺りを見回し比較的声をかけやすそうな人を選ぶことにした。
そんな時、偶然右側の後部座席に座る男性が目に入り私は思わず息を呑んだ。
長い漆黒の髪を後ろでおだんごにまとめ上げ残りの髪を肩のラインまで落としている。
服の上からでもわかるスタイルの良い引き締まった身体はひょっとすると私よりも細いのではないか。
外見に恵まれたその男性は儚げに外の景色を眺めていた。
緊張しながらも私は勇気を出してその男性に声をかけてみることにした。
「あの、すみません。隣いいですか?」
私の呼びかけに男性は面倒臭そうに視線を窓の外から外し私に顔を向けた。しかし男性は何も言わず再び窓の外に視線を戻した。
あまりに予想外の反応だったのでしばらく理解が追いつかなかったが、私はようやく確信した。
私………無視されてる~⁉︎
あまりにもショッキングな出来事に心が折れそうになるが、私は負けじと男性に食らいつこうとした。
しかし次の瞬間、私は彼の行動に目を丸くすることになる。
不意に男性は自分の脇に置いていた荷物を自身の膝の上に乗せたのだ。
それが男性の返事だと気づくのに少し時間がかかった。
な、なんともわかりにくい!何なんだこの人⁉︎
「--ありがとうございます」
ムズムズする衝動を必死に抑えながら私は男性の厚意を素直に受け取ることにした。
隣り合って座ることになった私と男性の間にはしばらく気不味い時間が流れていた。
う………、非常に気まずい。こういう時って何か話した方がいいのかな?ええっと、誰にでも共通する話題といえば……(汗)
「いや~、それにしても良い天気ですね!--ってあれ?ね、寝てるし……」
勇気を出して話題を振ってみたものの、気づくと男性は腕を組んで眠っていた。
「はあ、なんか私……馬鹿……みたい……」
安心したのか、それとも人混みにもまれて疲れたからだろうか。
気持ちよさそうに眠る男性につられて私もついうたた寝をしてしまっていた。

約1時間後、馬車は良郭に到着した。私が降りる頃にはほとんど乗客が残っていなかった。
そして何の偶然か、隣りに座っていた男性も目的地は良郭だったらしく、私の後に続いて下車した。
男性はお金を払うとさっさとどこかに消えてしまった。
結局男性は最後まで一言も話さないどころか愛想すらも見せなかった。
私は男性の後ろ姿を見つめながらボソッと呟くのだった。
「--変な奴」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)

青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。 ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。 さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。 青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

(完)なにも死ぬことないでしょう?

青空一夏
恋愛
ジュリエットはイリスィオス・ケビン公爵に一目惚れされて子爵家から嫁いできた美しい娘。イリスィオスは初めこそ優しかったものの、二人の愛人を離れに住まわせるようになった。 悩むジュリエットは悲しみのあまり湖に身を投げて死のうとしたが死にきれず昏睡状態になる。前世を昏睡状態で思い出したジュリエットは自分が日本という国で生きていたことを思い出す。還暦手前まで生きた記憶が不意に蘇ったのだ。 若い頃はいろいろな趣味を持ち、男性からもモテた彼女の名は真理。結婚もし子供も産み、いろいろな経験もしてきた真理は知っている。 『亭主、元気で留守がいい』ということを。 だったらこの状況って超ラッキーだわ♪ イケてるおばさん真理(外見は20代前半のジュリエット)がくりひろげるはちゃめちゃコメディー。 ゆるふわ設定ご都合主義。気分転換にどうぞ。初めはシリアス?ですが、途中からコメディーになります。中世ヨーロッパ風ですが和のテイストも混じり合う異世界。 昭和の懐かしい世界が広がります。懐かしい言葉あり。解説付き。

婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。

夢草 蝶
恋愛
 侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。  そのため、当然婚約者もいない。  なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。  差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。  すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?

処理中です...