翠玲の幸福代行屋

黄瀬冬馬

文字の大きさ
上 下
18 / 29
第12話

依頼4 〈四〉

しおりを挟む
私と翠玲、そして静麗の母親は凛月達が戻るのを首を長くして待っていた。
しばらくして、夕日の光を背に浴びながら長く伸びた人影がふたつ近づいてくるのに気がついた。その影が凛月達だと確信した母親は真っ先に手を振りふたりの元へ駆け寄った。
「静麗、静麗!」
母親は我が子の名前を呼ぶと静麗に抱きつく。困惑する静麗をよそに母親は泣きながら何度も謝った。
「ごめんね、ごめんね静麗……。私が間違っていたわ」
「……母さん。私もちゃんと言えなくてごめんなさい」
ふたりは抱き合いお互いに涙を流しながら謝罪の言葉を繰り返していた。
その様子を遠くから眺めながら私はその光景を羨ましく感じていた。
「なんか、……親子って良いいなぁ」
そうしみじみと私は声を漏らした。
静麗の側にいる凛月もふたりを見ながら幸せそうに微笑んでいる。
しかし、私の隣にいる翠玲だけは無表情でいたことなど知るよしもなかった。


「なあ蓮、中身が気になって仕方がないのだが」
「ダーメ、開けるのは店に帰ってから」
「ちぇっ、けち」
翠玲は私の片手に下げている紙袋を物欲しそうに眺めてはしつこく私に中身の確認を求めてくるが、私はきっぱりと断る。
まるで親子のような会話に先頭を歩く凛月がクスリと笑っていた。
私は先程、静麗から受け取った紙袋に目を落とす。彼女なりの気遣いからなのか可愛らしい紫色の包装紙で包まれていた。
私達3人は静麗の家を後にし、夕日が沈みかけ辺りが薄暗くなった遊歩道を歩いていた。
「ふたりも今日はご迷惑をおかけしてすみませんでした」
不意に凛月が振り返り私と翠玲にそう詫びた。突然のことに私達は目をパチクリさせる。
「迷惑だなんて。寧ろ面白……じゃなくて、新鮮でしたし!」
思わず本音が漏れそうになり急いで言い直す私に続いて、翠玲が満足そうに語り出した。
「私も同意見だ。それに、私の自慢の料理で母親の胃袋を掴むことができたしな!悔いはない」
「そこかよ⁉︎ うぐっ、……まあ確かにあれは美味しかったけど」
今でもお昼に食べた翠玲の料理の味が忘れられないぐらいすっかり虜になっている。
悔しいがそこら辺の飯屋より絶品なのは間違いないだろう。
凛月は私達の顔を眺めどこか安心感そうな笑みを浮かべていた。
「ぐう~」
そんないい雰囲気をあっさり壊したのは空気を読むことなど知らない翠玲の腹の虫だった。
「………もう、台無し。ぷっ、あはは!」
「う~、悪い…….。飯のことを考えていたらつい……。こら、凛月まで笑うでない!」
「……ぐふふふ。すみません、あまりにもおかしくて。--でも確かにそろそろ夕食時ですね。早く帰って夕飯の支度をしましょうか」
凛月の言葉に私達はコクリと頷き、街頭で明るく照らされた歩道を急いで進むのだった。
夕暮れの空には小さな星々が空一面に広がっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

[完結]勇者の旅の裏側で

八月森
ファンタジー
神官の少女リュイスは、神殿から預かったある依頼と共に冒険者の宿〈剣の継承亭〉を訪れ、そこで、店内の喧騒の中で一人眠っていた女剣士アレニエと出会う。                                      起き抜けに暴漢を叩きのめしたアレニエに衝撃を受けたリュイスは、衝動のままに懇願する。               「私と一緒に……勇者さまを助けてください!」                                        「………………はい?」                                                   『旅半ばで魔王の側近に襲われ、命を落とす』と予見された勇者を、陰から救い出す。それが、リュイスの持ち込んだ依頼だった。                                                       依頼を受諾したアレニエはリュイスと共に、勇者死亡予定現場に向かって旅立つ。                             旅を通じて、彼女たちは少しずつその距離を縮めていく。                                          しかし二人は、お互いに、人には言えない秘密を抱えていた。                                         人々の希望の象徴として、表舞台を歩む勇者の旅路。その陰に、一組の剣士と神官の姿が見え隠れしていたことは、あまり知られていない。                                                これは二人の少女が、勇者の旅を裏側で支えながら、自身の居場所を見つける物語。                            ・1章には勇者は出てきません。                                                     ・本編の視点は基本的にアレニエかリュイス。その他のキャラ視点の場合は幕間になります。                    ・短い場面転換は―――― 長い場面転換は*** 視点切替は◆◇◆◇◆ で区切っています。                    ・小説家になろう、カクヨム、ハーメルンにも掲載しています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)

青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。 ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。 さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。 青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

(完)なにも死ぬことないでしょう?

青空一夏
恋愛
ジュリエットはイリスィオス・ケビン公爵に一目惚れされて子爵家から嫁いできた美しい娘。イリスィオスは初めこそ優しかったものの、二人の愛人を離れに住まわせるようになった。 悩むジュリエットは悲しみのあまり湖に身を投げて死のうとしたが死にきれず昏睡状態になる。前世を昏睡状態で思い出したジュリエットは自分が日本という国で生きていたことを思い出す。還暦手前まで生きた記憶が不意に蘇ったのだ。 若い頃はいろいろな趣味を持ち、男性からもモテた彼女の名は真理。結婚もし子供も産み、いろいろな経験もしてきた真理は知っている。 『亭主、元気で留守がいい』ということを。 だったらこの状況って超ラッキーだわ♪ イケてるおばさん真理(外見は20代前半のジュリエット)がくりひろげるはちゃめちゃコメディー。 ゆるふわ設定ご都合主義。気分転換にどうぞ。初めはシリアス?ですが、途中からコメディーになります。中世ヨーロッパ風ですが和のテイストも混じり合う異世界。 昭和の懐かしい世界が広がります。懐かしい言葉あり。解説付き。

処理中です...