5 / 29
第5話
親切な老婆
しおりを挟む
辺りはすっかり夜も更けて町中の建物に次々と光が灯り出した。
宿屋を追い出された私は行き場もなく途方に暮れていた。
これからどうするか考えを巡らしていたところ、不意に誰かに肩を叩かれた。
私は咄嗟に振り返り距離を取るため後ろに飛んだ。ここは人通りが少なくしかもほとんど街灯が無い薄暗い夜道。いつ誰に斬りかかられても不思議ではない。私は懐に隠しもっていた短剣に手を添え、人影の動きを待った。
しかし人影に動きは無い。
きみが悪くなった私は勇気を出して話しかけてみることにした。
「貴方は何者?私に何か用なの?」
しばらく沈黙が続いていたが、急に高笑いがしたかと思うと人影が暗闇から姿を現した。
「あっ、ははは!こりゃ、驚いた。いやぁ、良いもの見せてもらったよ」
なんと人影の正体は背の低い白髪の老婆だった。老婆は名を悠然(ヨウラン)といい、この辺りの住人だと教えてくれた。
夜道にふらついている私を心配して声をかけるつもりだったそうだ。
「そうだったんですね。てっきり通り魔かと」
「悪いことをしちゃったね。お詫びにと言っては何だが、うちに泊まっていかないかい?」
「-え?」
「こんな時間にふらついてるってことはまだ宿は決まってないんだろ?」
「……はい。でも、ご家族にご迷惑じゃ……」
「なに、一人暮らしだから心配いらんよ。まあ、なにぶん古い家じゃから若い人には向かないかもしれんが」
「全然、寧ろありがたいです」
私は悠然からの誘いを受けることにした。
彼女の丁寧な案内で無事家にたどり着いたのだが………。
「--ここ、ですか?」
「そうじゃよ。ささ、入っておくれ」
案内されたのは普通の家では無く、今にも崩れそうな生活感など皆無のおんぼろの建物だった。引き返したくなる気持ちを必死に堪えて私は悠然の後に続いた。
靴を脱ぎ家の中に入ろうと玄関の敷居をまたいだ時、私の視界は一瞬にして真っ暗に変わった。
「ぎゃー!」
どうやら私は床を踏み外しそのまま落下したらしい。幸いにも怪我は無かったが、頭上に大きな穴がぽかりと空いている状態に頭の理解が追いつかなかった。
「あらまあ、床が腐っていたんだね。大丈夫かい?怪我は?」
私の落下に気づいた悠然が手を差し伸べてくれた。私はその手を取りなんとか床下から抜け出すことができた。
「私は何とも、でも床が……」
「気にしなくていいよ。わしなんてしょっちゅうさ!」
床を踏み外すのが⁉︎
「修理とか頼まないんですか?」
「生憎、うちには修理に回すお金が無くてね。ま、そのうち慣れるから!」
いや、慣れねえよ。天地がひっくり返っても慣れねえよ。それにしても、こんな危険な家に老人が一人暮らしって………。
不意にとてつもない悪寒が走った。人目見た時から薄々感じていたが、この家は普通じゃない。
私の直感は悲しいまでにも的中したのだ。
夕飯は硬くなった玄米と山菜のお漬物のみ。
身体を洗う時は近くの水路を使い汗を流す。
寝室は蜘蛛の巣や小さい虫が隅っこにうじゃうじゃ。最悪なことに襖は破れていて冷えた夜風が容赦なく侵入してくる。たいして野宿と変わらないような……。
「はっ、くしゅん!うぅ、寒いよ~」
私は心の中で悠然についてきたことを物凄く後悔していた。この家は呪われている!
そう思った罰なのか突然天井から大きな蜘蛛が顔面に落っこちてきたのだ。
「-⁉︎ …………」
虫が苦手な私はそのまま気絶したのである。
翌朝、ぴくりとも動かなくなった私を顔面蒼白の悠然が発見するのだった。
宿屋を追い出された私は行き場もなく途方に暮れていた。
これからどうするか考えを巡らしていたところ、不意に誰かに肩を叩かれた。
私は咄嗟に振り返り距離を取るため後ろに飛んだ。ここは人通りが少なくしかもほとんど街灯が無い薄暗い夜道。いつ誰に斬りかかられても不思議ではない。私は懐に隠しもっていた短剣に手を添え、人影の動きを待った。
しかし人影に動きは無い。
きみが悪くなった私は勇気を出して話しかけてみることにした。
「貴方は何者?私に何か用なの?」
しばらく沈黙が続いていたが、急に高笑いがしたかと思うと人影が暗闇から姿を現した。
「あっ、ははは!こりゃ、驚いた。いやぁ、良いもの見せてもらったよ」
なんと人影の正体は背の低い白髪の老婆だった。老婆は名を悠然(ヨウラン)といい、この辺りの住人だと教えてくれた。
夜道にふらついている私を心配して声をかけるつもりだったそうだ。
「そうだったんですね。てっきり通り魔かと」
「悪いことをしちゃったね。お詫びにと言っては何だが、うちに泊まっていかないかい?」
「-え?」
「こんな時間にふらついてるってことはまだ宿は決まってないんだろ?」
「……はい。でも、ご家族にご迷惑じゃ……」
「なに、一人暮らしだから心配いらんよ。まあ、なにぶん古い家じゃから若い人には向かないかもしれんが」
「全然、寧ろありがたいです」
私は悠然からの誘いを受けることにした。
彼女の丁寧な案内で無事家にたどり着いたのだが………。
「--ここ、ですか?」
「そうじゃよ。ささ、入っておくれ」
案内されたのは普通の家では無く、今にも崩れそうな生活感など皆無のおんぼろの建物だった。引き返したくなる気持ちを必死に堪えて私は悠然の後に続いた。
靴を脱ぎ家の中に入ろうと玄関の敷居をまたいだ時、私の視界は一瞬にして真っ暗に変わった。
「ぎゃー!」
どうやら私は床を踏み外しそのまま落下したらしい。幸いにも怪我は無かったが、頭上に大きな穴がぽかりと空いている状態に頭の理解が追いつかなかった。
「あらまあ、床が腐っていたんだね。大丈夫かい?怪我は?」
私の落下に気づいた悠然が手を差し伸べてくれた。私はその手を取りなんとか床下から抜け出すことができた。
「私は何とも、でも床が……」
「気にしなくていいよ。わしなんてしょっちゅうさ!」
床を踏み外すのが⁉︎
「修理とか頼まないんですか?」
「生憎、うちには修理に回すお金が無くてね。ま、そのうち慣れるから!」
いや、慣れねえよ。天地がひっくり返っても慣れねえよ。それにしても、こんな危険な家に老人が一人暮らしって………。
不意にとてつもない悪寒が走った。人目見た時から薄々感じていたが、この家は普通じゃない。
私の直感は悲しいまでにも的中したのだ。
夕飯は硬くなった玄米と山菜のお漬物のみ。
身体を洗う時は近くの水路を使い汗を流す。
寝室は蜘蛛の巣や小さい虫が隅っこにうじゃうじゃ。最悪なことに襖は破れていて冷えた夜風が容赦なく侵入してくる。たいして野宿と変わらないような……。
「はっ、くしゅん!うぅ、寒いよ~」
私は心の中で悠然についてきたことを物凄く後悔していた。この家は呪われている!
そう思った罰なのか突然天井から大きな蜘蛛が顔面に落っこちてきたのだ。
「-⁉︎ …………」
虫が苦手な私はそのまま気絶したのである。
翌朝、ぴくりとも動かなくなった私を顔面蒼白の悠然が発見するのだった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
[完結]勇者の旅の裏側で
八月森
ファンタジー
神官の少女リュイスは、神殿から預かったある依頼と共に冒険者の宿〈剣の継承亭〉を訪れ、そこで、店内の喧騒の中で一人眠っていた女剣士アレニエと出会う。
起き抜けに暴漢を叩きのめしたアレニエに衝撃を受けたリュイスは、衝動のままに懇願する。
「私と一緒に……勇者さまを助けてください!」
「………………はい?」
『旅半ばで魔王の側近に襲われ、命を落とす』と予見された勇者を、陰から救い出す。それが、リュイスの持ち込んだ依頼だった。
依頼を受諾したアレニエはリュイスと共に、勇者死亡予定現場に向かって旅立つ。
旅を通じて、彼女たちは少しずつその距離を縮めていく。
しかし二人は、お互いに、人には言えない秘密を抱えていた。
人々の希望の象徴として、表舞台を歩む勇者の旅路。その陰に、一組の剣士と神官の姿が見え隠れしていたことは、あまり知られていない。
これは二人の少女が、勇者の旅を裏側で支えながら、自身の居場所を見つける物語。
・1章には勇者は出てきません。
・本編の視点は基本的にアレニエかリュイス。その他のキャラ視点の場合は幕間になります。
・短い場面転換は―――― 長い場面転換は*** 視点切替は◆◇◆◇◆ で区切っています。
・小説家になろう、カクヨム、ハーメルンにも掲載しています。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
(完結)私は家政婦だったのですか?(全5話)
青空一夏
恋愛
夫の母親を5年介護していた私に子供はいない。お義母様が亡くなってすぐに夫に告げられた言葉は「わたしには6歳になる子供がいるんだよ。だから離婚してくれ」だった。
ありがちなテーマをさくっと書きたくて、短いお話しにしてみました。
さくっと因果応報物語です。ショートショートの全5話。1話ごとの字数には偏りがあります。3話目が多分1番長いかも。
青空異世界のゆるふわ設定ご都合主義です。現代的表現や現代的感覚、現代的機器など出てくる場合あります。貴族がいるヨーロッパ風の社会ですが、作者独自の世界です。
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
(完)なにも死ぬことないでしょう?
青空一夏
恋愛
ジュリエットはイリスィオス・ケビン公爵に一目惚れされて子爵家から嫁いできた美しい娘。イリスィオスは初めこそ優しかったものの、二人の愛人を離れに住まわせるようになった。
悩むジュリエットは悲しみのあまり湖に身を投げて死のうとしたが死にきれず昏睡状態になる。前世を昏睡状態で思い出したジュリエットは自分が日本という国で生きていたことを思い出す。還暦手前まで生きた記憶が不意に蘇ったのだ。
若い頃はいろいろな趣味を持ち、男性からもモテた彼女の名は真理。結婚もし子供も産み、いろいろな経験もしてきた真理は知っている。
『亭主、元気で留守がいい』ということを。
だったらこの状況って超ラッキーだわ♪ イケてるおばさん真理(外見は20代前半のジュリエット)がくりひろげるはちゃめちゃコメディー。
ゆるふわ設定ご都合主義。気分転換にどうぞ。初めはシリアス?ですが、途中からコメディーになります。中世ヨーロッパ風ですが和のテイストも混じり合う異世界。
昭和の懐かしい世界が広がります。懐かしい言葉あり。解説付き。
婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。
夢草 蝶
恋愛
侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。
そのため、当然婚約者もいない。
なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。
差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。
すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる