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第三十二話
現場からは以上です
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披露宴会場となる舞踏会ホールは立食式となっている。とはいえ立ってばかりだと疲れるのは誰でも同じ。中二階や庭園を見渡せる広いバルコニー、一階のテラスにもフリーのテーブル席を設けている。
白亜の壁に大理石の床、その上に敷かれる真紅の絨毯。遥か高い天井には原岩の光石を使用している大きなシャンデリア。壁画はアスター大陸誕生に立ち会う神々の歴史が描かれている。
荘厳で豪華絢爛なこの場所で王太子殿下の結構披露宴が行われるとあって会場の装飾やテーブルの配置、ダンスするためのスペースや来賓のみならず楽団員や給仕たちの動線の確保がプランナー達に求められている。
如何せん、現国王の婚礼以来の大々的なパーティーだったため勝手出来る人間が少なくなっていたのも原因ではあるが、それには理由があるのを皆は知っていた。
王太子はなかなか婚約者や恋人を作ろうとはせずに今日まで仕事一本で生きてきた男だからか浮いた話ひとつも聞いたことがない。しかし、先日の御触れで実は十五年もの間、妃にしたい異国の令嬢のために待ち続けており先日ようやくプロポーズに至ったわけで、現実主義者な鉄人に見せかけて純情なロマンチストだった事に周囲は大いに驚かせた。
しかも年齢差が親子ほど離れており、王太子妃殿下は十八歳。ただの幼女趣味の変態なのでは?と皆が思っていたのだが、異性としてときめいたのは先月のサンラン国へ出向いたとき……つまりは相手がただ歳下というだけだったと王太子周辺の人々から又聞きした。きっと十五年もの間、お相手を異性として見られるのか不安だったに違いないと憶測が飛び交うものの、相思相愛の仲となったのは奇跡に近く、それこそ御伽噺顔負けの純然な恋愛をしているのだという。
そんな噂の二人が今、この披露宴会場の下見に来ている。メインとなるホールは現在はテーブルや楽団たちの腰掛ける椅子や譜面台が搬入している最中で混雑しているため、王家控室のある三階から下へと見学して行っている。
彼らの事を又聞きとは言え知っていたプランナーの一人は挨拶のために王太子夫妻の元へと足を運ぶ。
気に入ってくれるといいのだがと、不安と期待を持って一階から駆け上がる。
「うん。落ち着けそうな場所だね。」
「風通しも良さそうですし、休憩には最適ですね。」
二階に到着すると、下見している最中であろう王太子殿下の声ともう一人の声が耳に入る。恐らくは王太子妃だ。
二階にも休憩出来るテラス……いや、屋根があるからベランダか。風通しも良さそうなそこに長椅子やテーブル席も設けている。熱冷ましには打ってつけの場所であるが、主役の二人もそこが気に入ったのだろうか暫く話している。
「でもなんだか寂しい場所ですね……。」
「私も初めて知ったぐらいだから、本当に影が薄いのだろうな。」
……寂しい?
確かここのベランダは装飾として造花を使用しているが、寧ろ華やかさを出しつつも愛らしく落ち着きのある白や青の花で手すりなどに飾り付けしているのだが。
「この打ち捨てられたって様相がまたなんとも。」
「おまけに水捌けも悪いのか苔がたくさんあるね……。」
打ち捨てられた?苔がたくさん?
もしかしてベランダ席のどこか清掃が行き届いていない箇所があったのか?だとしたら、仕事で妥協を許さないであろう王太子殿下が許すわけがない。
「人は来なそうでしょうから疲れたら逃げられそうです。」
「そう考えたら、あれくらい小汚いほうがいいのかもしれないな。」
「も、申し訳ありません!どこか気がかりな箇所が……。」
小汚い!?それは見た目以上に衛生面が危うい。
影で二人の会話を聞いていたプランナーはさすがにこれはいけないと思ったのだろう、大慌てで飛び出してどこか不備があったのか尋ねようと飛び出した。と、
「「あの東屋。」」
「ぐへっ!!」
……ベランダに飛び込んで直様ズッコケた。
テーブル席とは全く関係なく、そこから見えるか見えないかの位置にある一階裏庭の東屋は確かに小汚い上に苔や蔦がまとまりついている。
灯は恐らく届かないだろうし、人が立ち入るような場所ではないため清掃などは後回しになってしまっていた。
プランナーの悲鳴(断末魔?)が耳に飛び込んできたヘルメスとマリセウスは直様振り向く。
「ど、どうしましたか!?」
「いえ……すみません。足を滑らせてしまいまして。」
ははは……と苦笑いをして誤魔化しつつも、二人に挨拶をしてから足速にその場を立ち去っていったのだった……。
ちなみにこの後すぐに東屋の清掃を行うように指示をしたのは言うまでもなかった。
「下見をして見ると、想像していた以上に参列してくださる方が多いのですね。」
「そうだね、アスター大陸の国家元首を始めとして国内貴族や海の向こうからもわざわざ来てくれる。当日は挨拶だけで時間を取られてしまうかな。」
「うぅ……粗相がないように、頑張ります。」
「今のヘルメスなら大丈夫だよ。」
そうは言ってくれるものの、ちょっと前まで社交会なんか知ったこっちゃないな伯爵令嬢だったわけで、参列者に粗相がないように振る舞う以前にしっかりと挨拶出来るかも心配になってきたヘルメス。
自己評価が低い彼女だが、本人が思っている以上に成長しているのを妥当に評価するマリセウス。何かあればフォローするからと言うと、
「いえ。マリス様に甘えるわけにはいきません!もっと学んで、ハンクスの王太子妃として参列者の方々に認めて貰わないと……。」
やはりプレッシャーがあるのか、最後の方は力がないように声が小さくなってしまう。
焦らずに自分のペースでいいのだよと励ますも、それでもヘルメスは納得出来ていなかった。
「……ごめんなさい。国々のお偉い方がやってくると思うと、マリス様の為に頑張らないとと思ったらつい。」
「……やっぱりヘルメスは優しいね。でも、心配事があったら打ち明けて欲しいな。」
「そういうマリス様は心配事はないのですか?」
「え、まぁ……あるにはあるかな?」
「えっ!?」
妻の心の負担を減らそうと本当は吐露すべきか迷う、ちょっとした心配事があるのを漏らした。
しかしヘルメスは『あったんだ!』という顔にも『なんで話してくれないの!?』という顔にも捉えられる驚愕の表情を見せた。
……初めて迎える夜はちゃんと夫婦の務めが出来るだろうかという心配なのだが、なかなか破廉恥なことなので誰に相談すべきか否か、実のところ数日間ほど彼を悩ませていたのだ。この歳で未経験なわけだから。かと言って知識がないわけではない、寧ろ熱心に学んでいる。
「な、何が心配なのですか?私に言えないことですか!?」
「い、いやそのなんというか……。」
ここで下手に濁したらきっと嫌われる。だからと言ってストレートに伝えたらセクシャルハラスメントに当たる。
出来るだけ包んで伝える言葉をマリセウスは探した。
「ええっとね……その、すごく恥ずかしい事なのだけど。」
「恥ずかしいのですか!?」
あんまり大声で言わないで!などと宥めながら、適切な表現はないかと探す。
「うぅんと……ね、ほら、結婚したらさ、ひとつのベッドで寝るじゃない?」
「あ、はい。」
ここまで話してヘルメスの顔はきょとんとしている。
それって恥ずかしいのですか?と言わんばかりの疑問符が浮かぶ表情。
「……その、ね?夫婦がひとつのベッドで過ごすということはさ?わ、わかるだろう?」
……ここへ来て濁してしまった。ダメだ、これでは妻に嫌われる。やはり勇気を出して言わなければ。
マリセウスがそこまで話してくれるも、なんのこっちゃわからない……しかし、ひとつの寝台を共にする事の何が心配なのだろうとヘルメスは考えた。
「……あっ!そういう事!?」
「えっ!?」
勇気を出そうとした瞬間、ヘルメスの頭の上には光石がピーン!と光ったように答えに辿り着いた。
ま、待て!こんな可愛い妻に破廉恥なことを言わせてしまうわけにはいかない!マリセウスが自ら答えを言う前にヘルメスは回答を上げた。
「大丈夫ですよ。私、大きな音が響いても地震で屋敷が揺れても一度寝たらなかなか起きませんから!」
「……ふぁ?」
「ええ。例えマリス様の寝相が悪かろうがイビキが酷かろうが、全く気にしませんので!恥ずかしい事なんてありませんよ、ね?」
胸を張ってドヤッ!と誇らしげな顔でヘルメスは男前なことを言ってのけた。
寝相が悪くてイビキをかく中年男性は珍しくはない。自分の父もそうだと母から愚痴を聞かされており、きっとマリセウスもそうなのだろうと合点したわけだった。
ヘルメスは細かいことは気にしない豪胆な一面もあり、夫は行儀のいいイメージを崩したくないのかと悩んでいたに違いない、そんな事で幻滅しないから安心してほしいとドーンと構えていた。……先程のプレッシャーに負けそうになった姿はどこへ行ってしまったのかと思うほど堂々としている。
「…………ワ、ワァ。ソレハ、トテモ、タスカルナァ。」
『よかった、破廉恥な事を言わせなくて済んだ』と同時に『違う、そうじゃないんだよ』とも思ったが、本音は押し殺す。
複雑な心中のまま、小さく肩を落としてしまったマリセウスなのであった。
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