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第三十二話
キラキラが来る
しおりを挟むその頃マリセウスは、披露宴に着るヘルメスの瞳と同じ色をした刺繍が施されている純白のタキシードの確認を終えて、挙式のタキシードに着替えていた。自分の体格に不自由のない柔軟性も勿論だが、ライトグレーのジャケットにダークブラウンのジレ、白薔薇のコサージュと……マリセウスにとって派手さがないことに非常に落ち着きがあって満足している。短期間だったというのに仕上げてくれた針子達に感謝し、これを仕上げるまでには大変な苦労があっただろうと労う言葉も忘れなかった。
あとはヘアメイクやら細かいところをどうしようかの相談……だが、マリセウスは珍しく浮ついている。
この隣に花嫁姿のヘルメスが並んでくれると思うとなると胸の高鳴りも頬の緩みも抑えきれそうもない。
卒業パーティーのドレス姿をすぐに思い出した。青を纏った程よく色白の肌が映えて、笑った姿は世界から祝福されているかのように美しく愛らしいあの姿。
結婚式では純白のウエディングドレス姿を披露してくれる……きっとこの世全ての美しさをかき集めたって彼女の花嫁姿には敵わない。
一体どんなドレスだろうかと期待を胸にするものの、やはりそれは挙式当日まで見れないのだから今は想像するだけに留めておかねばと、自戒をするものの……想像するだけでときめきを禁じ得ない。
堅物で仕事人間の王太子が上の空で多幸感による息を大きく吐くその様は、いつも見ていた彼とは大きく異なっていた。それほどまでに王太子妃に対して好意を寄せているのだろう。幸せを噛み締めるというのはこういう姿を指しているのかもしれないと、針子達はそう思った。
するとこのタイミングで扉をノックする音。マリセウスは飛んでいた意識をすぐに戻して招き入れる。
「失礼します。ヘルメス妃殿下の針子でございます。」
「ヘルメスの?何かあったのかい。」
「はい。先程、ウエディングドレスに袖を通されたのですが、マリセウス殿下がお喜びになるかどうかとご不安になられていまして……。」
その針子からの言葉を聞いて、マリセウスはすぐに「マリッジブルーか!?」と心配になった。しかし針子が言うにはそこまでではないと言う。
本人はドレスを大変気に入ってくれてはいるが、やはり殿下を第一に考えてしまっているようで……。それを聞いたマリセウスは、自分のために不安がるよりも純粋にドレスで喜んでほしいと思わずにはいられない。
「それだったら私が彼女のドレス姿を見たら解決するかな?」
不安な気持ちがわからないわけではない。しかし一人で抱え込むのは心と体によくない。もしかしたらヘルメスは嫌がるかもしれないが、『大丈夫だ』と言葉で伝えるよりかは行動で示した方がきっと楽な気持ちになれるはずだろう。
善は急げとばかり、マリセウスは妻のいる隣部屋へと向かうのだった。……タキシード姿のままで。
一方のヘルメスは昨日のことを思いだしていた。眩しくて穢れが何ひとつない白一色の王太子式典礼装を纏った夫の立ち姿は、「格好良い」の一言で完結してしまう出立。他の言葉を全て消し去るくらいに息を飲んでしまうほど素敵な男性だった。
そんな素敵な人が夫でしかもタキシード姿を目にしてしまったら……情緒が乱れてしまう。いつも自身に対して冷静さを欠いた動作をする彼を諌めているというのに、自分も人の事が言えない取り乱し方をしてしまうのではないかと。
一見すると、『花嫁姿の自分自身が新郎と釣り合うのだろうか』と不安がって俯いてしまっている新婦の立ち姿ではあるが、その実『大好きな人の正装を見たら絶対に取り乱してしまうから冷静さを保たねば!』と瞑想しているのだ。下手すれば悟りの域に達してしまう。
「ヘルメス、今大丈夫かい?」
瞑想が深くなっていたヘルメスは、間違えるはずもない夫の声に体が跳ね上がった。こちらから出向くつもりがまさか来てくれるだなんて……いやマリセウスならそれくらいしてしまうだろう。
パーテーションの向こうには彼がいる。どんな姿だろうか……着替えていてくれてるなら助かる。いつもの襟詰で堅苦しくて王太子らしくない地味めな衣装であってほしい。
「は、はい。」
心の準備が満足に出来てないヘルメスの声は緊張で少し声を震わせてしまう。それが『不安によるもの』だと耳にしたマリセウスは勝手に解釈してしまったのだ。
「……今、ウエディングドレスを着ていると聞いて、その姿を見せてほしくて。」
「ぇ、でも。」
「私も挙式のタキシードに袖を通しているからさ、折角だから並んでみたいなぁって。」
年甲斐もなく浮き足たっているのを隠しきれない弾んだ声色で提案をする。あまりにも想像と違うそれに、『ドレス姿を見せたら死ぬのでは?』と『マリス様のタキシード姿を見たら発狂するのでは?』の心配が不思議と消えてしまったのだ。
マリセウスのそんな声を聞いたら、なんて可愛らしいと思わずにはいられない。どんな和かな顔をしているのだろうか?タキシード姿はきっと想像より素敵に決まっている。感極まって泣いてしまうだろうか?しかしあり得なくない。……自分自身の理性で抑え込めるかはわからないが、それよりも『今の彼を見たい』気持ちが強く勝ってしまっていた。
振り向いて姿見に映る自身を見た。
妃教育をちゃんと受けるまで、身嗜みは最低限しか気にかけてこなかった。それが今は彼の隣に立つ為に程細かくまで気をかけている。手櫛で髪型を整えてドレスをちゃんと着ているか確認して、どこにでもいる乙女のような仕草をしている。
色んな緊張が混ざっているものの、ヘルメスは自身の気持ちに正直になる。……恋慕は時には偉大である。
不安少々、ときめき多めの胸中のまま一声かけた。
「はい。そちらに参ります。」
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