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第二十八話
信義忠い者
しおりを挟む「フレッド団長!先程『主に対して厳格に服従する』教えを語ったばかりではないか、妃殿下になられるお方に刃を向けるとは、どういうつもりだ!」
防いでいた左腕でシグルドの剣を弾き、少女と騎士団長の間に入り距離を取らせる。その間もシグルドは抜いた剣を鞘には納めなかった。
さすがの事態にベルドナルドも最悪の展開にならないよう、しかしながら王家を守るために腰に下げている剣に手を添える。だがそれを制したのはリッカルドだ。当然驚くも、ベルドナルドの目を見て「もう終わった」と一言だけ告げる。
全身に走った緊張を緩めて改めて眼前を冷静になって見れば、彼は終わった理由を理解して添えられていた手を下ろした。
「ならば問おう、将軍。妃殿下になられるお方は『国の為に身命を賭す』覚悟が不要なのであろうか。我ら神海騎士は国を守護する剣であり、これもまた身命を賭けております。」
「それは当然のこと。国は人であり命そのもの。それを守る為ならば、我が身を顧みぬことは常に承知の上だ。」
「その通り。我らは主を守る為だけの存在ではありませぬ。神海王国に生きるものの守護者でなければならぬ。それは王家も同じ事、カートン嬢も申した通りに国民を愛し慈しみ……彼らの生活を身を粉にして守るのが我ら主の務め。それこそ、身命を賭しているのと変わりなく。」
拡大解釈ではなかろうか?そう切り替えそうとしようかとジライヤは口にしそうになるも、陛下と殿下らの御前。実際に王家は国の為に臣下と共に、良き国づくりに励んでいる。王太子に至っては国王の仕事まで奪っ……いや、次期国王としての責任感からか、休む日も少なく常に国民と向き合うように執務をこなしている。そのせいで労働環境がややブラック気味ではあるが、これもまた胸の内にしまっておいた。
しかしだ……言いたいことはわかった。だがやはり、刃を向けるのは度し難い行為だ。試すような真似をするべきではない。ジライヤが口にするより早く、残されていた二人が発言した。
「見極めるつもりとは申したが、まさか本気だったとはな。」
「……だとしても、少々荒療治が過ぎますがな。」
膝をついていたリッカルドとベルドナルドも立ち上がり、ジライヤ達よりも先にいる少女を見つめての一言。
二人の言葉を聞いたシグルドは、それを待っていたかのようにようやく剣を鞘に納めた。
どういうことだと言わんばかりの表情のジライヤ、立会人の席にいるグレイとその両親も、彼らの納得がいったような振る舞いに理解が追いついておらず、困惑が未だ収まらずにいる。
「気づかないか将軍、自分の真後ろに誰かいるのを。」
リッカルドのそれを聞き、後ろを振り向く。
王太子妃となるヘルメスが姿勢を正しくして立っている。……ここでジライヤは状況を飲み込み、息を止めた。
宣誓のためにこの舞台に上がったヘルメス。各組織の代表と将軍の前に立ち、彼らに王族としての誓いを立てた。その間、立ち位置から一度も動いてはいない。国王、王妃、婚約者である王太子も舞台端から彼女の宣誓を見守りその場から一歩も動いてはおらず。……彼らは、微動だにしていなかった。
刃を向けられ、首が斬られそうであったのにも関わらず、ヘルメスは避けることも防ぐことも、ましてや逃げることもしようとしていなかったのだ。
「カートン嬢!何故そこから動かなかったのです、怪我どころの程度では済まされなかったのですよ!?」
驚愕と怒りを混ぜた声でジライヤは放つ。こんなか細い少女になんて事を、の義憤と自愛をしていない無謀な子供に説教をするような気持ちで声を荒げた。
それでもヘルメスは静かに、暖炉の前でくつろぐような穏やかさと落ち着きを保っていた。
「申したはずです。皆さんの信用に値しないのならば斬り捨てろと。」
「……しかしですね、貴女は王太子殿下が見初められた大切な婚約者。殿下とて貴女に何かあったらと、」
「なら、真っ先に飛び出してきてくれるならば将軍様ではなく、マリセウス殿下ではありませんか?」
ヘルメスのどこまでも落ち着いた言葉にハッとした。
エヴァルマー家もまるで微動だにしなかった、その中でも王太子は婚約者に相当惚れ込んでいるのは又聞きといえども周知されている。
ジライヤは真っ直ぐにマリセウスを見た。
後ろで手を組み背筋を伸ばした綺麗な姿勢。何もかも見据えているような、穏やかながらも凛然とした瞳でこちらを、ヘルメスを見ていた。
王太子殿下……何故?たまらず声を漏らしてしまい、それに対してマリセウスは答えた。
「何故?私は彼女の言葉をそのまま信じたまでだ。フレッド団長が申した通り、我らエヴァルマーもまた命を賭して国政を布いている。故に王太子妃の座というのは、それほどに重いものだ。」
理屈は理解している。
ジライヤは将軍として若く、そして青臭さは未だに抜けていない青年である。齢は三十。ヘルメスを除けば、この舞台にいる中では最年少だ。
貴族や王家の人間は蝶よ花よと煌びやかに育てられている、か弱き存在であろうという印象がこびりついている。御伽話に出てくる自由を知らない愚かしい存在とも泥臭い自分達がいなければ存在すら成り立たないはずだとも、馬鹿にしていたことだってあった。
だがジライヤの固定概念を変えたのはこの王太子だ。
本来は誰よりも煌びやかな存在のはずなのに、自分達よりも泥臭く、両脚で力強く地面を蹴り上げて、どんな大地でも駆け回るような偉大な獅子に見紛うほどに気高い男だ。
そんな男の心を射止めた少女の覚悟はあまりにも大きく、王太子妃でなければ人並みの幸せで事足りる人生を歩めるはずだったろうにと。
憐憫な感情が薄らと出てしまったジライヤは、小さい彼女へ再び視線を向ける。
「国政を布くとは、民から信を得ることと民を信じること。その信に対して義をもって還元すること。その信義に、王家は忠実であること。私は、この身命を神海王国に捧げます。」
改めて真っ直ぐにジライヤを見つめてヘルメスは答えた。その後「ですが」と付け加えて、
「身を挺して守ってくれた事、ありがとうございます。」
小さく微笑んでお礼をした。
「……恐れ入った。」
自分よりも大きく深い彼女に感服してしまい、己の青さに恥いるばかりと頭を下げた。胸中は何やらざわつき脈が大きく波打つ……不思議な気持ちに陥りながら。
そして中断した宣誓の儀は再開した。
神海騎士は厄災を払う剣なり。いついかなる場合であろうとも、真に正しき義をもって悪を打ち払わん。
国家憲兵団は民を守る盾なり。人々の営みを守るため、彼らと共に生き彼らを手助けする事を惜しまぬ。
近衞騎士は王を守護する鎧なり。悪鬼現るときには必ず参上し、この身命をもって海神の信仰を崩さん。
義の剣、信の盾、忠の鎧を携える神海将軍。
「我らが新たな主。いついかなる場合でも、忠実な僕として貴女に付き従うことをここに誓います。どうか国家を安寧へと導いて下さること、王国民を代表として願う事をお許しください。」
……そうしてようやく全てが終わる頃、デュランは隣で直立不動の息子の後ろに回している両の手を見た。
左手で右手を潰さんばかりに強く握っていたため、手袋には酷く皺が残っており、儀式が終わりを迎えてようやく手から力を抜く事を許した。
愛する人の決意を無駄にしない勇気は計り知れないものである。
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