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第二十八話
広間
しおりを挟む宣誓の儀が執り行われる広間は天井が高く、中央の舞台を見下ろせる形になっている席が設けられている。この広間は今回のような立会人がいる式典が行われる際に利用されているもので、彼らを一望出来るようなレイアウトとなっているのだ。
本来なら国王も連なって舞台を見下ろすよう席にいるのだが、今回は新たな王族を迎え入れるためそこにはいない。故に立会人からすれば恐れ多い事この上ないのだ。ただ見守るだけでも緊張してしまう……公爵二人とシルズ首相、カートン夫妻は平静を保っているが、グレイは気が気じゃないのかソワソワしてしまう。
そういう集中力のなさはどちらかと言えば、今までは妹のヘルメスが該当していたのにも関わらず、それが伝染してしまったとばかりに落ち着きがなくなっていたのだ。
妹が粗相をしないだろうか……予想出来ない失敗をしたりしないだろうか……。グレイは自分なりにお行儀良く過ごしてきてはいるが、この広間の重圧には空気で気圧されてしまう。だから『妹を心配している』素振りを見せれば、自分自身に余裕がないことを誤魔化せると思っていた。
だがそんな浅ましい誤魔化しは両親には通じるはずもない。かといって息子が取り繕っている素振りを無理に剥がそうとするほど、彼らは厳しくはない。
「気持ちはわかるが落ち着きなさい。」
妹を心配しているとも、空気に負けているとも取れるように一言だけ息子にかけて注意する。
舞台には将軍を前に、三大組織の長三人が控える形で並んでいる。
数十分ほど前に心を乱して叫んでいたジライヤは自己嫌悪で沈んでおり、妻が綺麗にしてくれた髪を思い切り乱されてしまったシグルドもまた沈んでいた。……シグルドに至っては騒ぎを聞きつけて止めにきてくれた(もとい野次馬根性のある)メイド達がやってきてくれた事により、髪型は先程のように綺麗に整えてもらえた。
しかしベルドナルドは上官の繊細かつ地雷をこれでもかと丁寧に踏み抜いてしまったこと、そのせいで尊敬している騎士団団長を巻き込んでしまったことに対して罪悪感があまりにも大きくて、二人に負けず劣らずかなり気落ちしていた。
……そんな中、リッカルドだけは手を後ろに回し、胸を張って直立不動で美しく立っている。ちなみにこの男、神経が図太いのと切り替えの速さは人一倍なためか、三人の繊細さに対して全然理解が出来ないし寄り添えないほどに不器用なのである。
「お前さんら、早く切り替えないと陛下が来てしまうぞ。」
恐らく側から見れば、この儀式に対してリッカルドだけは全てを受け入れようとしている姿勢、或いは新たに王族を迎え入れる人物に相応しいかどうか見極めるような厳格さが漂っている。……実際はどちらかといえば後者に近い。
「ジライヤ、特にお前さんと自分は王太子妃となる人間をよく知らない。そんな状態で迎えちゃぁ、王太子殿下の婚姻が破談になるだろに。」
「ぐへっ。」
立会人たちには聞こえないような声量での会話。
ここぞとばかりに弱っているジライヤにプレッシャーを与えるような言葉、並びに婚活連敗男には堪えるような単語の選び方で追撃してくる。これが『職業柄』の一言で片付いてしまうのだから、憲兵団の組織内は王家と民に対しては潔白であるが空気は黒く淀んでいるに違いないと邪推したくもなる。
(……そういや、あの日以来会ってねぇな。)
シグルドがヘルメスに最期に会ったのは、気絶している親友と共に離宮へ送り届けた日以来だ。
幼さがあり元気があり、あんな小さい少女が王太子妃になるなんて誰も思わないだろうに。
仮に王太子や国王がその少女を迎え入れることを望んだとしても、果たして将軍と総監は大人しく首を縦に振るだろうか。シグルドはらしくもなく、それが気掛かりで仕方がない。
親友と息子から聞いた話では妃教育を受けている際はまるで弱音を吐く事なく、それどころかストレスで体を壊したいたのを知っている。どれほどの重圧だったのか……。ヘルメスの幼さを否定するよりも無理なスケジュールを強行した国王に、この場にいる皆が怒り出すかもしれないな、などと思った。
「……なぁダイヤー殿。」
「ぅ、うむ?」
「アンタから見た王太子妃って、どんな印象?」
……何か聞いておきたいとは考えたが、まどろっこしい言い方は似合わない人間ではある。なのでストレートに隣で未だに顔面を青くしている兄弟子へ尋ねてみた。先程まで「親友が結婚する」ことに浮かれてはいたが、王族入りするあの少女の気持ちや臣下の今後を考えれば喜んでばかりはいられない。
ベルドナルドは俯いたままとはいえ、恐らくはリッカルドの話が耳に入っていたに違いない。シグルドの言葉には『一番近くで王族を守る役目のある近衞騎士が、守りたいと思う人間に相応しいのか』という意味合いが含まれているだろう。
弟弟子からのストレートな問いに対して、濁す事なく返す。
「……初めてお顔を合わせたときは、大人と少女の間くらいの女性だと印象を受けました。騎士や憲兵からすれば、守るべき民には変わりない。しかし……王族の器かは、さすがに未知数ですな。」
「だよなぁ~……。」
「ですが、国王陛下は人を見る眼があるのは確か。王妃殿下と王太子殿下も、その大人になりつつある少女を信頼しておられる。僅かな時間であそこまで全幅の信頼を得るのならば、と。」
「ベルドナルド・ダイヤーとしては?」
「……難しいですな。ただ、ヘルメス様は『ダイヤー』とお呼び下さる事には感謝しきれません。」
ベルドナルドは現レイツォ伯爵の叔父、先代伯爵の弟に当たる。兄の代までは根っからの『反王家派』に所属していたため、未だに中立派の一部と王家派には突き刺すような厳しい視線を受けている。現伯爵は信仰深くそれでいて海神の教えを従っているため、代替えをした際に王家派に改めたそうだ。
レイツォ伯爵ダイヤー家と聞けば宮殿に勤めている臣下たちは良い顔をしない。未だ信頼を得ていない証拠だ。
しかし王族が『ダイヤー』と呼べば、王家から確かな信頼を得ている証にはなる。どんな月並みな励ましよりもベルドナルドはそちらの方が嬉しかった。
だが個人の感情を儀にては持ち込めない。
「そういう貴殿はどうなのだ?」
「俺はダチの選択を信じている。ンだが、今の俺は国家を守る一角の長。ヘルメスちゃんに素質や信用がなけりゃあ実家に帰ってもらうぜ。」
「ふむ。もっと贔屓すると思いましたが、違うのですな。」
「いくらダチの幸せの為とはいえ、なぁなぁで認めるのはよくねぇだろ。中途半端にしたら二人とも不幸になるだけだからよ。」
親友を信じている、その伴侶となる少女も信じている。それはシグルド・フレッド一個人の感情である。しかし、神海騎士団団長としては口には出来ない想いである。
生まれさえ違えば、二人は何も障害もなく幸せに過ごせるだろうに……それとは異なり、今の生涯があるから二人は出会って結婚できるのだ。
だから願わずにはいられない。『どうか、俺達を従えるほどの決意を見せてくれ』と。
「……。」
リッカルド・ライアンは二人の話を耳にしていた。王太子妃となる小国貴族令嬢はまだ幼いという情報、それ以外は王太子が本気で惚れた女性とだけしか理解はしていない。国王の決めたことは絶対だが、今回ばかりは人間性を見極める必要がある。
リッカルドは民を守ることを矜持としており、規律を絶対としている。国民の生活を脅かす可能性があると判断すれば例え王族と言えども食らいつくほどの『正義感』が刻まれているのだ。
(幸せの為か。)
ジライヤ・ウィルソンはこの四人の中で一番若く、そして異例の出世を遂げた将軍である。故に若さ特有の「愛があれば」などというロマンチストがよく口にする言葉も平気で鵜呑みに出来てしまうほどに未だ純情な心を持っていた。
ロマンチスト、そのせいで色恋沙汰に関しては現実が見えていないことが多々ある。自分の思い描く『結婚の幸せ』を押し付け気味になり、そのせいで未だ独り身である事に自覚がまるでないのだ。そういった意味では何が幸か不幸か理解に至っていない青二才ではある。
(王太子殿下を射止めた妃となる人……真に信用に足るかどうか、早くお会いしてみたいものだ。)
……立会人には聞こえない程度の会話が丁度終わった頃、重々しい扉が開く音が聞こえる。四人は反射的に背筋を伸ばし足を揃え、両腕を後ろに回した。
立会人達も席から起立し、背筋を伸ばして扉へと視線を注ぐ。
「国王陛下並びに王妃殿下、並びに王太子殿下のご入場。」
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