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第二十七話
個性爆発の忠臣たち
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ダイアナ達が国王一家の挨拶を済ませて立会人達がいる控え室に入ると、そこにはヘルメスの両親とマクスエル公爵夫人が談笑していて他の立会人を待っていた。
カートン一家と三大組織と将軍らが起立し、入室してきた彼女らに早々に挨拶をする。シルズはカートン伯爵に「素晴らしいご息女をお持ちで」と我がことのように嬉々として話してくれる一方で、ダイアナは「まだお若い故に、今後が大変でしょう」とやや厳しめに一言に発する。だが態度とは裏腹に本当は浮かれているのをシルズは知っており、ダイアナの逆転の態度についつい笑ってしまっていた。
居合わせているジャクリーンもイフリッド公爵の本音……というよりも、公私混合しない人間であることと自分の兄の熱心な愛好家であることを知っていたので、ヘルメスの評価が厳しいだろうが親のように見守ってくれる事を理解していた。知らない人間からすれば、ダイアナ・ヴァン・アントニオの辛辣さは優しさから滲み出ているものとは気がつかないだろう。
「さてと。これで立会人は全員揃ったということでよろしいでしょうか?」
「ええ。マクスエル公爵もよろしくて?」
「はい。問題ありません。」
公爵家とカートン家が話し合っている最中、三大組織トップと将軍たちは一礼をして先に退出して広間へと歩き出す。
ジライヤを筆頭に歩くその一団は勇ましさも華やかさも兼ね揃えており、個性的であるものの国にとっては頼り甲斐のある男達の姿である。
その間は彼らは何も語ることもなく……いや、お喋りな男は一人いる。ご存知、シグルドである。
「あー……緊張するなぁ……。」
せっかく整髪しているというのに、いつもの癖で頭を掻きむしろうとしてしまい、危うくと寸前のところで手を止めた。いつも髪がボサボサなのはそういう癖があったからだ。
「お前さんでも緊張することがあるのか。」
「ダイアー殿やライアンのとっつぁんみたいに、日常的にビシィとしてないもンでな。」
普段なら滅多に自分から話しかけてこないリッカルド・ライアンは常日頃、自然体に過ごしているシグルドから出た『緊張』という言葉に反応をした。
本来であれば、国民や秩序を守る存在である騎士や憲兵は気を張っていることが常ではあるが……この騎士団長はとにかくそれとは無縁の人間性ではある。
カミさんと挙式した以来の緊張かな。 籍を入れて仕事も生活も安定した頃に、親族たちだけで小さな結婚式をあげたことをシグルドはふと思い出し、あの時の緊張感と多幸感が胸に湧いてきた。それがとても良い思い出だったらしく楽しげに話すものだから強面のリッカルドもつられてつい頬を緩んでしまう。賑やかな空気にベルドナルドも混ざってきた。
「確か奥方様はアレックス師匠の御息女でしたな。」
シグルドの義父を師匠、と呼んでいるベルドナルド。実はこの二人は同門であり、ベルドナルドはシグルドの兄弟子である。修行当時はお互い切磋琢磨する間柄ではあったが、シグルドが神海騎士団入団試験を受けるためにアレックスの元から離れていき、その時に妻も一緒に王都へと上京したのである。
ので、ベルドナルドも騎士団長夫人とは友人関係にあり、その挙式に招待出来なかったことをシグルドは今更ながら詫びた。その返事に彼は「近衞騎士に上がったばかりで早々に抜けられなかったので、欠席をしたかもしれない。気にしないで下され。」と優しく答えた。
「なら、王太子殿下も招待できなかったのか?」
「あー……ほら、とっつぁんはまだその頃のマリセウスは知らないかもしれねぇけど、あいつ病気だったからよ。」
「……ああ、そうだったか。」
「そう思えば感慨深いですな。十年近く療養して、復帰して十五年。ようやっと妃をお迎えすることが出来たことは本当に喜ばしい。」
「そうだよなぁ~!あいつ、他の女にアレコレ寄られてもなンとも思ってないのにヘルメスちゃんにはデレッデレでさぁ~!」
「お前さん、やけに嬉しそうだな。」
「そりゃま、親友が恋愛結婚とか嬉しいに決まってンじゃン!」
「ははは、確かに。王族や貴族は家のための結婚がほとんどだから、恋愛で生涯を誓える相手を見つけるなぞ滅多にない事象ですから、多幸感が溢れるというものですな。」
「自分は見合いで、家さえ守って貰えればと言うだけで女房を迎えたが……まぁそれでも、女房を迎えるってのはいいものだ。」
「だよなぁ~、結婚っていいもンだよな!」
三人はいつの間にか談笑に花を咲かせていると、先頭を歩いていたジライヤがピタリと足を止めた。それに気が付かず、よそ見をしていたシグルドは彼の鎧に額を思い切りぶつけてしまい少しばかり鈍い音が響いた。
いけない、さすがに賑やかにしすぎたか。リッカルドとベルドナルドは将軍の背中を見て何やら苛立ちを募らせているような空気を察した。
ただし、その空気を察しているのかいないのか抜けた声でシグルドは「どうしたンだ?」と尋ねる。……一応は上官なのだから、もっと敬意を込めたほうがいいのに。
「…………そんなに、伴侶がいるのがいいものなのか?」
「ン?当然だろ、カミさんがいると幸せじゃねえか。」
即、切り返した。
リッカルドのように家を守ってくれる役目を任せるために娶る人間もいるだろうが、日常が充実することもある。マリセウスのように恋愛結婚をして生涯を共にするほど愛を貫く男だっているのは確かであり、政略婚でも愛情が芽生えることがある。
要に『お互いをお互いの人生に組み込む』のだから、実のところ相当の責任も負うのだ。病める時も健やかなる時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も……。どんな事があろうが共に道を進むことは人によっては重荷だろう。それで独身を貫くものだっている、人の数だけ人生観があるというものだ。
ベルドナルドはその苛立ちが『結婚すれば人としての幸せ』などという固定概念を嫌っているせいで苛立っているのではないかと、だとしたら先程までの話は将軍にとってはいい気分がしないだろう。もしかしたら将軍の家庭は上手くいっていないかもしれない……だからベルドナルドは謝罪しようとした。浮かれていて配慮に欠けていたことを……と。
ジライヤはそれよりも早く、そして三人の談笑よりも大きな声を張り上げて叫ぶようにシグルドに放った。
「伴侶が欲しくても!!こない男だっているんですよ!!」
「え?」
あまりの声量と言葉に一同は固まる。
「簡単に結婚結婚結婚言ってますけどもね!!俺もう三十なのに今だに嫁がこないんですよ!!!婚活めっちゃしてるんですよこっちは!!!なんなんですかさっきから幸せオーラ全開でお話しして!!!当てつけか!?婚活失敗将軍に対する当てつけかこの野郎!!!」
「ぇ……あの、将軍、まさか未婚でしたか……?」
「未婚ですよ!!!」
「そんなに胸張って言うことじゃないだろう。」
「キィイイいーっ!!!」
リッカルドはブレずに冷静に返した。それが彼のコンプレックスに刺さったのか、ヒステリックに悲鳴を上げてしまった。他人の弱く柔らかい部分を的確に言葉の暴力で刺すことを職業柄習わしにしているので、うっかり職業病を出してしまった(しかし姿勢と表情は崩してはいない)。
「こんな!こんないい加減な男が騎士団長に出世して家庭を持ってるのが!!なんで俺は!!俺はなんで、こんにゃろうめぇえええ!!!!」
「まっ!や、ちょ!!髪が!!カミさんがまとめてくれた髪がぁああ!!!」
「わ……私は、なんて失礼なことを!申し訳ありません!ウィルソン将軍が婚活に失敗しまくっているとはつゆ知らず!勝手に伴侶がいると思い込んでしまいまして!大変申し訳、本当に申し訳ありませんでした!!!」
「お前さん、追撃している上に床が割れるような音がしてるが大丈夫なのか?」
結婚できなくてコンプレックスと化している将軍、
デリカシーと距離感がなさすぎる騎士団長、
土下座で床を破壊せんばかりに頭突きをしている近衞騎士団長、
混沌としたこの状況下でも動じない憲兵総監。
……信じがたいやもしれないが、彼らが神海王国ハンクスを支えてくれている組織のトップである。
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