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第二十七話
溢れろ本音
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神託の間から上がり、宣誓の儀が行われる広間へと向かっていたエヴァルマー一家。ここで分かれ道、ジャクリーンは今はマクスエル公爵夫人の立場故、この後は公爵夫人として立ち会うのでここでいったん別れることとなった。
儀式まで多少の時間があるので小休憩しようと控え室へ彼らは入る。それを待ち構えていたかのように中にいた使用人たちは、何を言うまでもなくテキパキと直ぐ様にお茶の準備を始めた。
「それでも加護って、どういうものが付与されたのかやはりわからないものなのですか?」
「ええ。私も当時は何をいただいたのかわからなかったのよね。ジャクリーンの祝福で見てもらったからようやくわかったぐらいもの。」
ジャクリーンの祝福は『慧眼』。人の本日や深層心理を見抜く能力だが、徐々に能力の精度が上がると父と兄の祝福と母に付与されている加護も解明出来るようになっていた。
ちなみにテレサの加護は『金運アップ』だったとか……少し微妙だったことに当時はしょんぼりしたそうな。
「ヘルメスちゃんも見てもらったけど、どうだったの?」
「はい。ですが、明確にはわからないそうでして……。」
というのも、ジャクリーンはマクスエル公爵家に嫁ぐ際にその祝福の力を八割ほどを返還してしまったのだ。王女としての執務には必要だったので大いに活用してはいたものの、ようやくそんな面倒な……もとい大変な役割から降りることが出来るのだから、不要と思ったのだが社交界で何かしら使うかもしれないから少し残しただけで彼女は臣族に降りたのだ。しかし実際は本当に不要なものになってしまったので「完全に返せばよかった」と、ヘルメスとマリセウスがデニー邸に訪れた日にそのことについて話していた。
それでわからないとなれば仕方がないことではあるが、正体がわからないと言ったわけではなくて、どのような効果があるのかがわからない加護だったそうだ。
「せめてどんな名前かわかれば推し量れたのだがなぁ……。」
「まぁ、焦ることはないでしょう。加護に悪いものはないはずですし。」
「それもそうね、そのうちわかるといいわね。」
和やかに歓談していると、執事がノックをして入ってきた。
今回の宣誓の儀に合わせて立ち会う公爵二名とサンラン国から首相のアビゲイル・シルズ氏がやってきたとの事。その報を聞くと、デュランは挨拶のためこちらに来て貰うように促した。
ヘルメスは自分の生まれた国の首相がやってくる事は事前には聞いていたものの、いざ本当に対面するとなるとやはり緊張する。顔を合わせるのは実質二度目になるが、覚えていてくれているのかもわからない。……覚えられてなくても、緊張してしまうのは変わりないが。
「公爵が二名、となるとマクスエル公爵ともう一人の公爵はどなたになりましたか?」
「イフリッド公爵だ。王都から海岸沿いにずっと西の……。」
「確か王妃殿下のご実家のポラリス造船交易商の本社がある、大きな港街がある領地でしたね。」
「あら、ちゃんとお勉強したのねぇ~!」
王妃テレサは貴族の出身ではなく、実は神海王国ハンクスでは一番大きな造船所を営んでいる商家の出身である。
『ポラリス造船交易商』は文字通りに船を造り、その船を他国にも売り、さらには輸入出品の交易も行い幅広く商売をしている商会の一面もあるのだ。王妃の実家というだけあって同業者や船大工らからも信頼も強く、マリセウスが会頭をしているグリーングラス商会も(本人曰く『たまに』)利用させてもらっているという。
ちなみにテレサも小さいながらも事業を行っており、造船の際に余ってしまった木材などで家具を作ってそれを販売している店のオーナーをしているそうな。
テレサが嬉しくて頭を撫でられるヘルメス。ちょっと恥ずかしいなぁと思いながらも撫でられて満更でもない様子で笑う姿を見るとつい和んでしまうテレサとデュラン、そして思い切りデレデレになるマリセウス。一家はヘルメスを中心にそれはとても幸せに満たされていた。……そうほんわかしてしまっていると、ノックの音が響いて一同は姿勢を正した。
失礼しますと一礼して入ってきたのは、シルズ首相。
彼女が入ってくると一同は立ち上がり温かく迎え入れる。デュランとテレサに挨拶をし、マリセウスには簡単なお祝いの言葉を述べるとヘルメスに向き直り、「まぁ!あの時のお嬢さんね!」と覚えてくれていたらしく、ヘルメスの両手を掴んで嬉しそうにお祝いを述べた。
そのやりとりがひと段落つくと、次に入ってきたのはマクスエル公爵であるロレンス・フラン・デニー。こちらは顔馴染みであったため、ヘルメスも少し緊張が緩和されて上手く肩に入った力が抜けた。
彼も簡単な挨拶を述べると最後に入ってきたのは上品な貴婦人。前二人と比べると表情はやや厳しく、しかしながら凛然としていて一輪の凛々しい花が咲いている……周囲に引けを取らない美しい人だった。
もしこの場にヘルメス以外のハンクス国外の人間がいたのならば、間違えなく「マクスエル公爵夫人」だと思い込むだろうし、シルズの片腕かとも勘違いしてしまうだろうが、そのいずれでもなく。ヘルメスは未だ伯爵令嬢の癖が抜けていないせいもあり、彼らが挨拶するよりも先に挨拶してしまいそうになるもギリギリで回避出来たが貴婦人に対してもそうしてしまいそうであった。だからなのか、厳格さが滲み出る眼がヘルメスを凝視している……。
「お久しぶりです陛下、妃殿下。そして王太子殿下。この度はご結婚、おめでとうございます。」
「ありがとう、イフリッド公爵。」
「お初目にかかります。イフリッド公爵のダイアナ・ヴァン・アントニオと申します。以後お見知り置きを。」
「わざわざありがとうございます。サンラン国のカートン伯爵が長女、ヘルメス・カートンと申します。」
お手本のように上品なカーテシーで挨拶をされるとさらに萎縮する。しかしながら、それはわざわざこちらを敬ってくれての行動。それに礼を返さねば無礼というもの。ヘルメスの精一杯に挨拶を返したのだ。
イフリッド公爵は派閥のある貴族の中では珍しく、エヴァルマー家を時には叱咤し時には支えてくれる、古くから続く由緒正しき家柄にして代々中立派を貫いている、誰からも信頼されている数少ない『仁義』を征く公爵家である。本来ならば宰相として召し上げてもよい実績と身分なのだが、飽くまでも王家には深く肩入れをしないことを信条にしているため、宰相の申し入れは断り続けているのだ。
中立派、ようにこれからの自分の行い次第では敵に回ってしまう可能性も十二分にあるわけで、イフリッド公爵家についても勉強したヘルメスもそれを承知している。ダイアナに粗相をしないように配慮したつもりだった。しかし鋭い眼光はヘルメスを貫かんばかりに突き刺す。……怒っているのだろうか?
「……随分とお若い婚約者ですこと。おいくつですの?」
「は、はい。十八になります。」
眉間に皺を寄せたまま、扇子で顔の下半分を覆いながらヘルメスに年齢を問いかける。するとますます皺が深くなり、王の御前だというのに露骨に嫌な顔をする。これはまずいのでは……。
「イフリッド公爵。私とヘルメス嬢の年齢差に疑問を感じるのも仕方がないのは理解する。しかしだ、彼女との婚姻を申し入れたのは私からで、彼女のご実家とも話し合って合意の元で結んだ婚約だ。」
「……。」
「はい、マリセウス殿下の申し上げていただいている通り。王家の後ろ盾とは酷く弱い家ですし、私自身もまだ未熟な存在ですが、殿下と共に身を粉にして神海王国を支えていく覚悟はあります。」
「……。」
「それに我らにもちゃんとした馴れ初めもあってだな……。」
マリセウスとヘルメスがダイアナにあれこれ話しているのにも関わらず、とうとう扇子で顔を全て覆い隠してしまった。
これは初動、つまづいてしまっただろう。心象を悪くしては他の臣下に示しがつかない……どうしたものかと二人は困っていると、どこからか何かを擦り合わせるような異音が聞こえてくる。
ずず……ずず……っ。
低く、重い何かであろうか。それもこの近く。
こんな状況ではあるもののの、マリセウスは周囲を目配りするも、誰も何も運んではいない。なんであろうか気になるが……ダイアナに視線を戻してまた話そうとするも、やはり扇子から顔を離さない。しかも肩を震わせているときた。まずい、怒っている?言い訳のような言葉ばかりを並べてしまったのが悪かったのだろうか?……と、ダイアナの近くにいたロレンスがこっそりと僅かな隙間から顔を覗き込んでみた。
「……アントニオ公、アントニオ公。殿下が心配してますよ?」
ロレンスの言葉を聞いて、ようやく顔を上げてくれる。
……ボロボロに泣いていた。
「えっ!?」
「ど、どうしましたか!?泣くほど怒っていらっしゃったのですか!?」
「いっ……いえ……っ!ただ、ただ……!ようやく、殿下の遺伝子が、未来に残るかと思うとぉ……ずびぃい!!」
え?今なんて?
引くくらいに感無量に号泣しているダイアナを見て唖然とする二人。思わずデュランとテレサに目線を向けると、これまた微笑ましく笑っていたのだ。
「なんだ、お前知らなかったのか?」
「ダイアナは熱心なマリセウス推しで有名なのよ。」
「推し!?!??」
「推しって何!?」
……中立派故になかなか応援できなかった事が苦しかったと、この後二人に熱弁することとなるくらいには本当に溜まっていたそうだ。
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