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第二十五話
青い大人
しおりを挟むエヴァルマー家とカートン家の両家顔合わせの翌朝。マリセウスは騎士団の調練場にあるトレーニング施設にいた。
錘をつけての腕力トレーニングや懸垂のための鉄棒、下半身を鍛えるための水流石で逆流を生み出しているプールなど、細かい機材を含めると種類は豊富でやりがいのあるものばかりだ。
騎士にとっては鍛錬も任務のうちであるため、日中ならば非番を含めてそれなりにいるが早朝は数え切れる程度の人数しかおらず、その時間帯を狙ってマリセウスはシグルドと共にトレーニングに励んでいる。
寝起きで適当に束ねている長髪、これまた寝起きで剃っていない無精髭、汗だくになって騎士に紛れている彼をまさか自国の王太子とは誰も思ってもいなかった。日頃身嗜みに気をかけているから今の姿はそのイメージからかけ離れているのだから無理もない。マリセウスにとっては好都合だが。
「はぁぁああ~……。」
鉄棒に足をかけて腹筋をしていたマリセウスはこの時間、数え切れぬほどにため息をついていた。逆さ吊りでぶらりと腕を組んだまま、とても悩ましげだ。
その隣には同じトレーニングをしていたシグルドも腹筋をやめて逆さ吊りをして声をかける。
「あンだよ、マリッジブルーかぁ?」
「そっちのがよかったよ。……まさかここに来て一波乱が起こるとは思わんだろうに。」
「珍しい。お前にも想定外なことがあったのか。」
全身の筋肉を使って背中から体を上げる。鉄棒に腰掛けている形から豪快に飛び降りて地面に着地した二人。
運動負荷をかけた身体を労るようにゆっくりとストレッチをしながら話を続けた。
「そうだな。不測の事態はある程度はどうにか対処可能のつもりだったが……予想外の方向から予想外の言動が飛び出たものだから、どうしたものかと。」
またしてもため息まじりにそのように話す。
昨日はマリセウスの隣にジークがいなかったこともあり、シグルドは親友に何が起こったのかまるで把握していない。……それ以前に息子から詳細を聞き出すのはどうなのだろうとは思う方々もいるかもしれないから言うが、マリセウス本人公認なので安心してほしい。
「シグルドは結婚するって話を家族にして、その時の周囲の反応はどうだった?」
「どうって。俺の場合は師匠が修行つけてくれる条件が、カミさんを貰ってやってくれだったから向こうは手放しに喜んだぜ?」
妻には妹と父がおり、母は亡くなっていた。妹は嫁いでしまい、父が一人では寂しいだろうといつまでも妻は傍にいるつもりではあったが、逆にそれを不憫に思い、シグルドに提案したのがその条件だったという。
それからシグルドは当時のことを思い出しながら指折り数えた。
「父ちゃん母ちゃんには驚かれただろ?イズミ兄とニーア姉とサンタナ兄には心配されて、ゴリアテ、ムーア、ナジェルは……まぁ祝ってくれたかな?」
兄と姉の甥と姪を含めると相当な人数になるから、それは省く。当時は騎士に成りたてというのもあり、挙式は挙げずに籍だけ入れて……あの時は実家近所も大盛り上がりだったなと笑いながら話す。
「でもまぁ、なんだ。みんな笑って祝ってくれたし、とてもよかったよ。兄ちゃん姉ちゃんは心配してたのが馬鹿らしかったなンて言ってたし。」
「そっかぁ……。」
楽しげに話す親友を横目に余計に沈んでいくマリセウス。二人は土から自然と芝生の生えている休憩スペースに移動していた。
座り込んで開脚し、上体をそのまま前に突っ伏して柔軟を行うと芝に向かってまた深いため息を吐く。……なんともまぁ、見ているこちらも少し苛立ちそうな態度である。
シグルドはいつもなら「何か言いたいことがあるならハッキリ言え!」と発して悩みを根掘り葉掘り聞き出すのがお決まりのパターンの人間なのだが、ここまで歯切れの悪い状態なのは初めてだ。もしかしたらデリカシーのない自分が思っている以上に深刻な事態があったのかもしれない。
「なあ。もしかして、ヘルメスちゃんのご両親になンか言われたのか?やっぱ結婚を認めないとか。」
「いいや。ご両親はノリノリだよ。ヘルメスの気持ちを尊重してくれている。」
「じゃあなンだ?おっちゃん達……も、寧ろようやく嫁を貰えるから反対する理由もねぇだろうし。」
「…………なぁ、シグルド。」
「ン?」
マリセウスはげんなりとした表情のまま体を上げて、最善の答えがなかなか見つからない、輪郭も形も整っていないような悩みをポツリと溢した。
「もしさ……婚約者のご兄弟に『二人を心から信用できない』って言われたら、どんな気分になる?」
……シグルドは自分の環境で置き換えて想像してみた。
そしてその答えはすぐに出た。
「……すンげぇ、嫌な気分になる。ほぼ初対面なのに何言ってるンだとも思う。」
「うん。今それ。」
どうやら最後の最後に、無駄に高い壁と言うべきかタチの悪い落とし穴というべきか、障害が現れたそうな。
義兄に言われた言葉を思い出し、マリセウスはまた深いため息を吐いて上体を沈めていったのだった。
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