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第二十四話
楽しいテーブル
しおりを挟む「本当に……息子が、無礼な真似をしてしまいまして、誠に申し訳ありません……。」
沈んだ顔でカートン夫妻は頭を下げた。
「こちらも、無理難題な日程を大切なお嬢様に押し付けて申し訳ありません。」
誠意を示しながら王妃も夫妻に謝罪する。
「私も、石畳の上でグレイ殿にアントニオドライバーを仕掛けてしまって申し訳ありませんでした……。」
後悔しながらマリセウスは婚約者の両親に頭を下げる。
「不敬な愚息にジャックナイフ固めしてごめんね。」
あっけらかんとしながら国王は軽く謝った。
隣に座っていたマリセウスは、婚約者の両親に対して軽すぎる謝り方をするなと父に向けて言おうとするも、このままでは謝罪合戦が終わらないだろうと敢えて嫌な役に回ったのだろうとの考えた。だからマリセウスはそれを甘んじて受け入れた。
……実際は本当に『軽く謝る程度でいいじゃん?』と内心思っていたのは内緒である。
双方の家族が入店してテーブルについた途端の謝罪の嵐。店主夫婦らは固唾を飲んで見守り、それと同時に本当に王族が来店した現実を突きつけられてビビり散らかしていた。
ボロボロになったグレイはというと、そのままにしておけず、急いで宮殿の内廷医の元へ運ばれていってしまった。……病院だと国王と王太子がプロレス技をかけたなんて説明をしなければいけないだろうし、彼が注目の的になってしまうのを防ぎたかったので宮殿に運ばれたそうな。
ヘルメスはマリセウスの一撃を食らってもタンコブ程度に済ませた兄があそこまで丈夫になっていたのには驚いたが、何を思ってマリセウスを変質者と呼んだのか、そしてホテルで再会した時にベルドナルドを婚約者と勘違いして掴み掛かろうとした事を思うと、因果応報だとも思った。
そして空気が少しばかり重い店内。それを変えようとヘルメスは声をかける。
「ま、まぁまぁ……折角の席ですし、そろそろ何か飲み物をいただきませんこと?」
「……それもそうだね。」
マリセウスもそんな彼女に同調して両親にお品書きを手渡す。
ヘルメスも自身の両親に手渡すと、飲み物だけでも種類が豊富で目新しいものが多く並んでいるのにとても驚いた。目が引くのは果実を使った紅茶の類いで、ちょっと紅茶にマンネリ気味だった母ナナリも興味を持った。ヘルメスは前回レモンティーだったので次は別のにしようかと考えるも、あの味を忘れられずにもう一度レモンティーにしようとも悩んでいた。
目を輝かせながらメニューを選ぶ婚約者両親の姿を見てマリセウスは『親子だなぁ』と微笑ましく思っていた。
空気も多少和やかになり、店主の妻はそのおかげで緊張することなく彼らの注文を受け付けて厨房へと行き、しばらくするとそれらが運ばれてきた。
色んな香りが漂い、混ざりすぎて少し気分が悪くなるか?とは不安にはなった店主夫婦だったが、常日頃から紅茶の茶葉やコーヒー豆には気を使っていたおかげでテーブルはとても温かいムードが維持されている。とりあえず最初の一歩は成功したと、ようやく安堵が心にやってきたのであった。
穏やかなところ、えー……おほん、と小さく威圧感もない咳払いをひとつ。デュランは改めて挨拶をする。
「神海王国ハンクスに良くぞ参ってくれた。カートン伯爵家のヘルメス嬢と、我が国の王太子マリセウスの婚約が調い、こうして皆に集まってもらったことを嬉しく思う。どうか今日はよろしく頼むぞ。」
常に威厳を保ち、王らしい口ぶりを崩さずにカートン夫妻とヘルメスにハンクスに、そして両家顔合わせの席に来てくれたことの感謝を述べた。
威厳を保つとは言ったものの、その表情は優しく穏やかなものだ。
「改めまして……ハンクス王太子のマリセウス・ハンクス・エヴァルマーです。まずは私の父と母を紹介します。父のデュランと母のテレサです。ご覧の通り、国王と王妃ではあるものの、誰とでもフランクに接してくれる私の両親です。どうぞよろしくお願いいたします。」
マリセウスも和やかな雰囲気のままに、彼女たちの家族に自身の両親を改めて紹介する。デュランもテレサも短めに簡単な自己紹介をすると、続いてヘルメスもまた自分のことと両親を紹介した。
「父のセネルと母のナナリです。ふたりは私たち兄弟のみならず、使用人やカートン領の領民をとても思いやって下さる、優しい私の両親です。どうぞよろしくお願いします。」
ヘルメスにそう紹介されて照れつつも、セネルとナナリもまた短めに自己紹介をする。
カートン夫妻の照れている表情もまたヘルメスによく似ている……そう思うも、ここにいない彼女の兄がやはり気掛かりになる。そんなマリセウスの心中を察したのかヘルメスはグレイの話も少しする。
「兄のグレイは、頭デッカチというか……心配性な面が強くて、ですが責任感の強さの裏返しと申しますか……その、頭でっかちなんですよ!?」
「それフォローになってないよ?」
懸命に兄の事を持ち上げようとするも、逆に下げてしまっているヘルメス。本来はあんなに失礼な人間ではないと伝えようとする彼女の姿を見ると、マリセウスにはそれが伝わったらしく微笑ましく笑ってくれる。
フォローになってなかったと知ると、慌てて訂正しようとする様がまた可愛らしくて仕方ないという表情をしている息子を見て、デュランは「まぁ、ヘルメス嬢の兄は次の楽しみにして……。」と一旦ヘルメスの話を止めさせた。
「顔合わせ、と言っても今日はプライベートな食事会。結婚式の事などは翌日に宮殿で話し合おう。」
「はい。陛下のお心遣い、感謝します。」
「ありがとうございます。」
「ありがとうございます、陛下。」
一家は深々と感謝の言葉を述べるも、ちょっとだけおふざけを思いつく。
「ヘルメス嬢は『お義父さん』と呼んでくれてもいいぞ?」
「ふぇっ!?」
突然の申し入れに変な声を上げてしまったのはヘルメス。ほんの冗談などもちろん知らない。
確かに嫁ぐのだから、義理とはいえ親子関係になるのだが、いかんせんまだ心の準備が出来てないために驚いてしまう。おまけに王族相手なのだから早々気軽に呼べるわけがない。
テレサも、じゃあ私はお義母さんね!とわくわくしながらこちらを見てまた変な声を上げそうになるも、さすがにまだ恐れ多さがある彼女を見かねてマリセウスが助け舟を出した。
「まだヘルメスに心の準備が出来てないんだから、そう急かさずとも良いでしょうに……。」
笑いながら両親を宥めて……主に母のテンションはちょっと高めになってきていて、きっと娘が出来るのが嬉しいのだろう。このまま歓談し始めても母の事だから喋り倒してしまいそうだし、父もまた娘が来るのを内心楽しみでヘルメスを揶揄ったに違いない。
まったく、ユーモアを欠かさない家族だ。
おかげでお義父さん・お義母さん呼びのお願いから解放されたヘルメスはレモンティーを一口だけ口に含んだ。
「なら準備がされてそうなお前はなんて呼ばれたいんだ?」
「は?」
「んぶっ!?」
別の角度からのスナイプ、思わず吹き出しそうになるも寸前のところで持ち堪えた。……嘘だ、少し溢した。慌ててハンカチを口に当てたが、「そういえばこれ、マリス様の汗を拭った……」と思い出してしまってボッと顔を燃え上がらせてしまう。
それをデュランとテレサは、『新婚生活を想像したに違いない』だろうと微笑み、セネルとナナリは『こんなに乙女な娘は初めて見た!』と驚愕した。
だが先ほどのようにまた宥めてくれるだろうとヘルメスは思ってマリセウスの表情をチラリと見やる。
「……なんて、呼ばれたい?」
めちゃくちゃ真剣に考えていた。
披露宴の衣装選びときのように……いや、恐らくはそれ以上には考え込んでいる。
ヘルメスは普段から彼のことを愛称で呼んでいるのだから、これ以上に何か望むものでもあるのだろうか?呼称とはそんなにも特別なものだろうかとふと思うのだが、自分のみに向けられた呼び名は確かに嬉しいものがあるのやもしれない。……ヘルメスは『ヘルメス』としか呼ばれた事がないので、その特別な経験はしたことがないので共感は出来ないが。
それにしても本当に真剣に考えている。眉間に皺を寄せてぐぬぬ、と言わんばかりに胸中に溜め込んでいる欲をかき集めているようにも思える。もっと他に欲はないのか、この娘の夫になる男は、とセネルは口には絶対にしなかった。
「あ……あのマリス様。浮かばなかったら、ご無理せずとも。」
「……定番。」
「はい?」
「定番で、『あなた』とか……あわよくば、『ダーリン』とか呼ばれたい……っ!(いやいや、私は愛称で呼んでもらっているからこれ以上の贅沢はないですよ)」
「…………ダーリンはさすがにないです。」
「えっ!?こ、心の中を覗いたのかい!?」
……周囲が軽く引くほどに建前と本音が逆転してしまうほど、自分の欲望に忠実になってしまったマリセウスだった。
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