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第二十三話
長男vs長男、長男の勝ち
しおりを挟む「お待たせして申し訳ありません。お久しぶりです、カートン伯爵。」
「お久しぶりです、マリセウス殿下。娘はご迷惑になっておりませんでしたか?」
「いえ、とんでもない。ヘルメス嬢は熱心に妃教育を受けて下さいまして、私もその前向きに取り組む姿勢を見習うほどですよ。」
「まぁ。こちらこそ、娘をこんなに素敵な淑女にして下さって、本当にありがとうございます。」
「ははっ、元々素敵な女性なのですから当然ですよ。」
ロビーに入って真っ直ぐにやってきて、迷わずに彼女の両親に挨拶をする。心からにこやかに、ヘルメスと過ごした数日を揚々と話すと彼は婚約者に向き直した。
「待たせてごめんよ。」
「いいえ。両親と友人達と語り合える時間を作って下さり、ありがとうございます、マリセウス殿下。」
「そう言ってもらえると……でも堅苦しくせずにマリスと呼んでほしいな、ヘルメス。」
「……はい、マリス様。」
今朝まで一緒だったのに、短時間会えなかっただけで少し寂しく感じてしまったり、かと思えば短時間ぶりに顔を合わせれば頬を染めて照れ合う二人のその姿は、見ているこちらからすれば初々しくてくすぐったくなるほどに甘酸っぱい雰囲気に感化されそうになる。
と、照れてるのでちょっとばかり誤魔化そうとマリセウス。
「ええっと、確か君の兄君もいらっしゃると聞いていたのだが、どうしたんだい?」
「あ……そういえば。」
もう手洗いから戻ってきてもいいというのに、兄グレイが未だに戻ってきておらず、周囲を見回す。
もしかしたらホテルでの事があったせいもあり、顔を合わせづらくなっているのではと心配になる。……そりゃあ、いきなり妹の前で妹の婚約者に掴み掛かろうとしたのだから気まずくもなるが、自業自得だ。ヘルメスはその理由を知って兄に強めに、そして短く説教をして反省させたがいつもと立場が逆転してしまったのもあって少し拗ねているのかもとも思った。
「兄君、体調でも悪いのかい?」
「体調というか……居心地?」
「……もしかして、提供した宿泊先で何か問題が。」
マリセウスはそうとも知らずにグレイの心配をする。
宿泊先はとても居心地よくて良く休めた上に、今後体験できるかもわからない貴重な時間を過ごせた事に、カートン夫妻は改めてお礼を述べた。
マリセウス達がそんなやり取りをしている所、ベルドナルドはこっそりと国王夫妻に先ほどあった誤認捕縛のことを話した。
ヘルメスの兄が自身を婚約者と勘違いして掴み掛かろうとした事、その兄のことをヘルメスを襲う暴漢と勘違いして取り押さえて捕縛したこと。……それを聞いたデュランはやや不安になる。
「誤解とはいえ、うちの息子に掴みかかるなんて命知らずにもほどがあるな。」
「……もしかしたらまたマリセウスに何かするのではなくて?」
「そうしたらマリセウスが条件反射で首投げするかもしれんぞ。」
なんせマリセウスはプロレスを嗜む紳士的な王子である。片手で成人の顔を掴み、持ち上げられるほどの握力と腕力を持ち合わせている。そしてプロレスが出来るということは、どのようにすれば人体にダメージを与えられるかわかるということだ。
……国王夫妻は自分の息子が過剰防衛をする姿を容易に想像できた。デュランに至っては『格闘経験皆無の相手にアントニオドライバーか……。』と呟いた。
ちなみにプロレス技に限らず、格闘技全般の技は未経験者に仕掛けるのはとても危険なので、これを読んでる紳士・淑女のみんなは絶対に真似をしないようにしよう。
と、話は脱線したが。
ロビーが何やら賑やかでグレイは手洗いから戻ってくると、すぐにそこには戻らずにその輪を物陰から観察していた。妹と会話している相手の背後側にいたためどんな顔なのかはわからないが、出来る限りの情報を集める。
明るい茶髪、結っている髪には小さなリボン、背丈は自分よりも高くて清潔感は勿論ある。
あとは妹の表情を確認すると、それは見た事がないほど愛らしく笑っている。幼い頃に何度かは見た事があるはずだが、どうもそれとは全く異なる……つまりあれが『恋する乙女の顔』というものなのかと合点した。
あの、勉学に集中出来ず魔法石の論文を興奮しながら読み耽り、近所の男の子と喧嘩をすれば必ず泣かせて帰ってくる、草原があれば体力がなくなるまで風を切って走りつづけてカエルとイナゴにヘビやアオダイショウを素手で捕まえて笑顔で報告してくるヘルメスが、乙女になっていることが未だに受け入れられないのだ。
ここまでワイルドでヤンチャな妹を変えるような男がいたのか?
(僕がお淑やかにしろって言うとカミキリムシを投げてくるようなヘルメスが、だぞ!?)
そりゃ到底信じられない。
しかしグレイはまだ信用していない。ここまで移動するとき、妹と両親に聞けば二人は互いに初恋なのだとか……それを聞いて卒倒しそうになった。妹ならまだわかる、初恋が歳上なのは憧れなどもあるだろう。だけども問題は相手だ。
年齢四十三で初恋、しかも相手が十八歳。側からみれば危険極まりない。幼さが残る異性に手を出そうなんてとんでもないことである。
いくら昔に縁が出来たとしても、こればかりは容認出来ない……過密スケジュールを押し付ける家庭で幼女趣味ときたら常識的に考えれば関わってはいけない相手だ。
きっと両親はヘルメスを嫁に貰ってくれるというだけで浮かれて盲目的になっているんじゃないか?だとしたら、目を覚まして現実を見せることが自分の仕事だ。
(……ここは僕が、相手を推しはからねば。)
意を決してグレイは前に出た。
グレイは三年ほどとはいえ、国会に集う貴族たちを見てきてどのような人柄なのか察することが出来るようになった。不貞を働きそうな男は顔に出るくらいにドブ臭さが滲み出る、如何に外見が良くても内面の悪どさは留まることはないのだろう。
だからこそ、この婚約者の鍍金を剥がさねばなるまいと静かに義憤を募らせた。
しかし、先程のような突進はよろしくないのでツカツカと行儀よく歩んで行く。これ以上の粗相は迷惑なのを理解している、偉いぞグレイと自ら言い聞かせた(それが普通なのだが)。
「すみません、席を外してしまってまして。」
「あ、兄さん。」
婚約者越しにヘルメスはそう言うと、その婚約者もこちらに向こうとしていた。
グレイは内心こう考えていた。
『さぁその汚えツラを拝ませやがれ!てめぇのドブみてぇな下心はお見通しなんだよ!!』と。
だがしかし。
「貴方が兄君ですか!」
「……へっ?」
顔をグレイに向けて視線が合う。
整った顔立ちに通った鼻筋。父と歳近いと聞いていたが、若々しさがあり金色の瞳は澱みなく煌めいており、ヘルメスのように純粋さが滲み出ている。おまけに裏表のなさそうな全力の笑顔。眩しい、ただただ眩しい。今が冬なら暖かくて、その温もりのあまりに微睡んで眠ってしまいそうくらいにひどく安心感すらある。
一時期グリーングラス商会が売っていたとされる『人を堕落させる大きいクッション』のような安堵感すらあった。
そう、グレイは彼の容姿だけでここまで無限の居心地良さで全てを悟った。
『ドブみたいに汚れていた心を持っていたのは自分自身だった』と。
「お初目にかかります。私、ヘルメス嬢の婚約者のマリセ」
「ぎゃぁあああああ!!!!!!目が、目がぁああああああ!!!!!」
「うぷすっ!?」
マリセウスは驚いた。驚きのあまり、自分の名前の後半が変な単語になった。
後ろから来た婚約者の兄に挨拶をしようと笑顔で迎えてみたら、兄君がかけていた眼鏡ごと両手で両目を抑えて床に倒れ込んで、地面に落ちてしまった六日目の蝉のようにもがいている……。
あまりの突然のことに一同が唖然としてしまい、ロビーは謎の断末魔ともがき苦しむ音が響き渡ったそうな。
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