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第二十一話
兄は苛立つ、本当に
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船から荷を下ろして待機していたグリーングラス商会の荷車への積み込みが終わる。イズールと商会の人間はそれらを再確認し、ダブルチェックに問題なしと書面にサインをした。本来公爵自ら執り行う作業ではないのだが、相手が格下の従業員であろうと関係なくイズールは率先して行っていたおかげで、自身の部下や取引先からの信頼はとても厚い。しかも今回はサンラン国ではなくて船に乗って神海王国ハンクスまでやってきているのだから、あまりの仕事の熱心さに彼を知る商会従業員はとても驚いていた……が、彼は人々が思っているほど仕事熱心ではない。どちらかというとマイペースに、それでいて気になる点があったら自ら確認するだけの事をしているだけである。サンラン国では他の上位貴族が彼のように動かないから、そう見られてしまっているだけだろう。とここまで娘のベティベルは話した。
「今回は会頭の結婚式に参加するために来ているのだけども……従業員の方々はやっぱりご存知ないのかしら。」
「えっと、グリーングラス商会の会頭が実は王子様ってこと?」
「ええ。やはり商会内では会頭に近い方々にしか知らされていないようね。」
ハンクス王太子は政務を執り行っていると同時に公共事業、それに自身が立ち上げた商会も運営している。
自国の王太子の事業となれば貴族らは看過できないこともあり、最初のうちは付き合い程度にしか利用しなかったのだが、平民・貴族・業界向きのものを幅広く取り扱っている上に顧客の要望に応えている経営が彼らの心と懐を掴んだのだ。
しかし、王太子となれば海外からの輸出入……ように外交も踏まえている故に他の商会よりも有利な立場にあるだろうと同業者は警戒していた。だが実際のところグリーングラス商会はそのような抜け駆けは一切行ってはおらず、寧ろ競合している同業者や国民にも情報共有しているのだから、その警戒心は杞憂に終わった。
そんな働き者の王太子なのだが、彼が商会会頭も兼ねていることを知っているのは上位貴族の他は王都の事務所にいる従業員と副会頭のみ。これは彼本人の意向で身分を隠している。やはり王太子が事業を~となると、目くじらを立てる者が少なからずいるようで、そうなると折角立ち上げた商会とその従業員に迷惑がかかると思っての自重なのだろうと周囲は推測している。よって普通に暮らしている一般人は、やり手の会頭がハンクス王太子だとは知らないのだ。
「それじゃあ変に、王子様とか言わないほうがいいよね?」
「ええ。余計な事でグリーングラス商会の従業員の方々にご迷惑をかけたくありませんし……恐らくヘルメスのご家族もそう思っているでしょうから、伏せておきましょう。」
レイチェルとベティベルが話している最中、イズールも仕事を終わらせると二人のところに寄ってきた。
「さて。今日で取引商品は全部降ろし終えたし、今日はここに宿泊してゆっくり王都へ向かうとしよう。」
「はい。わかりました。」
「王都まであと何日ほどかかりますの?」
「四日ぐらいかな。馬車だと時間はかかるけど、河川だと早いものだ。」
仕事が終わったらのんびりと遊覧がてら上京するスケジュールを組んだのは、「陸路も捨てがたいが船に乗ったことがない娘と友人に経験させたかった」と公爵なりの計らいだという。それなりに大きい船は荷物がなくなってガランとして少し寂しい気もするが、それも頑張った成果だと胸を張れる。
さてチェックインまで何をして過ごそうかと三人は話し合おうとすると……。
「お久しぶりです、ベンチャミン公爵。」
「おや、カートン伯爵。それにご子息も、お久しぶりです。」
彼らの元にやってきたのは、娘達の親友の父親と兄君だった。カートン親子は礼儀正しく礼をするとイズールと娘達も礼儀正しく返礼した。
「この度はヘルメス嬢のご結婚、おめでとうございます。」
「ありがとうございます。公爵も娘の結婚式に招待されたのですね。」
「はい。娘とレイチェルさん共々ご招待に預からせていただきました。妻は残念ながら、研究の手が離せなくて欠席してしまいましたが……。」
「いえいえ。とても素晴らしい奥方様ではないですか。品種改良を繰り返して、あの糖度の高い桃を生み出して下さった御仁なのは皆がわかっておりますから、どうかお気になさらず。」
父親同士は久々とあって話に花を咲かせており、その傍らではベティベルとレイチェルは親友の兄と談笑することに。
「お久しぶりですわ、グレイ様。」
「お久しぶりです。」
「ベンチャミン嬢、ベガさん。お久しぶりです。」
しかし、どうしてかグレイの顔はあまり穏やかではなかった。
普通ならば格が上の家に対してそのような態度を取れば失礼に当たるのだが、折角のめでたい時期に沈んだような……少し苛立ったような感情が表に出るのは何かしらあったに違いないと察することが出来る。しかし、グレイの父はそんな気がないようだ。具合でも悪いのかとベティベルとレイチェルは尋ねたがそうではないと答えた。
「実は今朝から馬車を引いてくれる馬が見つからなくて、王都へ行く手段を断たれて少し焦ってしまっておりまして……。」
「まぁ、そうでしたの。」
「両親は観光がてらな所もあるのですが、私はどうも気が気じゃなくて……。なんせ突然、今月末に妹が結婚式を挙げることになるなんて、夢にも思わないじゃないですか。」
「ええ、あれは本当に突然でしたわよね。」
「ヘルメスちゃんも胃が痛くなったって言ってたもんね。」
まだ数日前の出来事ではあったものの、婚約者からの謝罪文の他に王命が添えられた手紙を受け取ればそりゃあ胃も痛くなる。どんなに底抜けで前向きに明るいヘルメスだろうと、プレッシャーは重かったはずだ。
そんな話を聞いたグレイは深いため息を吐きながら今の心情を吐露した。
「本当に……なんて無茶苦茶なことをしているんでしょうね相手の家は。こっちの都合も考えず、せめて半年は猶予を設けて欲しかったものですよ。」
確かヘルメスが言うには、『既に国を上げての婚姻ムードになっていて、取りやめればハンクスの経済に大打撃を与える』と手紙にも添えられており、歯止めの効かない段階になっていたそうな。
グレイのその愚痴は概ね理解出来るし同情も出来る。生き急いでいるとまで思ってしまう。
「そうですわね……きっと、あちらの家にも都合があるのでしょうね。」
「だったらその都合とやらを説明してほしいですよ!」
王家をフォローしつつもグレイの意見に同意しながらベティベルは話すも、鼻息荒く愚痴を溢してしまっていた。
「そんな説明もなく妹が嫁ぐと思うと本当に怒りが込み上げてきますよ!しかも短期間で向こうの家のしきたりやら仕事やらを無理やり勉強させているそうじゃないですか!嫁いびりもいい所ですよ!僕は何も知らされていなかったのに、なんでもかんでも自分たちの都合で物事を進めて!!」
「あ、知らされてなかったんですね。」
「置いてけぼり喰らって拗ねているのでしょうね……。」
ヒートアップしたグレイを尻目に小声で会話する親友ふたりの声は全く耳に入らない。それだけ中途半端な情報の中で彼は孤立していたのだろうと、少しだけ憐れんでしまっていたのは否定できないと、後日レイチェルは語る。
そして彼は声高らかに宣言をしてしまった。
「デカい商会の会頭だか知らないがっ!絶対に文句言って!頭下げさせてやるんだからなぁあ!!!」
……その場にいたグレイ以外の四人は脳内でこのように変換された。
『王家に謝罪を要求する』。
実際に無理なスケジュールを組んだので、エヴァルマー家は顔合わせ当日に謝罪をするのはちょっと先のお話なので安心してほしい。
だが一同は思った。『王族相手に大きく出たな』と。
応援ありがとうございます!
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