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第十六話
王子がピンチにやってくる
しおりを挟む「どうしてですの!?どういう事ですの!!?」
「もしかしたら、あの短い間に学習したのかもしれません!やっぱり階段での戦闘を想定された設定があったんだ……それを認識して読み取って、自分自身で理解した?いやでも元々設定されているのなら理解したというより、記憶を引っ張り出したって言った方が正しいのかも……ううん、とにかく賢い子だなぁ~。ますます中身を見てみたくなってきちゃった!」
「言っている場合ですかーっ!!」
混沌とした状況下にも関わらず、未知に触れてわくわくしている隣の令嬢に迷わず突っ込みをいれるターニャ……。空気が読めないのか神経が図太いのかわからないが、とにかく今は人形破壊作戦を優先しなければなるまい。
破壊音と悲鳴が織り混ざり、カオスな音響が詰め所内に響かせる中で四階に到着、そして屋上へと続く階段を二人は一気に駆け上がる。その少し後ろには階段を破壊しながら登ってくる自立人形。スムーズに上がれないせいもあって、先程の廊下での逃走劇に比べたら酷くスピードが落ちていたため、彼女らは安心できる距離間を保っていた。
ヘルメスの視界に屋上の扉が入る。扉には大きな錠がかけられており、外に出るのが叶わないと瞬時に理解した。しかし、それはターニャも同じだったらしく、「お任せなさい!」と駆け上がってきた脚をさらに加速させ、その勢いでジャンプ。そのまま扉に横回転を加えた痛烈な蹴りを決めると、木製であろう扉は見事に爆散した音を立てて粉砕したのだった。……さすがはプロレス、淑女の嗜み。
「すごい!今のキック、私も出来ますか!?」
「出来ますわ、淑女の嗜みですから!」
ちなみにこの淑女の嗜みは、長年の鍛錬が培ったものなので運動不足ならびに格闘経験のない紳士・淑女は決して真似をしてはいけない。真似をしたい場合は、専門家のいる施設で十分に鍛錬してからやろう。
木片を踏み締めながら外へ飛び出すと、真っ先に目に入ってきたのは貯水タンク。しかし、雨水を受け入れるような構造をしているのか五メートル以上の高台に設置されている。
一見すると丈夫そうな高台ではあるが、年季が入っているためどこか心もとない。きっと設置した当初は頼り甲斐のあるものだったのだろう、相変わらずの木製に鉄のボルトで節々固定されている。そのタンクまでの道のりは鉄の梯子ひとつときた。もはや櫓だ、よくこれでなんとか出来ると考えたものだ。
そんな櫓なのに、タンクは先進的だ。雨水を受け、中で浄化して不純物は外の雨樋に流せる構造のものだ。こういうタンクはヘルメスの通っていた学院にもあったが、ひとつだけではなく学院の敷地内に数カ所、一箇所につき三つほど設置してあった。学院都市の人口は多い方で、有事の際に避難所として設けられているのだから、それくらいあるのが普通だ。……なんでこんな原始的なやり方なのだろうと、神海王国でも古い考えの人はいるのだなと思った。
と、見上げていた二人は考えた。
ここまで大急ぎでやってきたものの、あの貯水タンクからどうやって人形に水を被せるべきかが問題となる。
櫓を倒して水をぶち撒ける、なら出来ないことはないが、それでは破壊までには至らない。上から勢いよく大量の水をかけるのが理想なのだが、排出する蛇口の真下に上手く誘導出来れば……。そうなると、標的と認識されている方が囮になる方法が一番確実。しかし、それは大変危険な賭けでもあった。向こうは疲れ知らず、彼女らは平然としているようだがターニャは肩で呼吸するほどに疲労が蓄積されており、ヘルメスに至っては体力が限界に近かった。
どちらが狙われているのか、という考えは勿論あったが、今は『どちらが確実に囮になり、誘導出来るか』が問題となっていた。
「……これは、登る方も体力を使いますね。」
「なら、私が登ります。このタンクの蛇口は梯子を登りきったすぐ横にありますから、終わり次第加勢致しますわ。囮の方をお願いしてもよろしくて?」
「ええ。まだ走れますから余裕ですよ。」
本当は余裕なんてあるわけない。ターニャ以上に肩で息をしているのに、強がりを言い放つ。
それでも今は作戦の成功を優先すべきだ。あとは自分との勝負……なんとしても与えられた役割を全うせねばとヘルメスは意気込む。
囮を頼んだターニャもそれに対しては不安はある。そして選んでいる猶予などないことも勿論理解していた。お互いの身を預けている状況下、最低限の信頼感で息を合わせねばいけない不安定な関係性、だがそれを表に出してはいけない。不安やネガティブの感情は感染しやすい。
凛然とした顔つきを保ったまま、ターニャは直ぐに登り始めた。この高さでは人形がやってきてもすぐには排水することは難しい。垂直に立った梯子もやはり年季が経っている。ちゃんと点検しているかも疑わしい……ここの所長はちゃんと専門の業者を呼んで設備関連の検査をしているのか、これは王族の親族の特権をフルに利用して問いたださせねばいけないなどと考えながら、順調に登っていく。
(それにしても、すごい軋んだ音……。)
見上げながらヘルメスは思った。普通の貴族令嬢なら『汚くて絶対に触れたくもない』と言い出すほどに錆びついている。足をかけている、手をかけている箇所が突然音を立てて折れてもおかしくはない。
ギシギシ、ミシミシと音が響き、錆がパラパラと落ちてくる。今の所は大丈夫……しかし、次第に音は大きくなってきている。
ミシミシ、という音だったのにメキメキ……バキッバキッ!と酷い音に変わっている。それを聞いてターニャの足元や手元を見るも、その音に対して破損はしていない。ならばタンクか?それとも櫓か?タンクは視界に入れられないから状況がわからないが、櫓はさすがにそのような破損は見られない。……では、この音はどこから?
よく聞けば、音の出所はここではない。ここじゃないとすれば……そう振り向くと、正体が判明した。
人形は階段を壊しながらやってきたものの、屋上の出入り口の幅より大きいボディーをしていたせいで出られず、しかし強引にこちらに来ようとしている。壁を破壊してまでこっちに来ようとしている様は力業そのもの、その執念に思わず悲鳴に似た声を上げてしまった。
「きたぁあああっ!!!」
ヘルメスの声をまるで合図にしたかのようにターニャはさらに速度を上げて登る。高さはそこそこあったのにも関わらず、意外にも早く到着して蛇口のコックに手を伸ばす。
あまりにも不安全な位置での作業だが、この櫓は本当に欠陥まみれだ。踏み場がない、完全にタンクを置くだけの面積しかなく人の足を入れられない。さらに蛇口は櫓から突き出ているときた。今はこの構造に感謝はすれど、基本的に危険極まりないものでしかない。
「なんで非常時のことを想定してませんの、ここの詰め所は!!」
こればかりは騎士団全体、大目玉を喰らうことになる。意図せずとも確認不足と安全意識の低さが露見した。
ターニャが怒りながらコックに力を込めて回そうとしているとき、ついに壁が突破されてゆっくりと人形がヘルメスの前に現れた。
その壁をぶち抜いた拍子に腕とか無くなっていればと思ったが、残念ながらシグルドが斬った箇所以外の破損は見られない……頑丈すぎる。ヘルメスはそんな恐ろしいものと対峙した。
しかし、これ以上暴れさせたら騎士たちが全滅してしまう。これ以上、彼らを犠牲にさせるわけにはいかない……なけなしの勇気を振り絞って全力で逃げ切らねば。
先程、風圧で切られた頬が少し痛んだ。あれは恐らく自分を認識して突撃してきたのだろう。狙いが自分でよかったと同時に、自分さえ差し出せば事態は収まるのかもしれない自己犠牲的発想も浮かんだ。だがそれは、やってはいけないことだ。少なくても悲しんでくれる人がいる。その人のためにも逃げ切らねばいけない。
「よ……よし!私は逃げるぞ!追いかけてきなさい!」
その声を口火にかはわからないが、人形は突進してきた。
ヘルメスは蛇口の位置を確認し、そちらへと思い切り走り出した。誘導してタイミングよく水を被せれば彼女らの作戦勝ち……なのだが、ここで彼女らの考えは完全に裏切られる。
ヘルメスが走り出した方向とは逆に人形は走っている。
その目標は、なんとターニャだ。
「きゃぁあっ!!」
人形は勢いそのままに梯子に体当たりした。
ここで狙われていたのはターニャであったことがわかるも時すでに遅し。さらに梯子の対処法も設定されているのか、執拗に体当たりと殴打を繰り返してターニャを落とそうとしている。
ターニャは固く閉ざされているタンクのコックに、小さな手に力を入れて落とされまいと必死に掴まっていた。
しかし、年季の入った梯子は意図も容易く変形してしまい、あと数回攻撃すれば折れてしまう。
「や、やめなさいよ!!」
そんな事をすれば怪我では済まされない。最悪命に関わると察したヘルメスは、恐怖などすっぽりと抜け落ちてしまっていたのだろう、攻撃している人形を羽交締めをして制止しようとした。
力こそ敵わないが、それでも止めないといけないと無我夢中だった。微力ながらも人形の攻撃の邪魔をして、梯子から上手く離せそうになった。
全身の力を込めて、そのまま後退させようとしたが突然、人形の頭がぐるりと半回転して視線をヘルメスに合わせた。
「うわっ!?」
驚愕すると、人形の腕も縦に半回転して胴体を回すことなく背後にいたヘルメスに向き合う姿勢になる。
そして人形は、『邪魔をしてくる何か』と認識したのか、四本の腕でヘルメスを頭上高く持ち上げてそのまま運び出す。
「ちょ、ちょっと!なにすんの!!下ろして、下ろしてなさいよ、いや下ろしてくださいよ!?」
「い、一体何を……?」
必死に手足をバタバタさせて反抗するも、お構いなく人形は移動する。
ターニャはそれを視線で追っているが、半分忘れかけていた事実を思い出す。
ここは屋上だ。
「まさか……、やめなさい!狙いは私でしょう!?待ちなさい!!」
柵の向こうの地面は遥か下。この櫓の高さなんて比ではない。人形は間違いなくその方向へ移動している。どこへ移動しているかはまだわからないヘルメスは、その叫び声を聞いてよからぬ事が起きそうなのは察した。なんせ視界に入ったターニャは懸命に登った梯子を降りようとしているのが映ったのだ。
だが途端に梯子の下の段がバキリと折れてしまい、音を立てて崩れ落ちた。ターニャは反射的にタンクのコックへ掴まり、あの高さで宙ぶらりんとなってしまったのだ。
このままでは落ちてしまう、必死になってタンクによじ登ろうと腕に力を入れようとしたが、今まで微動だにしなかったコックが開いてしまい、僅かに届きそうだった猫の額ほどしかなかった櫓の足場から遠のいたのだ。
おまけにコックが縦に垂直になってしまったために、もはや落ちるのも時間の問題となる。
(どうしよう、どうしよう!!)
助けたい人を助けられない、そして自分もこのままでは助からない。
焦れば焦るほど何も道が出来上がらない。絶望的だ。
どうしてこうなった、なんてことは考えなかった。今は目の前のことを何とかしないと、それだけしか考えなかった。
だけども、何も出来ないと確信してしまった。
(誰か、誰か……!)
誰でもよかった、ターニャを助けてくれるだけでいい。自分の事はもうどうでもいい、この人形の標的はターニャなのだから彼女を無事に守りきれればいい。
だが、ターニャを無事に助けてくれて人形を止めてくれる人間はいるのだろうか?誰か、誰かいるはずだ。その人を呼べば、絶対に助かるという確証もない自信があった。
そう思うと、長いトンネルの先にある出口に差し込む光のように、これをひっくり返せる人が一人だけ浮かんだ。
……入り混ざる絶望と恐怖で、何も考えられないはずだったのに、まるで最後の希望の言葉のように、ヘルメスは叫んだ。
「マリス様ぁああ!!!」
──……ボロボロの階段に足の踏みどころはなく、このまま登れば間違いなく落下する。それは嫌だ、落ちれば怪我をするだろうし怖いのも確かだ。
だけども、気がつけば僅かに残ったその足場を頼りに蹴り上げて、まるで飛ぶように登っていた。
開けたそこに飛び込むと同時に、自分の名前を叫んだ愛しい人の危機的状況が目に飛び込んできた。
「ヘルメス!!!」
颯爽と、王子様は現れた。
応援ありがとうございます!
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