オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第十五話

無知が危険を持ってきた

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 *****

 シグルドによって壊された四本腕の自立人形は、騎士団文官の事務室に置いてあった。胴体、人間で言うと肩から腹部にかけて、襷掛けの如くばっくり開いたように斬られている。木製の人形ではあったが、小さな傷が多く見られるもののシグルドの一撃であろう、それ以外は目立ったダメージは見受けられない。
 壊れた原因は中に張り巡らせた線も一緒に斬られているせいで動かなくなったようだ。この状態で修理は難しいと判断した彼らは後日、騎士団長立会の下で修繕士に破損した状況をほど細かく説明してから解体。幸い魔法石は無傷のため、それを引き継いで新たに作成してもらう予定である。

 「それにしても不思議……配線と魔法石の組み合わせで自立稼働するだなんて。」
 「はい。ちなみにこちらの雷石は転移石ペーストストンになっております。原岩を使用すると、エレキテルが過剰に流れてしまうため、転移石で程よく低い力で稼働するようになっております。」
 「なるほど。その為の転移石でしたか。他の魔法石も同様なのですか?」
 「いえ。そちらの方は逆に転移石だと出力が大幅に落ちてしまいますので原岩を使用しております。」
 「ちなみに原動力となっている転移石は、どれくらいの日数で稼働することは可能ですか?」
 「はい。一日五時間連続稼働させた場合、およそ三十日間はエレキテルが保ちます。そして再装填には半日要します。」
 「ふんふん、なるほど……。」

 斬られた腹部から中身を観察しながらアレコレ質問をする姿は学者のよう。確かに情熱的で真っ直ぐだ、叔父はこういう所に余計に惚れてしまったのだろう。
 汗も綺麗に拭き取って着替えも済ませたターニャとその横にはブルース、そんな二人をよそに未知の文明に触れてときめいているヘルメス。
 質問を受けている人形の管理人である騎士との会話は、聞きなれない単語などが飛び交い、話について行けずに静観するしかない。もしここにマリセウスがいたのなら、多少の解説を入れてくれるだろうが、先ほどリングに上がって戦った際にシャツが破れてしまったようで着替るために席を外している。「まぁあの大胸筋で動きづらい服装なら破れるのも無理はない」と、その時周囲は漏らしていたが……なんで大胸筋ばかり話題に上がるのだろうか。

 「……ヘルメス様。そもそもエレキテル、とはなんですの?」
 「あ、はい。エレキテルとは雷石に込められた属性でして、近年では医療技術に用いられている貴重な魔法石の一種なんです。」
 「医療技術、と言いますと怪我の治療などでしょうか?」
 「はい。筋肉を痛めた場合……例えば腰痛など、ほんのり僅かなエレキテルを流すと筋肉の緊張感がほぐれて痛みの緩和や完治する期間も短縮するようになりました。あとはエレキテルの力を増幅させて心肺停止状態からの蘇生にも使われていたりもしますね。」

 ターニャにそれの説明をしている最中、人形の管理人は別件が飛び込んで来てしまい、ヘルメス達にそこから離れてしまう事を詫びてすぐに現場へと向かって行った。
 文官の事務室は彼らしか残ってない不思議な空間となる。

 ヘルメスの雷石の説明に熱心になって聞いているターニャ、それについていけずに置いていかれているブルースは完全に浮いていた。質疑応答も思いの外にしっかりとしていて、その間に割って入れずに、ただただ二人のやりとりを呆然と見ては話を聞き流している。

 (殿下が言うには、昼間のうちに解決したとの事だけど。)

 そこにどんな話し合いがなされたのか、勿論ブルースには知る由もない。ここで不在だったのが初めて悔やまれる。
 王太子に出会して、自身の心を見透かされてしまってからブルースの心中はずっと浮いている。主と共通の敵がいれば距離を縮められる下心が無自覚にも生まれてしまっていたのを知り、今後どうすればいいものかと根を降ろせずにいる。目の前の二人のように、どうやって気持ちの壁を壊せるのかわかれば、打開しようがあるのだが……その機会を自分で探さずに待っているようでは何も変わらないのだろうと、彼はわかっていた。かといって今ここで不自然に会話に混ざっていいものかと慎重になってしまう。

 「……と言うわけで、エレキテルは幅広く動力として用いられる可能性が秘められているのがハンクスとメルキア両国の研究で結論が出たということです。」
 「なるほど。ライドレールもその研究の一環で運転しているというわけですのね。それにしても、お話を聞く限りエレキテルの力は大きくて自立人形の構造も複雑にしないと稼働しないのは骨が折れますわね。」
 「そうなんですよー。例えば……そうそう、ここが先程お話しした動力炉なのですが。」

 ヘルメスは管理人が大きなコルクボードに掲示した設計図で続けて説明する。視線は自然と人形からボードに移り、彼女らの視界には人形が入らなくなった。

 「この動力炉……ように転移石のエレキテルは原岩より低い力になっておりますが、このように腕四本と足の車輪に分かれて、さらに分散するような配線になっているのがわかりますよね。」

 配線の構図を見るに、雷石は各パーツに直接出力しているわけではないのがわかった。
 どうやら出力を最低限に抑えて動きにキレを出すために、雷石と各可動部の間にはエレキテルを蓄積している転移石と動力炉に戻るようにしている配線がある。この石はパーツ稼働のエネルギーとなる出力の役目、動力炉に戻す役目も兼ねている。今回シグルドによって切られたのは動力炉から各稼働部への出力の役目を果たす配線部分。ヘルメスもこれらの説明を受けて「なんて器用な真似を」と思ったそうだ。

 「エネルギーの省力化はわかりますが、他の魔法石はどのような事になってますの?」
 「私もまだわからないのですが、可動部の魔法石はエレキテルの刺激で動いている……これはまだわかるのですが、どうしてエレキテルの刺激に反応するのかが不思議なのです。」
 「確か、火石フレイムライトは叩けば熱を帯びる原理ですが……別の魔法石の力で刺激を与える場合は危険を伴いますものね。」
 「うーん……論文を遡れば出てくるかなぁ。」

 話半分しか聞いていないブルースはここで、ようやく人形をマジマジの見ることが出来た。
 配線、転移石、可動部……難しくはなかろうが興味がない話はとことん聞き流してはいるが、彼は中途半端に賢い部分があった。
動力になる雷石と四本腕と足の車輪の接続部分の線が切れている、ここの転移石を経由して力を与えているというのはわかった。普通なら……未知の物には触れずにいるのが賢明なのだろうが、彼はそうはならなかった。

 (ここを経由せずに、直接繋げばいいのに。)

 近くに専門家がいるのなら(いるのだが彼女を認めてはいない故、それはカウントされていない)止めに入られるだろうに、ブルースは勝手に線を繋ぎ始めた。可動部の魔法石と動力炉の配線を直接繋ぐ、ヘルメスの話を半分しか聞いていないので「エネルギーの省力化しかしてない」と思い込んでいる。
 全てを繋ぎ終わると、頭部の裏にある小さな電源レバーを引いてみる。すると、ギギギギ……と聞きなれない音が部屋に響いた。

 「え、動いた?」
 「まぁ!ブルース、何をしているの?」
 「いえ。これぐらいなら私も出来ると思いまして。」

 勝手なことをしている従者を戒めようとすると、そこへ管理人が戻ってきて動き出した人形を見て驚いた。
 どうだ私もこれぐらいなら出来るぞ?とドヤ顔でヘルメスを見たブルースに対して、マウントを取られていることよりも自立人形の仕組みを、脳内で一からまた振り返りエネルギーを分散して稼動している理由を思い出していた。

 人間の脳みそと同じで、人形の頭には設定した行動パターンが刻まれている複雑な板が入っている。この板はどんな風に作られているかヘルメスはまだわからないが、小さな魔法石が多数埋め込まれているとの事。
 基本的に『その板に刻まれているものを書き換えたりしない限りは、設定の行動はしない』ようには出来ている。だがひとつだけイレギュラーな事態を引き起こす条件がある。

 「え、どうして人形が動い――」

 管理人が近寄ったその時だ。
 人形が、左側二本の腕で木の葉を振り払うように管理人を殴り、吹き飛ばした。
 綺麗に並べられた机は薙ぎ倒され、管理人は壁に打ち付けられて鈍い音と共に、ぬいぐるみのようにズルリと落ちた。
 破壊音と、文官とはいえ鍛えられた騎士が意図も容易く吹き飛ぶ様子を見て三人は固まった。ジワジワと恐怖がやってきて、一番早く我に返ったのはブルースだった。

 「――ひっ、ぎゃあああ!!!!」

 設定通りの行動は出来るものの、問題は力加減だ。
 雷石は転移石でエレキテルの力を下げたとは言え、一歩間違えれば命に関わる。例えば赤子をあやすとすれば、出力を誤れば赤子を潰したしまう事もある。
 ので、制作研究の際にひとつの解決方法が浮かんだ。先程ヘルメスが話していた省力化の配線だ。『省力化すれば、行動に適した力加減が可能となる上に動きがよくなる』。
 もしこの省力化を行わず、直接各部の接続を直接動力炉からエネルギーを供給されれば制止困難、人の力を超えてしまい、最悪の場合は命に関わる危険な存在となる。

 「へ、ヘルメス様。これは……?」
 「……絶対に、危ないですよこれ!!」

 これを専門用語で、「供給過多による暴走オーバーヒート」と呼ばれている。
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