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第十四話
雁字搦めの臆病風
しおりを挟むヘルメスからものの数秒だけ目を離してしまったら忽然といなくなって焦ったが、なんとか無事に見つかって安堵すると同時に、何かしらに熱中してしまうと周囲が見えなくなってしまうのは相変わらずで、今後の事を考えると心配になってしまう。それでも純粋に楽しんでいるのはとても嬉しく思う。今朝からも気分が沈んではいたが、どうやら少しは元気を取り戻せてくれたのが喜ばしい。
博物館とは呼ばれているが、国立のそれに比べたら大きくもなく、すぐに隣接された店舗へと戻れた。依頼したアクセサリーはあとは小さな調整をするだけで終わり、時間もあったことから見学していたら……まぁ先ほど言った通りになったわけだ。
あとの時間は店舗内のものを鑑賞しようと、見て回ることに。勿論、目を離さないように腕組みして巡回をする。マリセウスは未だに頬を染めてしまうのだが、彼女のためなら慣れなきゃいけないと思う反面、このときめきは出来れば一生涯冷めてほしくはないとも願っている。
精巧な作りをしているガラス細工の置物などを見ていると、その細部まで見つめていたくなる。町や山間部を再現した模型などを食い入るように見つめている、男性のほとんどがやっているあの現象。本物が小さくなっただけではなくて、細かく再現しているのを見るのが楽しいのだ。模型に限らず、細かく作り込まれた箇所はずっと見ていたくもなる。
ならば女性はどうなのかという話だ。どうもそういった『ワクワクする』ような気持ちではなく、『おお、すごい』と細部より全体像を見ているようで、食い入るように見つめはしないのが半数だとか。一見すると興味のない淡白な感想だが、全体的に見渡してからの純粋な感想なのだ。
とまぁ、性別でとやかく決めつけている言い方になってしまったが、それで型をはめているわけではない。なんせこの婚約者は型破りなのだから、固定概念なぞに捉われるほうが馬鹿らしい。
「はぁ~……一見すると単純にガラスを伸ばして刺したようにも見えるのに、伸ばすときになんの気泡も入れないようにしている技術力が伺えますね。」
「花を模している作品は数あれど、これはとても愛らしいね。それに花弁の再現度は見事だ。向こうのケースが見えるほど薄く切られている……。」
息を飲むように見つめていたが、ヘルメスは周囲に気を遣って小声で感嘆していると、色んな角度で見たくなったのかまたマリセウスから離れてしまいケースの周りをゆっくり歩きながら鑑賞し始めた。
キラキラしていて可愛らしいのはとても嬉しいのだが、先ほどまで自分の腕にしがみついていたのにこうもあっさりと離されてしまい、無機質ながらも美しいその細工に軽く嫉妬してしまいそうになる。大人げない王太子である。
……そんな和んでいる気持ちではあるものの、未だに姪にどういう言葉で好意を断つべきか答えは出来てはいない。今しがた嫉妬心というものが少し理解したばかりだ。苛立ちというか、胸中がもやつく、妙な焦燥感が湧き上がる。ターニャはこの感情の行き場や発散の仕方がわからなかったのだろうか、それとも構って欲しかったのかもわからない。
目の前で好奇心そのままに澄み切ったガラス細工を見入る彼女は、今朝までの沈んだ顔は消えていた。自分はと言うと、そんな婚約者を観賞しているというのに、解決出来ていない問題が未だちらついているのだ。姪が彼女にした仕打ちは気分が良いものではないのに、マリセウスは怒れやしなかった。何も理解出来ていなかったのが最大の理由ではあったが、それでも取り乱した姪が理由もなくそんな事をしないと信じていた。
(恋心で理性が溶けてしまう、なんとも恐ろしい心だ。)
婚約者に恋慕している自分が一番、その歯止めのなさを理解している。
もしこの恋慕が一方的なもので叶わないとわかっていても、その道を諦めずに進み、道を踏み外してしまっても気づかずに手を伸ばしてしまうのだろうかと思うと……それは悲しくも恐ろしい。
自身は愛するが故に自由を奪いたくないと思い悩み、それでも傍にいたいと願ったヘルメスが手を取ってくれた。だから彼女が辛そうな時、悩んでいる時があれば話を聞いてあげたいし解決まで尽力したい。きっと、叶わないとわかっていても姪は同じ事を考えていたのかもしれない。寄り添うには、覚悟が必要なのだから。
果たしてターニャは無事に失恋をさせてあげられるのだろうか。どうすれば傷つけずに済むだろうか。過去の経験からして、相手をノーダメージにして終わらせたい高望みがある。傷の埋め方は本人次第なのはわかってはいるのだが、マリセウスは自分でなんとかしないといけない勝手な使命感がまた湧いているのだろう。……逆に言ってしまうと、まるで相手を信用していないとも取れる。本人はそれに気がついていないのが問題なのだ。
心ここに在らずなマリセウスの顔など見ておらず、熱心に他の品々を見つめてはどんな風に制作したのだろうとか、その精巧な作りに感動しているヘルメス。ふと、店内の一角に変わったものが置いてあるのが目に入った。
あれを見に行こうとするも、またどこかへ行ってしまった自分を探す面倒事が増やしてしまうのは申し訳ないと学習し、ぼんやりと花のガラス細工を見つめるマリセウスの腕を軽くトントンと叩いて呼んでみると、ビクッと跳ねて驚かせてしまった。
平常心を保とうと慌てふためく彼を見て、驚いたのを誤魔化そうとしているのかと勘違いをする姿を、それが可愛らしく見えてしまって思わず微笑んでしまったヘルメスだった。
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