オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第十一話

花と嵐の予感

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 *****

 海岸の競争の翌日から、ヘルメスの起床は早くなった。いつもより一時間ほど早く起きて、ストレッチをして王宮から離宮までの道を走り込むようになった。
 とは言っても王宮までは走らない。残念ながら今の体力ではその距離は走ってはいけない。時間が足りないので渋々引き上げて戻るが、いずれかは必ず到達してみせたい、今の目標はそれで十分だ。

 走り込んで、湯浴みをして朝食を摂り、そして妃教育を受ける。午後の教育が終わればまた走り込んで湯浴みをし、夕食を摂って自由時間を過ごした後に就寝する。
 先日までのストレスが嘘みたいに感じなくなり、顔色も来た当初に比べたら健康的で明るくなった。

 その生活リズムになって数日が経過し、結婚式まで残り十二日となった頃。ナタリアが昼食終わりのヘルメスにとある件を報告した。

 「王太子殿下からの伝言です。以前頼んでいた千年黒光石のアクセサリーが二日後に完成するとの事です。」
 「もう?思いの外早かったのですね。」
 「はい。なんでもマクスエル公爵領にある、由緒正しき老舗宝飾店にお願いしたそうです。」

 マクスエル公爵領。
 王都ボールドウィンの北にある領地、魔法石技術士の聖地とも呼ばれている。ヘルメスが魔法石に興味を持ったときに一番最初に調べた領地でもあり、妃教育を受ける前からそこそこ詳しくはなっていた。
 マリセウスも魔法石マニアな彼女が一番喜びそうであろう、そこの老舗店舗に依頼をしたのだ。粋な計らいとはよく言ったものだ。

 「由緒ある老舗……ま、まさか、魔宝飾店グッテンバーグ……!?ひぇ、そ、そんな格式高いお店にお願いしたのですか!?」
 「そんなに凄いお店なのですか、お嬢様?」
 「すごいってもんじゃないわ!このお店を立ち上げた初代オーナーで職人でもあったブレンダ・グッテンバーグ氏は魔法石界隈では『花の魔術師』と呼ばれていて、ひとつの石から薄い花びらの如く、何枚も何枚も丁寧に薄く削り出す精密さを持っていたの!その薄く削り出された物は装飾に使われるメインの魔法石を包むような細工をしてくれて、それがまた見事でね?それに彼は弟子にその業のみならず技術、知識、精神面、宝飾職人としての心構えなどを受け継がせてその伝説は今なお色褪せることなく現代に」
 「ヘルメス様。殿下からの伝言には続きがありまして。」

 思わずヒートアップしそうになるマニア魂を宥めたのはナタリアだった。
 白熱のあまりに立ち上がってしまい、姿勢を正して再び着席する。キリコも思わず背筋を正した。

 「それで、マクスエル公爵夫妻とご家族に顔合わせも兼ねて、そちらに一泊二日滞在をしようとお考えとの事です。ヘルメス様さえよければご一緒にどうか、と。」

 はて?公爵夫妻とそのご家族にわざわざ顔合わせな上に、邸で一泊二日?公爵家領地の店に依頼しただけなのにそこまでするのか?とキリコは首を傾げたが、その疑問に浮かんだ顔をみたヘルメスはそれに答えた。

 「あ、キリコはまだ知らなかったよね?マクスエル公爵家は殿下の妹君、ジャクリーン様が輿入れしたお家なの。」
 「まぁ、そうでしたか!……あ、いえ、ご存じなく申し訳ありません。」

 マリセウスの実妹、ジャクリーンは十八歳の頃に当時の嫡男、現在の公爵であるロレンス・フラン・デニーに嫁いだ。二十年前、次期王は二人のどちらかで注目が集まっていたが議会では、『ついに決着がついた』と言われるほどの大きな出来事だったそうな。
 現在は一男一女を設けており、長女はヘルメスと同い年と話に聞いている。
 エヴァルマー家の親族との顔合わせは元々予定はしていたので別段問題はない。ちなみにヘルメスの実家、カートン家のハンクス入国予定は式の一週間前になっているが、兄がどんな顔をするのか少し不安ではある。

 「ええ。勿論、喜んで参ります。……それにしても突然でしたね。」
 「それに関しては申し訳ありません。殿下も公爵夫妻からそのような要請があったそうでして。」
 「公爵夫妻が?」

 キリコはヘルメスのその返事を聞くやすぐに宿泊する準備に取り掛かる。ナタリアから付け加えて「顔合わせとはいえ公式の訪問ではなく、飽くまで『妹宅に遊びに行く』体ですのでドレスや着飾ったものでなくてよろしいです」との事。……ようはいつも過ごしている服装で大丈夫らしい。なら荷物はそんなに多くなくて助かる。

 キリコはそれを理解すると他のメイド二人に手伝いをお願いして荷造りを始める。普段着とはいえ、少しは見栄えがいいものがいいとみんなでアレコレ話していてコーデを決めて丁寧に鞄に詰め込んでいく。
 そういえば最近、朝夕と運動しているから運動着は持って行ったほうがいいかと一人のメイドが話しかけてきた。さすがに他所のお家に行って、その周辺を走り込むとは考えづらいが。

 「念の為、持っていきましょう。ヘルメスお嬢様は私達の理解を範疇を簡単に超えますからね。」

 とキリコ。さすがわかってらっしゃる。
 なんだかんだであっさりと荷造りが終わり、一息ついた所でもう一人のメイドはふと疑問を投げてきた。

 「つか思ったんすけど、なんでマリセウス殿下ってヘルメス様が好きなワケなんすか?あーしが男だったら、運動着とか着て走る乙女ってチョっとないんすけど。」

 キリコは最初、このメイドの話し方が独特すぎてよくわからなかったが『どこかの国の訛り』と察したので特に気にすることはなかった。今はなんとなく、雰囲気で意味がわかるようにはなっている。

 「私も詳しくは存じませんが、なんでもお嬢様が三歳の頃に出会ってご婚約のお約束をしたそうですよ。それで先月、運命的に再会を果たして両想いとなり、結ばれたのです。」
 「え!三歳!?それって、なかなか……。」
 「ぜってぇアウトじゃん!殿下って幼女趣味なん!?」
 「私も最初はそう思ってました。ですが、殿下のお嬢様に対する想いは本物でしてね?」

 そこからキリコは自分の知っている限りの関係性を話し始めた。
 ヘルメスは最初、淑女になりきれていない自分を嫌い破談される前提で再会した事。そんなお嬢様の手を触れるだけで食べ頃のイチゴよりも顔を赤くするほど照れてしまう当時のマリセウスの様子。
 ヘルメスの事を、純粋さはどの海よりも澄み切って綺麗と言ってくれた事。年齢差や身分差に恋心との狭間に苦しんでいたマリセウスを支えたいと強く決意したなど。
 若干誇張しつつも、如何にあの二人は純情な恋をしているかをメイド二人に聞かせること数分。話し終えたキリコは「感動した」、「チョー泣けるんすけどぉ」と二人はほんのり涙を流すほど感動していたことに驚いた。さすがは障害を乗り越えた恋仲の話だともキリコは思っていたが、実際は彼女の話がよく心に沁み込んだからだろう……。

 「そっすよねぇ……もし幼女趣味だったら今頃ターニャ様に乗り越えてるっすよね、マジごめん。」
 「ターニャ様?」
 「ぐすっ。マクスエル公爵家の御息女です。確かヘルメス様とお歳が同じでして……。」
 「そーそー!殿下のこと、チョー好きアピとかけっこーエグいんよねー!」
 「ええ!一時期は禁断の恋とか、どうなるかみんなソワソワしてましたし!」
 「禁断の、恋……?」
 「あ。でも今は静かよ?結局周りが騒いでたってだけだしー。てかさ、ターニャ様それでプッツンしてんじゃね?ってもっぱらの噂でさー。」
 「は、はぁ……、」

 話が少し盛り上がってきそうだったが、ヘルメスに呼ばれて三人はそのまま解散し、各々の持ち場に戻って行った。

 ヘルメスの側付きになってから多少のことでは動じなくはなったが、今まで以上の波乱がやってきそうで。
 キリコは大分、嫌な予感をした。
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