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第七話
待ち人は来る
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オラヴィラ宮殿の一部は一般人の見学のために開放されている。外邸の大きな玄関扉が開かれている、左右の通路から見学場所へ行ける。正面口は臣下や役人など関係者以外は立ち入り禁止となっている。
子供たちは気になってチラチラ覗き見ることが多々あって、その様子が微笑ましく思っている王太子殿下はそれ見たさにたまにその近くを通りかかることもある。
今日は『要人』を迎えるため、残念ながら外邸見学は出来ないせいで扉は締め切られているのがどうにも圧迫感があってたまらない。見学客を好ましく思っていない宮仕らもいるが「これはこれでなんだか寂しい」とも零している。矛盾しているのだろうが、彼らもなんだかんだで受け入れていたのだろう。
その頃マリセウスは、宮殿のアプローチが見渡せる部屋で今後の外交の打ち合わせをしていた。仕事中は見学客が通る練のこの部屋、普段はそれらを気遣って使用はしないが今回は休みだ。正門からここに至るまでの道のり……アプローチにある手入れの行き届いた低木や花壇が春の温かな日差しで輝いている。たまにはこれを観るのもいいものだと和むが、打ち合わせ内容はそれに反してなかなか重い。何せ任されたばかりの外交の執務だ。
アスター大陸の交易による輸出や輸入の玄関口となっている国であるため、自国だけの利益ばかり考えてはならない。大陸の文明の発展は経済の発展に繋がり、大きな雇用も生まれる。人が一人一人力強く生きていける大陸にする為、大陸の内外の国々と如何にして繋がるか、紛れ込む悪き思惑を見抜けるかが重要とされている。それこそ『王太子殿下の妻に我が国の姫を!』という下心が見える国は以ての外だ。
「これぐらいの鉱物ならユクレーン公国の鉱山から充分に採取出来る。宝石の質もあまり褒められたものではないな。」
「ええ。しかもこの国、食料品のほとんどが輸入に頼っております。自国で生産している穀物もあまり魅力的ではありませんね。」
「海に囲まれた島国で、多湿な環境。薬草の類でそれらを生産すれば経済もよくなるはずだろうに知識が乏しいようだな。」
「ならばこちらから薬草の生産・加工の知識のある者を派遣しましょうか?」
「いいや、かの国と繋がったところでメリットはない。労力をいたずらに削るだけだ。だが生産拠点としては使えそうだが……それだと我らが侵略しているようなものだ。」
こういう商人の発想は政に持ち出したくないな、未だに商会の顔を切り離しきれていない自分に呆れて溜息と共にそれを吐く。
どの国とどう繋がろう、どのようなメリットとデメリットがあるのか話し合いが続く。確かに他国の国民が苦しむのはあまり良い気分はしない。しかし、国のトップが他所の力に依存しているだけでは真の意味での救済や支援は意味を成さない。飽くまでもきっかけだ、自国民を自分で導く努力は必要だから。
全くもって、外交とやらは難しい。掛けている椅子の背もたれに体重を預けたマリセウスは何気なくアプローチに視線を移す。宮殿の玄関から正門までの距離はそれなりにある。庭園にもなっているそれを観賞する目的で歩くこともあるが、基本的にそのような者はあまりいない。歩くのは疲れるから、が大体の理由。見学客はいいとして貴族はもうちょっと運動したらいいだろうに……と。
(……おや、珍しい。)
正門からこちらに向かって歩く人影が三人。そのうち一人が二人を置いていく形で先に歩いているのが見えた。
宮殿に仕えている貴族の誰かの知り合いか連れだろうか。たまに昼食を届けにくる家族がいる微笑ましい光景を見たことがある。ああいう家庭を築きたいものだ。
それにしたって珍しい。馬車でここまで来るのが多いが、あんなにはしゃぐように歩いてくるだなんて。
(ヘルメスもここに来たら、きっと歩かずにはいられないんだろうな。)
そう愛しい婚約者の姿を重ねて見つめていた。
今頃彼女はハンクスに到着しただろう。入国手続きも終えてこちらに向かってくるのもそろそろだ。水流式昇降機の仕組みを知りたくて、それに乗れないのがきっとショックだろうな……好奇心が強いから、この庭園も歩いてみたくなるだろうし走りたくもなるだろう。さすがに走るのは淑女らしからぬ、我慢して歩くかもしれない。
それにしたって歩いているその人もまるで彼女のように見えてきた。重ねてしまうのは失礼だが、あの動きは本当にまるでヘルメスみたいだと…………みたいだと。
「…………みたい、だと。」
「?殿下、どうなさいましたか。」
外交官がアプローチにいる通行人に視線を奪われているマリセウスに話しかけてみるも、ひどく固まっている様子で微動だにしなかった。
眉間に皺を寄せて目を細め、その人物を食い入るように見つめている様子。そして突然、目を見開いて立ち上がった。
「ヘルメスっ!!?ヘルメスじゃないか!!」
その声は嬉しそうな色を含めた驚きのリアクション。
宮殿では一部の人間に限り王太子殿下の婚約者を把握している。生まれや身分、名前なども伏せられておりどのような女性なのか……ここにいる外交官と数人の人間は勿論知らされていない。だから恐らくは、婚約者ではないかと察した。
だがその姿を確認しようとも、ここからかなり遠く離れている。顔の輪郭もまだ捉えていない。さっぱりわからない。誰一人としてわからないがマリセウス一人だけがわかっている。
「殿下。あの方をご存知なのですか?」
「あ、ああ。すまない、取り乱した。彼女は今日やってきた私の婚約者だよ。」
「そうでしたか。ええっと……よくお顔が見えないのですが、よくおわかりになりましたね?」
「動きでわかるさ。」
「動きで。」
「まぁ見てなさい。見通しのいい真っ直ぐな道だろう?そろそろ走りたくなってうずうずする頃……お、ほら走った!でもすぐに止まったな。はは、『淑女らしくない』と連れてきた侍女に言われたかな?はぁ~……愛しい。」
マリセウスが動きを予想していると、それがものの見事に的中する。恐らくは本当に婚約者なのだろう。だがしかし、動きを読むあたりちょっと怖い。いやちょっとではない、大分怖い。
何より、仕事の鬼で常に気を張っていて険しい顔をしている王太子殿下が、その婚約者の姿(ただし凄く遠くて小さい)を見つめているその表情はとても穏やかで優しい笑みをこぼしている。こんな表情、見たことがないと殿下の側近たちは口々に言葉を漏らす。
「ああ、もうすぐで謁見の時間になるか。」
「そうですね。それでは今回の件はまた次回に決めましょう。」
「いや、それには及ばないよ。憂なく仕事を終わらせてから彼女と会いたいからね。」
とても穏やかで、決断を下す際は冷酷無慈悲な一面を見せる王太子殿下が先程の案件……今後、その国との付き合い方を決断した。
さすがに強気に突っぱねるような雰囲気ではないなと、この場にいる誰しもが思っている。慈悲の一片で首の皮一枚繋げておくような支援にするだろう。そんな期待をしていた所で一言。
「領土の一部を借り受けて、我が国の薬草の生産地にする。」
「え?」
「薬草の生産や需要が追いついたら撤退し、その技術をまるっとくれてやる。撤退と同時に支援は打ち切る。それが約束できないなら、もう二度と支援はしないと向こうに伝えてくれ。」
「えぇ……?」
「さて、私はヘルメスに逢う準備をするよ。今後の活動を楽しみにしている。ネビル、行くぞ。」
「あ……はい。」
……朗らかな笑顔で、先程の発言とは打って変わって侵略じみた決定が下された。
鼻歌混じりに部屋を後にする王太子殿下の姿を見送った外交官一同は「笑顔のほうがめちゃくちゃ怖い」と、心をひとつにしたのであった。
ちなみにその国、十年後に『医薬大国』を呼ばれるようになり、栽培と生産技術を持ってきてくれた神海王国ハンクスに多大なる恩を受けたことで感謝される未来が待っているとか。
子供たちは気になってチラチラ覗き見ることが多々あって、その様子が微笑ましく思っている王太子殿下はそれ見たさにたまにその近くを通りかかることもある。
今日は『要人』を迎えるため、残念ながら外邸見学は出来ないせいで扉は締め切られているのがどうにも圧迫感があってたまらない。見学客を好ましく思っていない宮仕らもいるが「これはこれでなんだか寂しい」とも零している。矛盾しているのだろうが、彼らもなんだかんだで受け入れていたのだろう。
その頃マリセウスは、宮殿のアプローチが見渡せる部屋で今後の外交の打ち合わせをしていた。仕事中は見学客が通る練のこの部屋、普段はそれらを気遣って使用はしないが今回は休みだ。正門からここに至るまでの道のり……アプローチにある手入れの行き届いた低木や花壇が春の温かな日差しで輝いている。たまにはこれを観るのもいいものだと和むが、打ち合わせ内容はそれに反してなかなか重い。何せ任されたばかりの外交の執務だ。
アスター大陸の交易による輸出や輸入の玄関口となっている国であるため、自国だけの利益ばかり考えてはならない。大陸の文明の発展は経済の発展に繋がり、大きな雇用も生まれる。人が一人一人力強く生きていける大陸にする為、大陸の内外の国々と如何にして繋がるか、紛れ込む悪き思惑を見抜けるかが重要とされている。それこそ『王太子殿下の妻に我が国の姫を!』という下心が見える国は以ての外だ。
「これぐらいの鉱物ならユクレーン公国の鉱山から充分に採取出来る。宝石の質もあまり褒められたものではないな。」
「ええ。しかもこの国、食料品のほとんどが輸入に頼っております。自国で生産している穀物もあまり魅力的ではありませんね。」
「海に囲まれた島国で、多湿な環境。薬草の類でそれらを生産すれば経済もよくなるはずだろうに知識が乏しいようだな。」
「ならばこちらから薬草の生産・加工の知識のある者を派遣しましょうか?」
「いいや、かの国と繋がったところでメリットはない。労力をいたずらに削るだけだ。だが生産拠点としては使えそうだが……それだと我らが侵略しているようなものだ。」
こういう商人の発想は政に持ち出したくないな、未だに商会の顔を切り離しきれていない自分に呆れて溜息と共にそれを吐く。
どの国とどう繋がろう、どのようなメリットとデメリットがあるのか話し合いが続く。確かに他国の国民が苦しむのはあまり良い気分はしない。しかし、国のトップが他所の力に依存しているだけでは真の意味での救済や支援は意味を成さない。飽くまでもきっかけだ、自国民を自分で導く努力は必要だから。
全くもって、外交とやらは難しい。掛けている椅子の背もたれに体重を預けたマリセウスは何気なくアプローチに視線を移す。宮殿の玄関から正門までの距離はそれなりにある。庭園にもなっているそれを観賞する目的で歩くこともあるが、基本的にそのような者はあまりいない。歩くのは疲れるから、が大体の理由。見学客はいいとして貴族はもうちょっと運動したらいいだろうに……と。
(……おや、珍しい。)
正門からこちらに向かって歩く人影が三人。そのうち一人が二人を置いていく形で先に歩いているのが見えた。
宮殿に仕えている貴族の誰かの知り合いか連れだろうか。たまに昼食を届けにくる家族がいる微笑ましい光景を見たことがある。ああいう家庭を築きたいものだ。
それにしたって珍しい。馬車でここまで来るのが多いが、あんなにはしゃぐように歩いてくるだなんて。
(ヘルメスもここに来たら、きっと歩かずにはいられないんだろうな。)
そう愛しい婚約者の姿を重ねて見つめていた。
今頃彼女はハンクスに到着しただろう。入国手続きも終えてこちらに向かってくるのもそろそろだ。水流式昇降機の仕組みを知りたくて、それに乗れないのがきっとショックだろうな……好奇心が強いから、この庭園も歩いてみたくなるだろうし走りたくもなるだろう。さすがに走るのは淑女らしからぬ、我慢して歩くかもしれない。
それにしたって歩いているその人もまるで彼女のように見えてきた。重ねてしまうのは失礼だが、あの動きは本当にまるでヘルメスみたいだと…………みたいだと。
「…………みたい、だと。」
「?殿下、どうなさいましたか。」
外交官がアプローチにいる通行人に視線を奪われているマリセウスに話しかけてみるも、ひどく固まっている様子で微動だにしなかった。
眉間に皺を寄せて目を細め、その人物を食い入るように見つめている様子。そして突然、目を見開いて立ち上がった。
「ヘルメスっ!!?ヘルメスじゃないか!!」
その声は嬉しそうな色を含めた驚きのリアクション。
宮殿では一部の人間に限り王太子殿下の婚約者を把握している。生まれや身分、名前なども伏せられておりどのような女性なのか……ここにいる外交官と数人の人間は勿論知らされていない。だから恐らくは、婚約者ではないかと察した。
だがその姿を確認しようとも、ここからかなり遠く離れている。顔の輪郭もまだ捉えていない。さっぱりわからない。誰一人としてわからないがマリセウス一人だけがわかっている。
「殿下。あの方をご存知なのですか?」
「あ、ああ。すまない、取り乱した。彼女は今日やってきた私の婚約者だよ。」
「そうでしたか。ええっと……よくお顔が見えないのですが、よくおわかりになりましたね?」
「動きでわかるさ。」
「動きで。」
「まぁ見てなさい。見通しのいい真っ直ぐな道だろう?そろそろ走りたくなってうずうずする頃……お、ほら走った!でもすぐに止まったな。はは、『淑女らしくない』と連れてきた侍女に言われたかな?はぁ~……愛しい。」
マリセウスが動きを予想していると、それがものの見事に的中する。恐らくは本当に婚約者なのだろう。だがしかし、動きを読むあたりちょっと怖い。いやちょっとではない、大分怖い。
何より、仕事の鬼で常に気を張っていて険しい顔をしている王太子殿下が、その婚約者の姿(ただし凄く遠くて小さい)を見つめているその表情はとても穏やかで優しい笑みをこぼしている。こんな表情、見たことがないと殿下の側近たちは口々に言葉を漏らす。
「ああ、もうすぐで謁見の時間になるか。」
「そうですね。それでは今回の件はまた次回に決めましょう。」
「いや、それには及ばないよ。憂なく仕事を終わらせてから彼女と会いたいからね。」
とても穏やかで、決断を下す際は冷酷無慈悲な一面を見せる王太子殿下が先程の案件……今後、その国との付き合い方を決断した。
さすがに強気に突っぱねるような雰囲気ではないなと、この場にいる誰しもが思っている。慈悲の一片で首の皮一枚繋げておくような支援にするだろう。そんな期待をしていた所で一言。
「領土の一部を借り受けて、我が国の薬草の生産地にする。」
「え?」
「薬草の生産や需要が追いついたら撤退し、その技術をまるっとくれてやる。撤退と同時に支援は打ち切る。それが約束できないなら、もう二度と支援はしないと向こうに伝えてくれ。」
「えぇ……?」
「さて、私はヘルメスに逢う準備をするよ。今後の活動を楽しみにしている。ネビル、行くぞ。」
「あ……はい。」
……朗らかな笑顔で、先程の発言とは打って変わって侵略じみた決定が下された。
鼻歌混じりに部屋を後にする王太子殿下の姿を見送った外交官一同は「笑顔のほうがめちゃくちゃ怖い」と、心をひとつにしたのであった。
ちなみにその国、十年後に『医薬大国』を呼ばれるようになり、栽培と生産技術を持ってきてくれた神海王国ハンクスに多大なる恩を受けたことで感謝される未来が待っているとか。
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