オジサマ王子と初々しく

ともとし

文字の大きさ
上 下
25 / 157
第四話

純情が交差する

しおりを挟む
 丁度真上に太陽が昇っていた頃、学院の卒業式典は終わりを迎えて学院内には卒業生と在校生が挨拶を交わしていた。
 ヘルメスの下には昨日の子爵令嬢が挨拶をしに来てくれていた。結局昨日は、保健室であることを忘れて談笑にうっかり没頭してしまい、みんなで保健室の先生に怒られてしまったのはいうまでもなく。
 あれから婚約者が何かして来てはいないかヘルメスは聞いてみると、なんと一旦婚約の話は白紙に戻ったという。
 「最近流行りの婚約破棄モノかな?」とは思ってはいたが、聞くと侯爵令息は甚く反省したいたらしく、卒業パーティーにはヘルメスに悪口を言っていたグループ共々出席はしない意向。しかし、彼女とその令息の親の仲は良好であるし、今後もビジネス仲間として家の付き合いは続くそうだ。
 もし、自分がちゃんとした大人になる事が出来たのなら、その時は親の決めた婚姻ではなく自分から迎えに行こうと思っていると令息は大胆に告白したそうだ。彼女も今後は婚約者としての立場ではなく、仕事仲間として彼を見届けようとしている話をしてくれた。
 それにしても驚いた。昨今では貴族間が問題を起こせば一方が理不尽な言い訳をして、一方が度の超えた報復ざまぁ展開をするのが見えていて、今回も侯爵令息が酷い仕打ちをしたにも関わらず平和的な解決をしたのだ。

 (マリス様が仲裁でもしてくれたのかな?)

 昨日は帰宅するまで一緒に居てくれたマリスだが、侯爵の計らいもあってカートン伯爵家には特にお咎めもなく、「寧ろ愚息を止めてくれたことを感謝しております」と言っていたことを彼から聞いたのだ。
 さすがは商人、話が上手なのだろうとヘルメスは思った。
 そしてそのマリスなのだが、今日は少し早めに屋敷に来てくれるそうだ。ドレスに似合いそうな装飾品を持って行くのでゆっくり準備してほしいと言っていたが……そういえば、どんな格好で来てくれるのだろう?あんなにゴタゴタしていたのにマリス自身は準備が出来ていたのかとヘルメスは考えたが、この気遣いが今更出てきたことに罪悪感を覚えた。ずっと彼は私を優先してくれたのが途端に申し訳なくなったのだ。
 ならばせめて、今日のパーティーは自分が頑張って彼を立てよう。絶対にみんなに「めちゃくちゃ良い人なんですよ彼!」みたいに褒めちぎっていこうとヘルメスは決めた。
 そう決めると否や、脳内でどう褒めちぎろうか構想を練り出す。すると真っ赤になっているマリスが両手で顔を覆うしぐさが脳裏に浮かんでとても楽しくなってきた。二回り以上年の離れた殿方なのに可愛らしい所がまた好きなんですがね!と早くも二十か所近くの褒めちぎりポイントを見つけて気持ちが上がってくる。

 (早くパーティーにならないかなぁ~!)

 「パーティー明日にならないかなぁ……。」
 「情けない事を言わないで下さいよ殿下。」

 サンラン国の最も栄えている都心の宿、神海王国ハンクスから自分の従者や針子を数名呼び寄せて礼装である燕尾服の着付けをしてもらっているマリスことマリセウスはため息を吐いた。
 実はヘルメスのエスコートを決めてから鳩を飛ばして大急ぎで呼び寄せたのだ。あまりの突貫作業すぎて当然彼らは怒ってはいたが、事のあらましを説明すると「じゃあ仕方ないですね!賃金は多めにもらいますけど!」「独身最後のわがままとして捉えますよ!がっつり手当は貰いますからね!」「てか先に特別手当を下さい!」と、彼らの寛大な心遣いに甘えてタキシードを仕立てて貰ったのだ。……寛大?

 「君たちが特急で仕立ててくれたおかげで、私が袖を通した中では一番素晴らしい衣装が出来たことはとても感謝している。ありがとう。」
 「いやはや、まさかサンラン国でこの王家勝負服を仕立てることとなるとは予想外でしたが。」
 「しかしサンラン国公爵も捨てたもんじゃないね!まさか公爵の針子が殿下のダンス練習にかこつけて、型を作ってくれるとは。」
 「ああ。今晩、ベンチャミン公爵にお会いしたら、お礼を言うよ。」

 王家勝負服、エヴァルマー一族は代々ひとつのゲン担ぎを継承してきた。それがマリンブルーの生地を使って正装や礼装を仕立てる。ただこのマリンブルー、ハンクスと諸外国には違いがある。本来のマリンブルーは緑色がかかっている青の事を指すが、ハンクスのマリンブルーは生地に用いる場合、一見すると深海の色に近いもので、遠くから見れば紺か黒ではあるが近くで見ると濃いめの青、さらに近くで見るとサンゴ礁の海を連想させる、ほんのり緑がかかった鮮やかな青色に見えるのだ。海の神々の恩恵を受けた不思議な染料で生地を染めたので、ハンクスのマリンブルーは特殊なのだ。
 これが勝負服として言われる理由が、この生地を使い纏ったエヴァルマー家の先祖が「寄らば神海を見せるが、寄らねば海を見つけるも叶わない」と詠ったのが始まり。つまり「サンゴ礁の色を見せるのは、これを纏っている私の近くに置いた人だけ」……自分の心を伝えるためのものなのだ。ちなみにマリンブルーの礼装でプロポーズをした王家男子は今の所、負け知らず。
 マリセウス個人は「負け知らずの礼装」だから袖を通すのではなく、先祖が詠った詩が気に入ったから代々伝わるゲン担ぎに乗った。実際の生地を見たら、本当に心を許した相手にだけサンゴ礁の海の色を見せたいと強く思った。それがヘルメスなのだが……。

 「それで殿下、プロポーズのお言葉はお考えで?」
 「……いいや。プロポーズはしないよ。」

 姿見で自分の装いを確認しながらマリセウスがそういうと、室内にいた従者と針子たちは同時に「えぇええ!!!」と驚愕の声を上げた。それもそうだ、彼らは十五年という長い年月、温めて続けてきた想いがようやく成就すると信じて疑わなかったのだ。それまでのマリセウスは自国の公爵・侯爵、稀に海の向こうの国の姫君からの縁談を片っ端から断り続けてきた。出会った三歳の女子のために、その心身を一途に守ってきたのだ。
 何があったのだろう?本来なら王族の彼にあれこれ聞くのはご法度ではあるが、さすがに気がかりなのでおかまいなしに彼らは尋問を始める。「熱が冷めたのか」「相手に好きな人がいたとか?」「教養がなかった?」「ぶっちゃけ好みじゃなかった!」など、結構失礼なことばかり投げてくる(マリセウスの人柄のよるものなのかは不明)。それでもマリセウスは丁寧に違うよと返した。

 「……彼女の事は好きさ。再会したあの学院の中庭で彼女を見たとき、一瞬で心を奪われたよ。礼節もまだまだしっかり出来てないけど、それなら結婚してからでも努力次第で出来なくはない子だと確信はしているよ。」
 「ならどうして……。」
 「私は次期国王なんだ。王太子妃、そして王妃になるということは……それだけ教養、礼節を叩き込まなければいけない。国を代表する淑女にならねばいけない。私の妻になるという事は、自由を捨てねばいけない。彼女が煌めいているのは、そんな自由があるからだ。…………それを、奪いたくない。」


 「それにしても十五年、あっという間でしたねお嬢様。」
 「でもなかなか身につかなかったなぁ。マリス様と結婚したら、今以上に頑張らないといけないし。」
 「お嬢様なら出来ますよ!だって苦手なダンスも、マリス様とならあっという間に覚えたじゃありませんか!好きな人のために困難を乗り越えるとは、さすがです!」
 「キリコったら~。」

 屋敷に帰ってきたヘルメスは体を清めた後に軽く昼食をとり、いよいよ婚約者から貰ったドレスに着替える。
 一週間ほど前に「結婚か破談かは君が決めてくれ」とマリスに問われたまま、少しの不安を今も抱えているが答えは出ている。

 「至らないところはたくさんあるけど、マリス様の隣にいたいから絶対に頑張る!」

 想いの強さが、すれ違う。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】あなたは知らなくていいのです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:87,024pt お気に入り:3,814

入れ替わった花嫁は元団長騎士様の溺愛に溺れまくる

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:455pt お気に入り:47

3歳で捨てられた件

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:2,294pt お気に入り:143

恋をしたくない僕とお隣さん

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:5

君に愛は囁けない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:326pt お気に入り:608

美人爆命!?異世界に行ってもやっぱりモテてます!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,363pt お気に入り:131

噂の悪女が妻になりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:5,502pt お気に入り:1,862

処理中です...