20 / 187
第三話
霧の向こうの対岸
しおりを挟む
ベティベルの特訓が始まって三日目を迎えた。学院に通う卒業生はほとんどおらず、卒業式典やパーティーへの参加準備に勤しんでいた。
ヘルメスとマリスは最初こそは「よぼよぼのオッサンを歩かせる介護士」のような見た目ではあったが、今日はなんとか無事にダンスの形から入ることに成功した。
パーティーで使われる曲は大まかに知っていたベティベルは比較的に踊りやすそうな優しい曲調のものを選び、そのリズムに合わせて二人を踊らせてみた。
これがまたスパルタだ。
ターンが甘い!足ばかり見るな!見つめ合う!照れるな!目を逸らすな、見つめ合う!だから照れるな!!
……甘酸っぱい二人の熱血指導の熱が伝わったのか、二人は「すみませんコーチ!」「私達、全国大会に行きたいです!」「どんな厳しい指導にも耐えてみせます!!」「ですから、私達も諦めません!!」と青春を決めていた。二人は感化されやすいのかもしれない……。
それからも二人の涙ぐましい努力の甲斐があってか、卒業パーティー二日前にはようやく様になってきたのである。
あんなにへなちゃこだった、お二人がこんな立派に……もう私からは教える事はありませんわ!お二人とも、深紅の優勝旗を取ってきなさい!!などと、ベティベルは完全に熱に浮かれていた。
そんなコーチの涙を見たヘルメスは「コーチぃい!!私、必ず優勝してきます!!」と涙しながら抱きしめた。そんなやり取りを後ろから見ていたマリスもまた涙を流しながら、「大会じゃなくて、パーティーなんだけどなぁ~……」などと言いながら小さく拍手をしたのであった。青春である。
とまぁ、短期間ではあるがほぼダンスをマスターした二人の飲み込みの早さに驚いたが、ベディベルはヘルメスの尋常ではない飲み込みにとても驚いた。今回はたまたま女性に免疫のないマリスに合わせた形ではあったが、恐らくヘルメスだけなら丸一日あれば作法も何もかもマスターしていたはずだ。
初日、短い時間ではあったが気を利かせて二人きりにさせてから暫く、庭園から戻ってきたヘルメスは少し不安そうな表情をしていたのを今でも覚えている。何か言われたのだろうかと親友として声をかけたかったが、パーティー本番まで時間がなかった事もあり、結局は有耶無耶なまま終わってしまった。結果的に実を結んだものの、それが躍起になったのだろうか……?それでもベティベルは彼女達を信じて、口を挟まない事を選んだのであった。
次の日、ヘルメス達卒業生は翌日に控えた卒業式典のリハーサルや席順の確認のため、最期の登校にやってきた。
リハーサル、なんて言うが実際は偉い人達の有難いと思われているお話や卒業賞状を受け取るだけの式典なので、最低でも起立の挨拶のタイミングをしっかりしていれば全然セーフなものだ。しかし本当に学院にいる最期の日なので、さすがに由緒ある式典を軽んじるわけにはいかない。ヘルメスはダンスの練習で溜まっている疲労を少しの間我慢する努力をしたのだった。
それから大体三時間ほど経過して、気が付けば日は高く昼食の時間となっていた。卒業生はリハーサルが終わると、昼食は自宅で取る者が多いためか大体が帰宅して行く。残っている者は学院の食堂で済ませて行く、もしくは後輩と残された時間を有意義に過ごす者もそれなりにいた。ヘルメス達三人はどちらかというと前者。特別親しい後輩も教授もいないし、何より学院での思い出は三人が仲良く過ごしていた生活ばかりで、そんな仲良し三人組が学院から社会に移動するだけなので学院というひとつの場所に囚われるのもおかしな話だと先週まではそう話していた。しかし、ヘルメスは……卒業したらハンクスに行ってしまうのだ。
「ヘルメス・カートン先輩!」
二人に別れをどう切り出せばいいんだろう。そう悩みながら二人に続いて廊下を歩いていたヘルメスは、背後から女性の声で呼び止められた。
はて?どこかで見かけたような……。振り向いて呼び止めたと思われる女子生徒を見ながら、記憶を遡ってみる。学年ごとに分けられているリボンの色は緑、今の一年生のもの。しかし一年生に知り合いはいないはずなのにと思っていたが思い出した。
「あれ?もしかして、あの時怪我をして私が運んだ……。」
「は、はい!覚えて下さって嬉しいです!」
ごめん、半分忘れてた。という言葉は呑み込んでおこう。ひょっとして、最期の挨拶に来てくれたのだろうか。一応明日の式典の終わりに時間があるからその時でも全然構わないというのに、律儀な子だと思っていたが。
「あ、明日のパーティー。もしエスコートのお相手がおりませんでしたら、私がエスコートさせて下さい!」
「……へ?」
意外や意外、まさかのお誘いである。
明日の卒業パーティーは参加者はほとんど卒業生なのだが、その卒業生のエスコート役が在校生や家族、もしくは学院とは無縁の卒業生の婚約者でも構わない……というか、卒業生の関係者ならば基本的に参加は許されている。若干防犯意識が低い気がするのだが。
それに女性のエスコート役は別に同姓でもなんら問題はない。最悪、一人で来場しても構わないが相手がいないと寂しいとか「寂しくないのは本当なのに強がっているとか言われる」など勝手に気持ちを代弁する輩がいるから、それ避けにもいた方がいいに越したことはない。
ヘルメスは嬉しい申し立てであるが、自分にはもうマリスがいるのだと伝えようとするも、ここでひとつの疑問が浮かんだ。確か彼女には、自分を醜女と罵っている男子グループの中に婚約者がいたはずだ。なのにその彼を差し置いてヘルメスの所に来た理由がわからない。無粋かもしれないが、聞いてみる事とした。
「ごめんなさい、もうエスコートして下さる方がいらして。それに確か、貴女には婚約者がいらしたはずでしょう?その人も卒業生のはずですし……。」
「彼は、確かに婚約者ですが……嫌です!ヘルメス先輩を悪く言う人なんて、頭を下げられても絶対に一緒に並びたくありませんもの!!」
日頃の行いは律儀に反映されるんだなぁと、ヘルメスの後ろで聞いていたレイチェルとベティベルはうんうんと頷いて納得していた。
しかし、こう慕われているのは意外で、だが逆に「自分が原因で関係のない人にまで不快な思いをさせてしまった」とヘルメスは感じなくてもいい罪悪感をまた背負ってしまいそうになる。
だがそれも、この後起こる喧噪ですっかり無くなるのだ。
「どういう事だ!俺よりカートンを選ぶだと!?」
例の侯爵令息が、その場に居合わせてしまっていた。
ヘルメスとマリスは最初こそは「よぼよぼのオッサンを歩かせる介護士」のような見た目ではあったが、今日はなんとか無事にダンスの形から入ることに成功した。
パーティーで使われる曲は大まかに知っていたベティベルは比較的に踊りやすそうな優しい曲調のものを選び、そのリズムに合わせて二人を踊らせてみた。
これがまたスパルタだ。
ターンが甘い!足ばかり見るな!見つめ合う!照れるな!目を逸らすな、見つめ合う!だから照れるな!!
……甘酸っぱい二人の熱血指導の熱が伝わったのか、二人は「すみませんコーチ!」「私達、全国大会に行きたいです!」「どんな厳しい指導にも耐えてみせます!!」「ですから、私達も諦めません!!」と青春を決めていた。二人は感化されやすいのかもしれない……。
それからも二人の涙ぐましい努力の甲斐があってか、卒業パーティー二日前にはようやく様になってきたのである。
あんなにへなちゃこだった、お二人がこんな立派に……もう私からは教える事はありませんわ!お二人とも、深紅の優勝旗を取ってきなさい!!などと、ベティベルは完全に熱に浮かれていた。
そんなコーチの涙を見たヘルメスは「コーチぃい!!私、必ず優勝してきます!!」と涙しながら抱きしめた。そんなやり取りを後ろから見ていたマリスもまた涙を流しながら、「大会じゃなくて、パーティーなんだけどなぁ~……」などと言いながら小さく拍手をしたのであった。青春である。
とまぁ、短期間ではあるがほぼダンスをマスターした二人の飲み込みの早さに驚いたが、ベディベルはヘルメスの尋常ではない飲み込みにとても驚いた。今回はたまたま女性に免疫のないマリスに合わせた形ではあったが、恐らくヘルメスだけなら丸一日あれば作法も何もかもマスターしていたはずだ。
初日、短い時間ではあったが気を利かせて二人きりにさせてから暫く、庭園から戻ってきたヘルメスは少し不安そうな表情をしていたのを今でも覚えている。何か言われたのだろうかと親友として声をかけたかったが、パーティー本番まで時間がなかった事もあり、結局は有耶無耶なまま終わってしまった。結果的に実を結んだものの、それが躍起になったのだろうか……?それでもベティベルは彼女達を信じて、口を挟まない事を選んだのであった。
次の日、ヘルメス達卒業生は翌日に控えた卒業式典のリハーサルや席順の確認のため、最期の登校にやってきた。
リハーサル、なんて言うが実際は偉い人達の有難いと思われているお話や卒業賞状を受け取るだけの式典なので、最低でも起立の挨拶のタイミングをしっかりしていれば全然セーフなものだ。しかし本当に学院にいる最期の日なので、さすがに由緒ある式典を軽んじるわけにはいかない。ヘルメスはダンスの練習で溜まっている疲労を少しの間我慢する努力をしたのだった。
それから大体三時間ほど経過して、気が付けば日は高く昼食の時間となっていた。卒業生はリハーサルが終わると、昼食は自宅で取る者が多いためか大体が帰宅して行く。残っている者は学院の食堂で済ませて行く、もしくは後輩と残された時間を有意義に過ごす者もそれなりにいた。ヘルメス達三人はどちらかというと前者。特別親しい後輩も教授もいないし、何より学院での思い出は三人が仲良く過ごしていた生活ばかりで、そんな仲良し三人組が学院から社会に移動するだけなので学院というひとつの場所に囚われるのもおかしな話だと先週まではそう話していた。しかし、ヘルメスは……卒業したらハンクスに行ってしまうのだ。
「ヘルメス・カートン先輩!」
二人に別れをどう切り出せばいいんだろう。そう悩みながら二人に続いて廊下を歩いていたヘルメスは、背後から女性の声で呼び止められた。
はて?どこかで見かけたような……。振り向いて呼び止めたと思われる女子生徒を見ながら、記憶を遡ってみる。学年ごとに分けられているリボンの色は緑、今の一年生のもの。しかし一年生に知り合いはいないはずなのにと思っていたが思い出した。
「あれ?もしかして、あの時怪我をして私が運んだ……。」
「は、はい!覚えて下さって嬉しいです!」
ごめん、半分忘れてた。という言葉は呑み込んでおこう。ひょっとして、最期の挨拶に来てくれたのだろうか。一応明日の式典の終わりに時間があるからその時でも全然構わないというのに、律儀な子だと思っていたが。
「あ、明日のパーティー。もしエスコートのお相手がおりませんでしたら、私がエスコートさせて下さい!」
「……へ?」
意外や意外、まさかのお誘いである。
明日の卒業パーティーは参加者はほとんど卒業生なのだが、その卒業生のエスコート役が在校生や家族、もしくは学院とは無縁の卒業生の婚約者でも構わない……というか、卒業生の関係者ならば基本的に参加は許されている。若干防犯意識が低い気がするのだが。
それに女性のエスコート役は別に同姓でもなんら問題はない。最悪、一人で来場しても構わないが相手がいないと寂しいとか「寂しくないのは本当なのに強がっているとか言われる」など勝手に気持ちを代弁する輩がいるから、それ避けにもいた方がいいに越したことはない。
ヘルメスは嬉しい申し立てであるが、自分にはもうマリスがいるのだと伝えようとするも、ここでひとつの疑問が浮かんだ。確か彼女には、自分を醜女と罵っている男子グループの中に婚約者がいたはずだ。なのにその彼を差し置いてヘルメスの所に来た理由がわからない。無粋かもしれないが、聞いてみる事とした。
「ごめんなさい、もうエスコートして下さる方がいらして。それに確か、貴女には婚約者がいらしたはずでしょう?その人も卒業生のはずですし……。」
「彼は、確かに婚約者ですが……嫌です!ヘルメス先輩を悪く言う人なんて、頭を下げられても絶対に一緒に並びたくありませんもの!!」
日頃の行いは律儀に反映されるんだなぁと、ヘルメスの後ろで聞いていたレイチェルとベティベルはうんうんと頷いて納得していた。
しかし、こう慕われているのは意外で、だが逆に「自分が原因で関係のない人にまで不快な思いをさせてしまった」とヘルメスは感じなくてもいい罪悪感をまた背負ってしまいそうになる。
だがそれも、この後起こる喧噪ですっかり無くなるのだ。
「どういう事だ!俺よりカートンを選ぶだと!?」
例の侯爵令息が、その場に居合わせてしまっていた。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
俺にお前の心をくれ〜若頭はこの純愛を諦められない
ラヴ KAZU
恋愛
西園寺組若頭、西園寺健吾は夕凪由梨に惚れた。
由梨を自分の物にしたいと、いきなり由梨のアパートへおしかけ、プロポーズをする。
初対面のヤクザにプロポーズされ、戸惑う由梨。
由梨は父の残した莫大な借金を返さなければいけない。
そのため、東條ホールディングス社長東條優馬の婚約者になる契約を優馬の父親と交わした。
優馬は女癖が悪く、すべての婚約が解消されてしまう。
困り果てた優馬の父親は由梨に目をつけ、永年勤務を約束する代わりに優馬の婚約者になることになった。
由梨は健吾に惹かれ始めていた。でも健吾のプロポーズを受けるわけにはいかない。
由梨はわざと健吾に嫌われるように、ある提案をした。
「私を欲しいなら、相手になります、その代わりお金頂けますか」
由梨は健吾に囲われた。
愛のないはずの優馬の嫉妬、愛のない素振りをする健吾、健吾への気持ちに気づいた由梨。
三人三様のお互いへの愛。そんな中由梨に病魔が迫っていた。
完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる