オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第三話

動かぬよりマシ

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 サンラン国の公爵貴族・ベンチャミン家。公爵領の特産品は果実が中心であり、中でもオレンジが美味である。近年では東方よりの輸入品「ミカン」と呼ばれる物の栽培に力を入れているそう。食べる以外にも、その皮を湯船に浮かべて入ると体の芯まで温まる健康法も同時に備わっている優れものとして、ベンチャミン公爵領を中心にじわじわと流行り始めているそうだ。
 イズール・ベンチャミン公爵には一人娘がいる。あと一週間ほどで国立学院を卒業するベティベル・ベンチャミン公爵令嬢は、礼儀よし気前よし性格よしと申し分のない貴族令嬢ではあるが、もうすぐ十八歳にもなるというのにどこにも嫁ごうとはしない。
 それもそのはず、ベティベルの夢は父から家督を継いで領内の特産品を世界に広めることである。彼女は嫁いで幸せな家庭を築くよりも、経営を通して世界を見回すほうが幸せなのだ。
 公爵が隠居した後の世継ぎが問題ではあるが「まぁ、果実栽培の知識が豊富で次男以降の貴族令息とか探せばいるはずだから、それを婿にもらおうか」と父も単純明快に捉えていた。
 都市から戻ってきたベンチャミン公爵は、今日も娘は熱心に勉強しているのだろうから静かにするか……と馬車から一歩降りた瞬間。

 「ぎゃああああ!!!!」
 「でぃいいやぁああああ!!!!」

 パーティーなどを催しているダンスホールから断末魔が聞こえた。女性の声と男性の声の一人ずつ。
 まさか、私が留守の間に娘は何者に襲われているのか!?ベンチャミン公爵は玄関階段に足をかけていたが、すぐにダンスホールのある離れへと走り出した。
 執事やメイドは「旦那様!落ち着いてくださいませ!!」と声を上げてはいるが、公爵は「落ち着いている場合じゃない!」と動揺を隠せず、しかしながら娘を案じる親の心のまま行動をする。
 ホールの扉が全開になっている……まさか堂々と入り口から暴漢が入ったのか?公爵は駆け込んで「ベティ!!!」と娘の名前を大声で張り上げた。が。

 「あら。お父様、おかえりなさいませ。」
 「い、今、断末魔……というか叫び声が聞こえたのだが!なんともないか!?」
 「私はなんともありません。ですが……、」

 ベティベルが後ろをちらりと見やるので、公爵も娘越しにそれを確認する……。

 「マリス様!絶対、絶対離さないで下さいよ!?」
 「ら、らめぇええ……意識飛びそぉ……っ。」

 「……なんだね、あの二人は?」
 「ヘルメス・カートン伯爵令嬢と、その婚約者のマリス・エバ様ですわ。」

 ヘルメスは両手で膝をがくがく震わせているマリスの両手を引きながら歩いている。さながら車椅子から立ち上がった歩く練習をしている、リハビリか何かかと公爵は思った。
 しかし、歩いているだけで意識が飛びそうとはよほど重症とお見受けするが?と言うとベティベルは、

 「ええ。……女性に触れる事に全く慣れていない殿方だそうですよ。」
 「な、なるほど?つまり……立ち上がっているのではなく、立っている状態から膝を着かないように努力していると?」
 「さすがはお父様。ご名答ですわ。」

 正解しても嬉しくない問題だなとは思っていても口にはしなかった。した所でどうなるのか変わりもしないだろう。
 そんな練習をどうして我が家のダンスホールでしているのか、公爵は娘に聞いてみた。

 イズール・ベンチャミンが帰宅する1時間ほど前に遡る。ベティベルはカートン伯爵家の紋章が入った馬車が我が家に入ってくるのを庭園から見ていたので、すぐに玄関へと移動してみると、馬車からは親友のヘルメス・カートンとその婚約者のマリス・エバが降りてきたのだ。
 急用か何か?と理由と聞くと、ヘルメスの兄が諸事情によりパーティーを欠席する事となったため、エスコートとダンスのパートナーをマリスに代わってもらう事となった。それだけなら「え、私関係なくね?」とベティベルは一蹴出来るが、問題はここから。
 なんとお互い、ダンスが踊れない。その上、婚約者は異性に触れると気絶するほど緊張してしまうそうで「どう考えても人選ミスですわよ!!」と激しくツッコミを入れて、失礼させてしまった。だが二人は……。

 「それでも、私はヘルメス嬢をエスコートしたいのです!その為なら、努力は惜しみません!!」
 「私だって、女性パートを踊れるように努力します!」

 礼儀作法やマナー、ダンスの嗜みが学院で一番出来ているベティベルに頼んで、そんなお互いの欠点を克服……いや、多少マシに出来ないかと相談にやってきたのだ。
 確かに我が家にはダンスホールもある、礼儀作法やマナーの先生も今も我が家にいらっしゃって、改めて勉強をさせていただいている。馬車で数分のベンチャミン公爵家なら、下手に講師を呼ぶより訪問したほうが手っ取り早い。もとい、効率がよい。
 お願いします!お願いします!と二人は揃って頭を下げるのを目の前にしたベティベルは、酷ではあるが冷徹な判断を下さねばなるまい。そうして、

 「……貴方達の情熱、確かに受け取りましたわ。」
 「!では、ベンチャミン公爵令嬢、」
 「ただし、私の元で教えを乞うのであらば、それなりに厳しく行きますわよ?」
 「!か、覚悟は出来ているよ、ベティ。」
 「いいえ!今から私の事はコーチをお呼びなさい!!残された数日間でみっちり扱いて差し上げますわ!!」

という事がありまして、このようにレッスンをしているとのこと。

 ノリノリではないか我が娘!どこが酷なのだ!?
 ベンチャミン公爵がそう突っ込みを入れると、「厳しく扱くこと」が酷なのだとか。学院に入学する前は、こんな茶目っけなんてなかったのだがなぁ……などと首を傾げているその横で、要介護の紳士はヘルメスの手に引かれながらも、まだ膝を震わせて歩いていた。

 (……ん?この御仁、どこかで。)

 この時、公爵は記憶を掘り返し、その紳士が何者か完全に思い出した。それと同時に「娘はわかっていて招き入れたのか?」と思ったという。
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