オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第二話

踏み込め勇気

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 かつてないほどの顔面蒼白するマリス、相変わらず真っ赤に照れてしまっているヘルメス、その両者を交互に見るセネル・カートン伯爵。なんだこの絵面は?と言い放ちそうになったのは、目覚めた主人に水を持ってきたジーク。大人なので本音は飲み込んでおこう。

 「如何なさいました、ご主人。ついに更年期障害ですか?」
 「……はっ!い、いやなんでも……って、君はなかなかひどい事を言うな!?」

 そんな事はお構いなしに、カートン伯爵はジークに「ヘルメスが出席する卒業パーティーにパートナーとしてエスコートしてもらおうと話していた」と説明。ああだからか、ジークは納得して何度も頷いた。従者は何か事情を知っているそうだ。もしよろしければ……と尋ねようとした伯爵よりも前に、

 「ご主人、女性の手に触れられないんですよ。」
 「え?」
 「平たく言うなら、異性に全く免疫がなくてロクにダンスも踊れやしない。指先ひとつでも軽く触れれば気絶しますよ、この人。」
 「ジーク、それは言い過ぎだ。指先なら克服しただろう?」
 「でもエスコートは腕を組んでパートナーをリードしないといけませんよね?ダンスだってしないといけませんよね?お相手の手を繋いで腰を抱き寄せることが出来ますか?指先ひとつで?出来ないでしょ、だって気絶するくらいに緊張するんですから。」
 「ぐ、ぐぬぬぅう……!!」

 従者にこれでもかと指摘されまくっている主は何も言い返せないまま、悔しそうに歯を食いしばっていた。ヘルメスは「この人、実はおもしろいのでは?」と思ってそのやり取りを見守っていた。
 それにしても、やはり問題はダンス。夜会や舞踏会に行ける年齢のヘルメスではあったが、相応しくないから行かなくなった上に学院でもダンスをしたことはなかった。いや、正確にはあるのだが何故か常に男性パートで女性パートは踊ったことがないのだ。人数の問題もあるが、ヘルメスと踊りたい女子生徒が多かったというのもあったのも原因のひとつ。
 お互い、踊れないのなら無理をしなくてもいいだろうし、やはりレイチェルを誘おうと改めて思いを決める。突然の事もあるだろうから、マリスも準備は出来ないかもしれない。

 「あ、あのぉ……マリス様もそう困ってますし、やっぱり私はレイチェルを誘いますよ?」
 「え、いや困っているわけではないのですよヘルメス嬢?」
 「それに私もダンスは出来なくて。ああでも、男性パートのダンスなら私は踊れますよ。だったら学友の女子を誘った方がいいかなぁって。それにマリス様だって、急なお誘いでご準備も難しいでしょう?」
 「うっ、うぐぅ……。」

 先程から図星を刺されまくっているマリスには酷な事を言ってしまっているのは承知。ヘルメスはすぐに使いを出そうと部屋を、マリスと父に向けて頭を下げて客間を退出した。
 ……本音を言えば、マリスにエスコートされたかった。それに一緒に行けたらとても楽しいかもしれない。お互い踊れないのだから、ダンスホールには行かずに輪から外れてお喋りしたり、会場を一緒に散策したり、あとは柄にもなく同級生にマリスを自慢して羨ましがってもらいたいとも思っていた。
 だけども、異性に免疫がないのは痛手ではある。人の事は言えないけれども手なら頑張って握れるとはヘルメス自身は思ってはいる。だがマリスは、ジークの話から察するにそれすらも難しいようで……ならなんで婚姻の約束を取り付けたんだ?と疑問には思うけど、関係ないかもしれないのでその考えは捨てよう。

 (マリス様がいないなら、あのドレスを着たって嬉しくもない……。)

 使いの者を送ろうかと考えていたが、大事なパーティーだから自分から説明しないとレイチェルだって驚くだろう。明日と明後日は学院自体が休みなわけなのだから、直接自分が赴くべきだと、ヘルメスはトッドに馬車を出すようにお願いをした。
 手ぶらもなんだか失礼だろうし、キリコに何か菓子折りがないか聞いたところ、丁度茶葉売りの行商が御用聞きに来ているので良き茶葉をいただこうと提案してくれたのでそれをお願いをした。
 あとは……特には思いつかない。適当に何か羽織ればいいかと自分でクローゼットを開けて手頃なコートを取り出した。それを羽織ったとき、視界に姿見が入ったヘルメスはぼんやりと先程のドレス姿を思い出す。
 女神か天使。目覚めたマリスは濁す事なく、ストレートにそう称えてくれた。
 男子生徒からは、自分の髪が短くて活発的に行動する様がお淑やかとはかけ離れているものだから「醜女」と言われ続けてきた。何をするにも異性から笑われ、貶されてきたヘルメスにとっては、マリスがくれる言葉は全てときめかせてくれる。
 どうして彼はあんなにも優しくて、私に対して思いやりがあるのだろうか?紳士だからか、というには行き過ぎている面があるのだが……。
 そういえば、再会してからマリスの事を何も知らない。歳上で紳士的。従者がいるから、恐らくはハンクスで何かしら商売をしている資産家か何かかもしれない。彼を知らないまま、嫁いでもいいものかと思いながら部屋のドアを開けた。そこに背を向けて立っていたのは、髪の毛を束ね直しながら、独り言を零しているマリスだった。

 「大丈夫、大丈夫……言える、言えるぞ。……足りないものは勇気で補えばいいじゃないか……。」
 「マリス様?」
 「ほわちゃっっ!!!!」

 寝起きのままの姿……上着も羽織らず薄着で屋敷の中と言えども寒いはずだろうに。とヘルメスは彼の体格の良さに気づいた。年齢的に父と近いはずなのに、がっしりとしていた。昨日と今日も襟の大きくて体格のラインを表に出さないコートを羽織っていて……いや昨日、来訪して両親と交えて談笑した時はさすがに羽織ってはおらずにベストとネクタイ姿だった。
 まさか寒さを感じないほどの筋肉量なのだろうか?同年代の女子よりかは筋肉があると自負はしていた(腹筋は薄ら割れている)ヘルメスにとって、まさかのライバル出現である。もしや……宣戦布告にでも来たのだろうか?

 「じゃなくて、えーと……ヘルメス嬢。」
 「は、はい。」
 「卒業パーティーの件。……やはり、私にエスコートさせては、いただけないだろうか?」

 眉を下げて、少し困ったような表情とその姿に……不覚にも色気を感じたヘルメスは胸がきゅんっとなってしまった。
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