オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第二話

赤くなったり青くなったり

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 マリスが倒れて数十分後、カートン伯爵宛に急ぎの手紙がやってきた。受け取った執事のトッドは差出人の名前を見ると、この家の長男でヘルメスの兄であるグレイ・カートン。何か大変な事でも起きたのか?トッドは足早に伯爵の元へ手紙を届けに行く。
 グレイはヘルメスの三つ歳上、二十一歳の伯爵家嫡男。現在はサンラン国の都市部にある国会議事堂にて職員として働いている。
 本来なら領主として領内の政を行うべきではある年頃なのだが、将来的にどういう政をすべきか勉学のために契約期間のある職員として……まぁ本音を言うなら、田舎で半生を過ごす前にちょっと都市で遊びたいなぁとも思っていたので、学院卒業後にそちらへと進路を取ったそうな。
 マリスが寝込む客間から出てきたカートン伯爵を見つけたトッドは、素早く手紙を差し出した。速達の印がある簡素な封筒を見て「おや?」とさすがに身構えた。だが慌てず騒がず丁寧に開封していき、綺麗に二つ折りされたこれまた簡素な便箋を開いて目を通した。

 「おや、まぁ。」

 それと同時に気絶していたマリスは目を覚ました。倒れた時に思い切り後頭部をぶつけてしまい痛みが走る。残念ながら、倒れた時の記憶は吹き飛んでしまっていたため、何が起きたのか理解していなかった。体を起こすといつも髪を結っている部分の近くを撫でてみる。腫れている。誰にやられたのだろうか?ジークに何かされたな……などと思ったが、傍の椅子に掛けていたヘルメス(普段着の姿、残念ながらドレスは脱いでいた……)が心配そうにしていた。

 「マリス様、大丈夫ですか?」
 「あ、ああ……心配をかけてしまって申し訳ない。というか、一体私に何があったのかわからないのだが?」
 「え、覚えていないのですか……?」
 「気を失う直前に女神か天使を見たのは覚えてますよ。」

 ドレス姿のヘルメスの事はしっかりと覚えていたようで、さらりと恥ずかしくなるような言葉を思わず口にする。
 そんなお世辞……ヘルメスはそう口にしようとしたが、昨日からのマリスの事をふと思うと、恐らく彼は本心で言ってくれている。いや恐らく、ではなくて絶対に、が正しい。
 マリスはうっかり本音を漏らしたと、照れ臭そうに頬を赤くしてはにかんでいた。その表情がなんだか愛らしく思えたヘルメスは、大人の男性でもそういう表情をするんだと心がほぐれた。だから先程の言葉は受け入れてもいいのだと「ありがとうございます」と、照れながら返した。
 初々しい二人は、どちらも真っ赤になって黙ってしまう……運良く二人きりだというのに、何かを切り出さなきゃとは思ってはいるが勇気が出ない。青春の1ページでも見せられているような空気だが、その沈黙は長くは続かなかった。ドアをノックする音でそれは破られたのだから。

 「は、はい。」
 「ああ、ヘルメスすまない。おや、エバ殿。もうお加減はよろしいので?」
 「あ、はい。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。」
 「いいえ、気絶するくらいに娘に見惚れたのだから仕方ありませんよ。」

 ちょっとパパ!とヘルメスは恥ずかしそうに抗議するも、「ところで卒業パーティーの事でね」とあっさりと流された。
 卒業パーティー。ヘルメスはあと一週間で学院を卒業して晴れて成人を迎えられる。その時期をわかっていたマリスは少し早めではあったがこうやってハンクスより来訪してくれている。
 パーティーには卒業生の他にも、卒業生の婚約者、エスコートをしてくれるパートナー、それに来賓客や場合によってはサンラン国首相までも来賓する……これが意外にも大きなパーティーなのだ。場合によって、とは言ったものの異国からの来賓がいる場合のみ首相はやってくるそう。ちなみにメルキア帝国皇帝からは毎年電報と、卒業生に粗品が贈られる。なかなか粋ではある。
 で、その卒業パーティーがどうしたのかと言うと……。

 「実はグレイが来られなくなったそうだ。」
 「兄さんが?何かあったの?」
 「それがどうやら、シルズ首相が通常国会の日程を前倒しして卒業式当日に開幕する事となったそうなんだ。」

 国会議事堂職員は、その日の答弁の資料や新しい法案を説明するためのフリップボードなどの作成、貴族議員間の不正がないかのチェックや当日議事堂へ登城する貴族議員の出席の確認する作業など山ほどある。政を執り行う場で、彼らは陰ながら国を支えているのだ。
 ヘルメスは父から差し出された手紙を受け取り、目を通すと兄からの謝罪と事情を把握した。さすがに政よりも妹の晴れ舞台優先することは出来ない……ヘルメスはしょんぼりとしてしまった。

 「兄君と何かお約束でもしていたのかい?」
 「ええ。実はパーティーのエスコートを兄にお願いしたのですよ。貴族令嬢や令息は基本的にパートナーを連れて夜会に向かうので……。」
 「それは、困りましたね……。」
 「はい……。」

……ん?
 その疑問にいち早く気づいたのはカートン伯爵だった。
 「それなら私と行きませんか?」ぐらい、今の今までの振る舞いを考えたらマリスはそう名乗りをあげるタイミングではなかろうか?
 ヘルメスから誘うか?そう姿を横目でちらりと見てみると、「学院の男子から嫌われてるしなぁ……レイチェルに頼んでみよう。」と勝手にパートナーを決めそうにしている。
 それを聞いた伯爵、マリスの反応をチラ見してみると「そうですね、お話しぐらいしてみましょうか」とか言っている。
 カートン伯爵はひどくヤキモキした。君たち二人はどんだけウブなんだいっ!!と出来れば大声で叫びたかったが、娘の婚約者の前だ、そんなはしたない事は出来ない。仕方ない、ここは父親として橋渡しをせねば……セネル・カートンは意を決した。

 「ヘルメス。レイチェル嬢より適任がいるじゃないか?」
 「え?パパ……じゃなくて、お父様がエスコートしてくれるの?」
 「エバ殿がいるじゃないか。」

 何言ってんだこの娘は!と言い放したかったが、本当にこういう所は鈍い。

 伯爵がそういうと、ヘルメスは驚いて、そして徐々にまた顔を赤く染め上げていく様子を見た。戸惑いながらもエスコートされる姿を想像しているのだろうか、照れ照れしながら「いやでも、突然だし、だけども」の言葉をもごもごさせながら両手で顔を覆い隠す。恋愛未経験のウブな反応をする娘がかわいらしくなって微笑む伯爵。
 伯爵は「これを見たエバ殿、『可愛さのあまりに有頂天』とかわけがわからん事言うぞ絶対」と思いながらマリスの顔を見やった。

 「えす、こーと……えすこー、と?……わたし、できる……の?」
 「ぅわ更年期障害みたいに汗たっぷりかいて震えてる。」

 マリスは顔を青ざめて、冷や汗を滝のように流していた。
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