オジサマ王子と初々しく

ともとし

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第二話

瞳が壊れようとも構わない

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 カートン伯爵邸に到着するまでマリスはヘルメスに思いを馳せていた。あんなに愛らしいのに何故醜女呼ばわりなのかとも、好きなものを語る時のキラキラした目が可愛らしくてとも、それでいて昨日の照れた顔がまた心をくすぶってくるとも……ジークは主人の恋する相手のここ好きポイントを大いに語った。
 ジークからすれば、「仕事一筋」の印象が強かった人間だが、まさかこんなに長い年月を経てまでその想いが色褪せないなんて大したものだと感心する反面、幼女趣味なのか疑っている。だがジークの父からは「お相手が結婚できる歳まで待つため、出会った頃の肉体年齢の維持を徹底していた」との事。つまりは惚れた相手がたまたまその歳だったのだ。
 マリスはそんな語る様子を見ていたが、突然演説じみた惚気が止まった。そして現実と向き合い出した。

 「ヘルメス嬢は、まだ私との将来のビジョンが見えていないのだろうな……。」
 「昨日の解答だとそのご様子でしたね。」
 「やはり歳の差は大きい。私はカートン伯爵と歳近い故、異性として接してくれるだろうか。」
 「でもあの照れ方を見れば十分、異性として見てくれているでしょう。」
 「ありがとう。……私は、どんな未来になっても彼女が傍にいてくれさえいたら満足なんだ。」

 私もヘルメス嬢と同じ事を言ってしまったな、と苦笑いをするが結局は二人は両想いなのだろうとジークは言おうとしたが、敢えて口にはしなかった。また惚気られるのが面倒だから。

 暗い話になるようだが、マリスはどう足掻いてもヘルメスより先に寿命を迎える。その際彼女を残してしまう……とても悲しい事だが現実だ。その時、「彼女に何を残してあげられる」かが重要なのだ。傍にいてほしいだけという願いは矛盾ではあるものの。
 財産は勿論のこと、ヘルメスにとって楽しくなるような、それでいて幸せになれるような、自分がいなくなっても素晴らしい人生を謳歌出来る様にしたい。それがマリスの願うことだ。
 だが残念なことに、ヘルメスにはそれに対しての未来が見えてなかった。いや逆に考えれば残念ではないかもしれない。私の側に居れれば十分……純粋な少女らしい答えである。どうであれ、遅かろうが早かろうがこの問題にはちゃんと話し合わないといけない。恋をして愛で支え合う、そんな綺麗事を言うのはその先だ。

 そんな一抹の不安を抱えたマリスはカートン伯爵邸に到着し、伯爵たちに大いに歓迎された。肝心のヘルメスがいないのはすぐにわかった(一番先に見つけたいから)。もしかしてまだ着替えの最中だったか?と思うが先に、二階から賑やかな声が聞こえてくる。

 『お嬢様!マリス・エバ様がお越しですよ!とっとと覚悟を決めて出てきなさい!!』
 『い、いやだ!やっぱりドレスは恥ずかしいってばぁ!!』
 『あらあら、学院祭の劇で亀に扮していた子が言う台詞かしら?』
 『やめてママ!!マリス様に聞かれる!!!』

 亀の役ってどんな劇をしたのだろうか?
 カートン伯爵の顔を見ると「ご覧の通り」と苦笑いをしている。という事は、あのドレスを着てくれたのかと、ちょっと心が弾んだマリスは伯爵の許可を得て二階へと上がっていく。
 マリスが選んだドレスは「走るのが得意なヘルメス」のための特注品であり、きっと自分の興味を引くものがあればすぐに駆け寄って行ってしまえるような構造にしている。スカートの裾は足元が見えるよう、だけども後ろは逆に人魚のヒレを連想させるほど長くさせている。その駆ける姿を見ると、本当に人魚が泳いでいる姿に見える……それを着たヘルメスを見たいと願ったドレスだ。
 出身である神海王国ハンクスでは、海を思わせるモチーフを贈ることは一種の愛情表現であり、マリスにしてみれば大胆にもほどがあるラブコール……なのだが、恋愛音痴のためかサンラン国との文化の違いがあることをすっかり忘れていた。ちなみにサンラン国に滞在して今日で三日目、階段を踏みしめている今この時に文化の温度差にようやく気づいた。トホホ……と心の中で零し、登り切って到着した二階では熱い攻防戦が繰り広げられている。

 「まぁまぁエバさん、いらっしゃい。ごめんなさいねぇ、うちのヘルメスちゃんったらなかなか強情で。」
 「こんにちは、カートン伯爵夫人。それでその、ヘルメス嬢とはお会い出来ますか?」
 「そうねぇ……ヘルメスちゃん、もう観念なさいな。好きな人を待たせるなんて、若い子がしちゃ駄目なのよ?」

 十五年も待たせてしまった自分は初老だからセーフですね!と言いたいが、それは変な方向に行ってしまいそうなので絶対に黙ると固く誓った。
 マリスは「せめてお顔だけでも」とでも言おうか、「私にもドレス姿を見せてくれませんか?」と言おうか悩んでいると、中から絞り出すように

 「わ、わかりました……入ってきても、いいです……。」

 の承諾の声。
 ああ、きっと顔を真っ赤にしているに違いない。そんな赤面すら愛しく見えてたまらない……そしてその姿を目の当たりにしたら、果たして自分は生きているだろうか。
 一見すると「失礼します」の声は落ち着きがあり、余裕のある紳士のようにも聞こえるが内心はバクバクで扉の先にいる女神との対面で緊張をしている。
 キィ……と小さな音を立てて開かれ、そこに立っているだろう愛しの相手は窓からの逆光で姿こそ影ってはいたが、すぐにわかった。

 「ぁ……。」

 肩は出ているが、胸元はしっかりと隠したヘルメスの瞳の色よりも少し薄いスカイブルーのそのドレス。上半身は大きめ、スカート部分は小さいキラキラとしたラメが散りばめられている。
 スカートの裾はグラデーションになっており、下に行けば濃ゆい青と色を変える。腰に大きめのリボンがひとつあるのは上品さの中にある可愛らしさを現しているよう。だからヘルメスが言う「これに似合う人間じゃない」とはこれの事だったのだろう。
  程よい白い肌のおかげか、ドレスの色合いと一体化しているようで本物の人魚がそこにいるみたいだ。その肌に対し、ヘルメスはまた顔を真っ赤に染めている。
 その全てを目にしたマリスは息が止まった……。

 「あ、あの。やっぱり……こんな素敵なもの、私には似合わないかと。」
 「……」
 「でも別に新しいドレスが欲しいというわけではありませんよ?ただ、人間性的にちょっと、似合わないかなぁって。」
 「……」
 「私にはやっぱり無理…………マリス様?」

 ヘルメスは好きな人にドレス姿を見られたのが恥ずかしかったようで、ありがとうよりも自虐的ばかりな言い訳で照れ隠しをしているも、どうやら相手の耳に届いていない。
 俯いた顔を上げてみると、目を見開いて直立不動の状態のマリスがそこにいた。自分がモゴモゴ言っていて聞こえなかったのだろうな、そう思っているとその後ろからジークがやってきた。
 最初はマリスの顔の前で手をパタパタさせて目線の確認。
 次に肩を叩いて声をかける。微動だにしない。
 そして最後に手首が見えるように少し手袋を挙げて脈を取る。
 その一連の流れをやり、ジークは確信して主人に思い切りデコピンをすると……なんとその姿勢のまま綺麗に後ろに倒れ、ズドーン!!と大きな音を立てた。あまりの事にヘルメスや伯爵夫人らは「きゃぁあ!!」と屋敷全てに響くくらいの叫び声を上げた。

 「ま、マリス様!!どうしました!!?」
 「これは、尊さのあまりにショック死してますね。」
 「死んだ!!!?!?」
 「いや、死んだというのは飽くまで比喩?みたいなもので、呼吸も瞬きも忘れて思考が完全に停止している状態ですね。恋愛音痴のご主人が好きな人の綺麗な姿を見れば、まぁこうなりますよ。」
 「ん、んぅうう……!ちょ、恥ずかしいから!折角着たのに感想ぐらい言ってから止まって下さいよ!!」
 「ですって。何か申してあげて下さいよご主人。」

 ジークがマリス(主人)の頬をペチペチと叩くと、口元が僅かに動いた。さすがに倒れた衝撃で「痛い」とか言うのかとヘルメスが見守っていたが、

 「はぁぁああ……好きぃい…………。」

 全ての語彙が消失したらしく、絞り出すような感想を述べた。
 そしてさすがに運んだ。
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