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第二話
恋は愚か
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サンラン国は国とは名乗っているものの、実際は隣国であるメルキア帝国の支配領である。そうなった歴史は説明が長くなるので大まかにはなるが、ように国王・王族が失脚し、メルキア皇帝がサンラン国の政も行うようになったという。
しかしさすがにメルキア皇帝はサンラン国の玉座には座ることはない。ここで「首相」など皇帝に代わって政をする国会が誕生したのだ。その歴史はまだ五十年と浅いものの、「国民が選んだ貴族が、国の代表となる」とアスター大陸ではとても珍しい国家体制なのである。ちなみに首相は世襲制ではなく、最低二年間隔で次の首相が国民から投票によって選出される。
ので男爵から公爵まで、領内の政は勿論の事、日常生活まで領民の目の届く存在故に責任がとても重い。その家族も外では「それなりの」行動をしないといけないが、カートン伯爵領だけは何故か別物。王権が失脚するよりも遥か前にやってきたカートン家だが、先祖代々から受け継がれたご近所付き合い能力に長けているおかげで、領民からは「ちょっと偉いだけのご近所さん」レベルの親しみですっかり馴染んでいたのだ。貴族というだけで毛嫌いされる事が多い中、領民からはとても信頼されている数少ない例となっている。
そのおかげか、ヘルメスを迎えに来るという紳士の噂は瞬く間に広まり、今日までカートン邸の周辺住民は自分の娘が嫁に行くのかと同じくらいソワソワしている。
そんな領民に愛されている娘が今日、紳士と邂逅したのだった……。
「まぁ、学院でお会いしていたのですか?」
「ええ。本当にたまたまでして。まさかこんなにも愛らしく成長していたとは、驚きました。」
「いやはや。しかし娘は息子とは違って落ち着きがなくて。お騒がせしてご迷惑なぞかけてませんでしたか?」
「そんな。寧ろ楽しくお話し出来たのが大変嬉しかったですよ。」
「まぁまぁ。それならよかったですわ。ところでヘルメスちゃん、いつまで顔を伏せているの?エバさんに失礼でしょ?」
「う、うん……。」
客間に一家三人、そこそこ広いソファに腰掛けてマリス(その傍に立っている従者のジーク)を迎え入れてまったりと談笑をしていた。
本当なら夕食も彼らと共にしたかったのだが、「急に来訪してきた上、ヘルメス嬢も学業でお疲れの所悪いですし」と物腰柔らかく断られた。だがこういう気遣いも出来るのは、とても紳士的で好感が持てる。
ヘルメスは恐る恐る顔を上げてマリスの顔を見るも、視線が合わせると恥ずかしくなってすぐにまた顔を下げてしまう。この何回の繰り返し……「恋をしてしまっている」自覚を改めてさせられた。
マリスはそんな動作をするヘルメスが可愛らしくてたまらないのか、ちらりと顔を覗かせて視線が合うと、思わず自分の顔を綻ばせる。それを見た彼女は耳まで赤くしてまた俯く。余裕のある大人が少女にちょっとしたからかいをしているように見えるだろうが、マリス自身はそんな意図は勿論ない。昼間見た熱心で煌めいた少女とはまた別の側面を見たマリスは、ときめきをかろうじて押さえ込んでいるほどにヘルメスに改めて恋焦がれてしまったのだ。
しかしマリスは恋慕の熱に浮かれてしまうほど、そんな若くもなく、少し気が引けるように現実味のある話をヘルメスにしないといけない。そこで尋ねてみた。
「ヘルメス嬢、よろしいかな?」
「は、はひっ!!」
「貴女は私とその……仮に夫婦になるとしたら、どのような将来を考えていますか?」
「ぇ、えと、その……。」
少しいじわるな質問だったかな?マリスはそう思うが、現実はそうは甘くない。
ヘルメスが如何にお淑やかさを勉強しても身につけていない不安は、恐らく今後の結婚生活にとても響いていくだろう。マリスは将来を考え、その後も本人の意思に合わせてそのような教育をヘルメスにして行かないといけない。
それでいて年齢差だ。仮にマリスがヘルメスをフォロー出来たとしても、今の彼女を見ているとその逆は難しいだろう。下手をすれば周囲から孤立するかもしれない。
だから敢えて自分の心とは真逆の質問をしなければいけなかった。その返事が甘いものだとしたら……と考え込んでいると、ヘルメスはもごもごしながら答えた。
「ま、マリス様のお側に置いていただけるだけでも……十分かなって。」
あまりにも乙女で愛らしい答えにマリスは、
「はぁ……可愛いがすぎる。何しても許しちゃう(そうですか、嬉しいお言葉ですが明確な将来が見えないのは些か……)。」
「ご主人、本音と建前が逆転してます。」
従者の辛辣なツッコミでマリスは正気に戻るも、恥ずかったのか「い、今のは忘れて下さい……」とヘルメスと同様に赤面で顔を伏せてしまった。
ヘルメスとその両親の好感度は一気に上がった。
しかしさすがにメルキア皇帝はサンラン国の玉座には座ることはない。ここで「首相」など皇帝に代わって政をする国会が誕生したのだ。その歴史はまだ五十年と浅いものの、「国民が選んだ貴族が、国の代表となる」とアスター大陸ではとても珍しい国家体制なのである。ちなみに首相は世襲制ではなく、最低二年間隔で次の首相が国民から投票によって選出される。
ので男爵から公爵まで、領内の政は勿論の事、日常生活まで領民の目の届く存在故に責任がとても重い。その家族も外では「それなりの」行動をしないといけないが、カートン伯爵領だけは何故か別物。王権が失脚するよりも遥か前にやってきたカートン家だが、先祖代々から受け継がれたご近所付き合い能力に長けているおかげで、領民からは「ちょっと偉いだけのご近所さん」レベルの親しみですっかり馴染んでいたのだ。貴族というだけで毛嫌いされる事が多い中、領民からはとても信頼されている数少ない例となっている。
そのおかげか、ヘルメスを迎えに来るという紳士の噂は瞬く間に広まり、今日までカートン邸の周辺住民は自分の娘が嫁に行くのかと同じくらいソワソワしている。
そんな領民に愛されている娘が今日、紳士と邂逅したのだった……。
「まぁ、学院でお会いしていたのですか?」
「ええ。本当にたまたまでして。まさかこんなにも愛らしく成長していたとは、驚きました。」
「いやはや。しかし娘は息子とは違って落ち着きがなくて。お騒がせしてご迷惑なぞかけてませんでしたか?」
「そんな。寧ろ楽しくお話し出来たのが大変嬉しかったですよ。」
「まぁまぁ。それならよかったですわ。ところでヘルメスちゃん、いつまで顔を伏せているの?エバさんに失礼でしょ?」
「う、うん……。」
客間に一家三人、そこそこ広いソファに腰掛けてマリス(その傍に立っている従者のジーク)を迎え入れてまったりと談笑をしていた。
本当なら夕食も彼らと共にしたかったのだが、「急に来訪してきた上、ヘルメス嬢も学業でお疲れの所悪いですし」と物腰柔らかく断られた。だがこういう気遣いも出来るのは、とても紳士的で好感が持てる。
ヘルメスは恐る恐る顔を上げてマリスの顔を見るも、視線が合わせると恥ずかしくなってすぐにまた顔を下げてしまう。この何回の繰り返し……「恋をしてしまっている」自覚を改めてさせられた。
マリスはそんな動作をするヘルメスが可愛らしくてたまらないのか、ちらりと顔を覗かせて視線が合うと、思わず自分の顔を綻ばせる。それを見た彼女は耳まで赤くしてまた俯く。余裕のある大人が少女にちょっとしたからかいをしているように見えるだろうが、マリス自身はそんな意図は勿論ない。昼間見た熱心で煌めいた少女とはまた別の側面を見たマリスは、ときめきをかろうじて押さえ込んでいるほどにヘルメスに改めて恋焦がれてしまったのだ。
しかしマリスは恋慕の熱に浮かれてしまうほど、そんな若くもなく、少し気が引けるように現実味のある話をヘルメスにしないといけない。そこで尋ねてみた。
「ヘルメス嬢、よろしいかな?」
「は、はひっ!!」
「貴女は私とその……仮に夫婦になるとしたら、どのような将来を考えていますか?」
「ぇ、えと、その……。」
少しいじわるな質問だったかな?マリスはそう思うが、現実はそうは甘くない。
ヘルメスが如何にお淑やかさを勉強しても身につけていない不安は、恐らく今後の結婚生活にとても響いていくだろう。マリスは将来を考え、その後も本人の意思に合わせてそのような教育をヘルメスにして行かないといけない。
それでいて年齢差だ。仮にマリスがヘルメスをフォロー出来たとしても、今の彼女を見ているとその逆は難しいだろう。下手をすれば周囲から孤立するかもしれない。
だから敢えて自分の心とは真逆の質問をしなければいけなかった。その返事が甘いものだとしたら……と考え込んでいると、ヘルメスはもごもごしながら答えた。
「ま、マリス様のお側に置いていただけるだけでも……十分かなって。」
あまりにも乙女で愛らしい答えにマリスは、
「はぁ……可愛いがすぎる。何しても許しちゃう(そうですか、嬉しいお言葉ですが明確な将来が見えないのは些か……)。」
「ご主人、本音と建前が逆転してます。」
従者の辛辣なツッコミでマリスは正気に戻るも、恥ずかったのか「い、今のは忘れて下さい……」とヘルメスと同様に赤面で顔を伏せてしまった。
ヘルメスとその両親の好感度は一気に上がった。
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