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第一話
波に攫われたの
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紳士から向けられた言葉を受けた瞬間、風で木々が揺れる音や鳥の囀る声も、僅かに小さな雑音ですら聞こえなくなり、目の前にいる人の輪郭が綺麗に浮かんでいる。
自分の父親ぐらいの年齢だろうか、目尻や目元やら小さな皺があり金色の瞳は澱みがなく太陽のように綺麗な輝きを真っ直ぐに向けてくれている。
視線同様に向けられた真っ直ぐな言葉に、ヘルメスは不覚にも胸に大きな鼓動がひとつ跳ね上がったのだ。
「君はとても真っ直ぐだ。誰かの期待に応えるように努力もしている、それでいて自分の好きなものも大切にしている。そんな君が、自虐的になることはないよ。」
「だけど、さっきの魔法石の件だって……。」
「あんなに熱心で純粋に、とても煌めいている人なんて早々いないさ。私はその姿を見て素直に、『なんて美しいんだ』と……心を奪われたよ。」
「そ……そんなお世辞、」
「本当さ。君の純粋さは、どんな海よりも澄み切っている。」
紳士はそう微笑みながら言ってくれた。
ヘルメスは学院内の男子生徒には、それこそ暴言を浴びせられる事が多かったが、その外に出ればそんな事はひとつもなかった。大人が多い所にいる事によるものだったのか、ある意味は自分という個体を認められていたからなのか。
紳士の言葉はヘルメスが囚われていた『学院というひとつの狭い世界』から解放されたようにハッとさせられた。別に自分自身が純粋な人間だなんてとは思ってはいないが、紳士が彼女自身をどう見えているのか、そして思っていたのかがわかった。魔法石の教授なら「変態」、男子からは「醜女」、親友二人からは「素敵」、後輩たちからは「かっこいい」。そして目の前にいる紳士は「海より澄み切った純粋さ」だと、これまで知らなかった自身を見てくれていたのが嬉しかった。
それでいて、どうしてだか家族や使用人達みたいにくれる優しさが伝わる。さっきまで感じた安心感とは別の安堵出来る不思議さ……その不思議さに触れようとすると、胸の鼓動が早まった。しかし、その帯びた熱を冷まさせるように予鈴が鳴り響く。
「と……すまない、そろそろお時間だね。」
「い、いえ。お話し出来て、少し気分が晴れました。ありがとうございます。」
「それならよかった。それじゃあ、午後も頑張って下さいね。」
礼儀正しく会釈をして東屋を立ち去ろうとしている紳士に思わず「あ、待って!」とヘルメスは声を上げてしまう(いつもこのように大声は多々出しているが、紳士の前だと思うと少し恥ずかしいと感じてしまった)。
「お名前を、お教え下さいますか?」
本音を言うなら、午後の授業は別に強制ではない。ヘルメスの学年は来週卒業するのだから授業への参加は自由ではある。それでも登校してきたのは、ギリギリまで淑女になる事を諦めてはいなかったからだ。懐中時計の人の為、だったはずなのに……紳士を前にその人の存在が薄れていたのがヘルメスにはわかってしまった。
この人に、手を引かれてどこかへ連れて行ってもらいたい……そんな邪な想いがほんのり芽生えてしまった。その想いを悟られたのか「すまない」と断られた。だがすぐに、
「必ずまた逢える。その時に、私の名前を告げますよ。カートン嬢。」
また優しく会釈して、紳士は背を向けて歩いて行く。その先に待っていた学院長と従者と合流して正門の方向へと去って行った。
その背中が見えなくなるまで、ヘルメスは紳士をずっと目で追っていた。渡り廊下を横切って角を曲がり、影も消えてしまった所までずっと。
ヘルメスはぼんやりとしながらも、自分の胸に手を添えてみる。まだ胸が弾んでいる。さっきの言葉を思い出すと余計に鼓動が速くなる、顔が熱くなる……。そこからまた金の懐中時計を取り出して、それを優しく撫でてみる。すると胸がグサリ、グサリと「罪悪感」が貫いた。それでヘルメスはわかったのだ。
「どうしよう……私、恋をしてしまったんだわ。」
ボロボロと零れた涙は、懐中時計が全部受け止めた。
自分の父親ぐらいの年齢だろうか、目尻や目元やら小さな皺があり金色の瞳は澱みがなく太陽のように綺麗な輝きを真っ直ぐに向けてくれている。
視線同様に向けられた真っ直ぐな言葉に、ヘルメスは不覚にも胸に大きな鼓動がひとつ跳ね上がったのだ。
「君はとても真っ直ぐだ。誰かの期待に応えるように努力もしている、それでいて自分の好きなものも大切にしている。そんな君が、自虐的になることはないよ。」
「だけど、さっきの魔法石の件だって……。」
「あんなに熱心で純粋に、とても煌めいている人なんて早々いないさ。私はその姿を見て素直に、『なんて美しいんだ』と……心を奪われたよ。」
「そ……そんなお世辞、」
「本当さ。君の純粋さは、どんな海よりも澄み切っている。」
紳士はそう微笑みながら言ってくれた。
ヘルメスは学院内の男子生徒には、それこそ暴言を浴びせられる事が多かったが、その外に出ればそんな事はひとつもなかった。大人が多い所にいる事によるものだったのか、ある意味は自分という個体を認められていたからなのか。
紳士の言葉はヘルメスが囚われていた『学院というひとつの狭い世界』から解放されたようにハッとさせられた。別に自分自身が純粋な人間だなんてとは思ってはいないが、紳士が彼女自身をどう見えているのか、そして思っていたのかがわかった。魔法石の教授なら「変態」、男子からは「醜女」、親友二人からは「素敵」、後輩たちからは「かっこいい」。そして目の前にいる紳士は「海より澄み切った純粋さ」だと、これまで知らなかった自身を見てくれていたのが嬉しかった。
それでいて、どうしてだか家族や使用人達みたいにくれる優しさが伝わる。さっきまで感じた安心感とは別の安堵出来る不思議さ……その不思議さに触れようとすると、胸の鼓動が早まった。しかし、その帯びた熱を冷まさせるように予鈴が鳴り響く。
「と……すまない、そろそろお時間だね。」
「い、いえ。お話し出来て、少し気分が晴れました。ありがとうございます。」
「それならよかった。それじゃあ、午後も頑張って下さいね。」
礼儀正しく会釈をして東屋を立ち去ろうとしている紳士に思わず「あ、待って!」とヘルメスは声を上げてしまう(いつもこのように大声は多々出しているが、紳士の前だと思うと少し恥ずかしいと感じてしまった)。
「お名前を、お教え下さいますか?」
本音を言うなら、午後の授業は別に強制ではない。ヘルメスの学年は来週卒業するのだから授業への参加は自由ではある。それでも登校してきたのは、ギリギリまで淑女になる事を諦めてはいなかったからだ。懐中時計の人の為、だったはずなのに……紳士を前にその人の存在が薄れていたのがヘルメスにはわかってしまった。
この人に、手を引かれてどこかへ連れて行ってもらいたい……そんな邪な想いがほんのり芽生えてしまった。その想いを悟られたのか「すまない」と断られた。だがすぐに、
「必ずまた逢える。その時に、私の名前を告げますよ。カートン嬢。」
また優しく会釈して、紳士は背を向けて歩いて行く。その先に待っていた学院長と従者と合流して正門の方向へと去って行った。
その背中が見えなくなるまで、ヘルメスは紳士をずっと目で追っていた。渡り廊下を横切って角を曲がり、影も消えてしまった所までずっと。
ヘルメスはぼんやりとしながらも、自分の胸に手を添えてみる。まだ胸が弾んでいる。さっきの言葉を思い出すと余計に鼓動が速くなる、顔が熱くなる……。そこからまた金の懐中時計を取り出して、それを優しく撫でてみる。すると胸がグサリ、グサリと「罪悪感」が貫いた。それでヘルメスはわかったのだ。
「どうしよう……私、恋をしてしまったんだわ。」
ボロボロと零れた涙は、懐中時計が全部受け止めた。
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