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第一話
沈む、出でる
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国立学院の庭園は園芸部の作品として生徒自身が手入れしている。部員は貴族の子も入れば平民、将来は親の跡を継いで庭師になる職人の子も多数所属している。ドーム状の白い東屋が映えるように、色彩鮮やかな花々が咲く庭園ではあるが見頃はまだ少し先。冬の厳しさを超えている蕾たちは春の陽気で咲き誇るのを今か今かと待ち焦がれていた。
中庭の騒ぎから逃げ出して数分くらい経過しただろうか、その東屋にはヘルメスと親友二人がベンチに腰掛けていた。昼食のため息とは違ったため息が大きく吐き出されている最中。
「全く、なんですの!あの男子達は!?」
「多分あれだよ。ヘルメスちゃんが怪我した一年生の女の子を保健室に運んだ事があったじゃない?その子がヘルメスちゃんのファンになって。」
「ああ、ありましたわね。でも今回のアレとは無関係ではなくて?」
「あれ、隣のクラスの侯爵家嫡男の婚約者だったみたいで、そのせいでヘルメスちゃんを目の敵にしてるみたいだよ。さっきの男子の中に、その人が混ざってたからきっとそうだよ。」
「まぁ!ご自分の魅力がないのを、ヘルメスのせいにするなんて……殿方としてあるまじき行為ですわ!」
「ま、まぁまぁ。私はいつもの事だから気にしなくていいよ?」
「駄目だよ、そんな事言ったらずっとあれこれ言われ続けちゃうし私は我慢できないよ!」
「レイチェルのおっしゃる通りですわ!こうなったら、直接抗議に行ってきますわ!!」
「ちょ、ベティ!」
「そ、そこまでじゃなくても……!」
まるで自分の事のように憤怒するベティベルは鼻息を荒げて東屋を出て行くと、それはさすがにあぶないと思ったレイチェルが制止に走って行く。ヘルメスも行こうとするが、まだ騒いでいるかもしれないからとレイチェルに待っているように頼まれて仕方なく、またベンチに腰をかけ直した。
そんなヘルメスがまたため息を吐くと、制服スカートのポケットから金の懐中時計を取り出した。装飾は簡単に模様がつけられたもので、蓋の開けると蓋の裏側には海原の地平線から陽が昇っている(もしくは地平線へ陽が沈んでいる)絵が描かれている。
生まれてこの方、海なんて見た事がヘルメスはこの絵が好きだった。これをくれた人は海を見た事があるのだろうか?もしそうだったら連れて行って欲しい、と少し前まで思ってはいた。だが自分は「醜女」なんだとヘルメスは思い込んでいる。隣にいたら笑われてしまうし、さっきのように騒がれたら迷惑になるに決まっている。
幼い頃は、あんなに待ち焦がれて会いたい人だったのに、今では顔を見せるのが怖い。これをくれた人は大人なのはわかっている。きっとストレートに悪口は言ってこないだろうけど婚約はなかった事にされるだろう。別にそれならそれで構わない。この学院生活のおかげで傷ついたりへこんだりするのは慣れている。魔法石が好きで男子より走るのが得意で、貴婦人達の流行に乗るのが嫌いでたくさん食べる。それがヘルメス・カートンの好きな生き方だから。
だけども、本音は自分の好きでやっている事に対して「淑女らしくない」「本当は男なのでは?」「だからお前は醜い」と言われると傷つくしへこむ、泣きたい時だってあった。その度に懐中時計の人がかっこよく助けに来てくれると信じてきた。しかしヘルメスは、何も出来ない(と思い込んでいる)人間だとわかっている。だから懐中時計の人も助けに来てくれるわけがない。その人が時計をくれて十五年も経ったのだ。無理に恩を返さなくてもいいのに、『伺います』と手紙を受け取った事に罪悪感すら芽生えた。ふと、ヘルメスは「ああそういえば」と思い出せない言葉が頭に引っかかった。
(その人と同じ……どこの色って言ってたかな?)
「カートン嬢。」
閉じた金の懐中時計を撫でていると、先程の中年紳士が東屋の前に立っていた。太陽のような、金色の瞳の。
中庭の騒ぎから逃げ出して数分くらい経過しただろうか、その東屋にはヘルメスと親友二人がベンチに腰掛けていた。昼食のため息とは違ったため息が大きく吐き出されている最中。
「全く、なんですの!あの男子達は!?」
「多分あれだよ。ヘルメスちゃんが怪我した一年生の女の子を保健室に運んだ事があったじゃない?その子がヘルメスちゃんのファンになって。」
「ああ、ありましたわね。でも今回のアレとは無関係ではなくて?」
「あれ、隣のクラスの侯爵家嫡男の婚約者だったみたいで、そのせいでヘルメスちゃんを目の敵にしてるみたいだよ。さっきの男子の中に、その人が混ざってたからきっとそうだよ。」
「まぁ!ご自分の魅力がないのを、ヘルメスのせいにするなんて……殿方としてあるまじき行為ですわ!」
「ま、まぁまぁ。私はいつもの事だから気にしなくていいよ?」
「駄目だよ、そんな事言ったらずっとあれこれ言われ続けちゃうし私は我慢できないよ!」
「レイチェルのおっしゃる通りですわ!こうなったら、直接抗議に行ってきますわ!!」
「ちょ、ベティ!」
「そ、そこまでじゃなくても……!」
まるで自分の事のように憤怒するベティベルは鼻息を荒げて東屋を出て行くと、それはさすがにあぶないと思ったレイチェルが制止に走って行く。ヘルメスも行こうとするが、まだ騒いでいるかもしれないからとレイチェルに待っているように頼まれて仕方なく、またベンチに腰をかけ直した。
そんなヘルメスがまたため息を吐くと、制服スカートのポケットから金の懐中時計を取り出した。装飾は簡単に模様がつけられたもので、蓋の開けると蓋の裏側には海原の地平線から陽が昇っている(もしくは地平線へ陽が沈んでいる)絵が描かれている。
生まれてこの方、海なんて見た事がヘルメスはこの絵が好きだった。これをくれた人は海を見た事があるのだろうか?もしそうだったら連れて行って欲しい、と少し前まで思ってはいた。だが自分は「醜女」なんだとヘルメスは思い込んでいる。隣にいたら笑われてしまうし、さっきのように騒がれたら迷惑になるに決まっている。
幼い頃は、あんなに待ち焦がれて会いたい人だったのに、今では顔を見せるのが怖い。これをくれた人は大人なのはわかっている。きっとストレートに悪口は言ってこないだろうけど婚約はなかった事にされるだろう。別にそれならそれで構わない。この学院生活のおかげで傷ついたりへこんだりするのは慣れている。魔法石が好きで男子より走るのが得意で、貴婦人達の流行に乗るのが嫌いでたくさん食べる。それがヘルメス・カートンの好きな生き方だから。
だけども、本音は自分の好きでやっている事に対して「淑女らしくない」「本当は男なのでは?」「だからお前は醜い」と言われると傷つくしへこむ、泣きたい時だってあった。その度に懐中時計の人がかっこよく助けに来てくれると信じてきた。しかしヘルメスは、何も出来ない(と思い込んでいる)人間だとわかっている。だから懐中時計の人も助けに来てくれるわけがない。その人が時計をくれて十五年も経ったのだ。無理に恩を返さなくてもいいのに、『伺います』と手紙を受け取った事に罪悪感すら芽生えた。ふと、ヘルメスは「ああそういえば」と思い出せない言葉が頭に引っかかった。
(その人と同じ……どこの色って言ってたかな?)
「カートン嬢。」
閉じた金の懐中時計を撫でていると、先程の中年紳士が東屋の前に立っていた。太陽のような、金色の瞳の。
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