7 / 187
第一話
沈む、出でる
しおりを挟む
国立学院の庭園は園芸部の作品として生徒自身が手入れしている。部員は貴族の子も入れば平民、将来は親の跡を継いで庭師になる職人の子も多数所属している。ドーム状の白い東屋が映えるように、色彩鮮やかな花々が咲く庭園ではあるが見頃はまだ少し先。冬の厳しさを超えている蕾たちは春の陽気で咲き誇るのを今か今かと待ち焦がれていた。
中庭の騒ぎから逃げ出して数分くらい経過しただろうか、その東屋にはヘルメスと親友二人がベンチに腰掛けていた。昼食のため息とは違ったため息が大きく吐き出されている最中。
「全く、なんですの!あの男子達は!?」
「多分あれだよ。ヘルメスちゃんが怪我した一年生の女の子を保健室に運んだ事があったじゃない?その子がヘルメスちゃんのファンになって。」
「ああ、ありましたわね。でも今回のアレとは無関係ではなくて?」
「あれ、隣のクラスの侯爵家嫡男の婚約者だったみたいで、そのせいでヘルメスちゃんを目の敵にしてるみたいだよ。さっきの男子の中に、その人が混ざってたからきっとそうだよ。」
「まぁ!ご自分の魅力がないのを、ヘルメスのせいにするなんて……殿方としてあるまじき行為ですわ!」
「ま、まぁまぁ。私はいつもの事だから気にしなくていいよ?」
「駄目だよ、そんな事言ったらずっとあれこれ言われ続けちゃうし私は我慢できないよ!」
「レイチェルのおっしゃる通りですわ!こうなったら、直接抗議に行ってきますわ!!」
「ちょ、ベティ!」
「そ、そこまでじゃなくても……!」
まるで自分の事のように憤怒するベティベルは鼻息を荒げて東屋を出て行くと、それはさすがにあぶないと思ったレイチェルが制止に走って行く。ヘルメスも行こうとするが、まだ騒いでいるかもしれないからとレイチェルに待っているように頼まれて仕方なく、またベンチに腰をかけ直した。
そんなヘルメスがまたため息を吐くと、制服スカートのポケットから金の懐中時計を取り出した。装飾は簡単に模様がつけられたもので、蓋の開けると蓋の裏側には海原の地平線から陽が昇っている(もしくは地平線へ陽が沈んでいる)絵が描かれている。
生まれてこの方、海なんて見た事がヘルメスはこの絵が好きだった。これをくれた人は海を見た事があるのだろうか?もしそうだったら連れて行って欲しい、と少し前まで思ってはいた。だが自分は「醜女」なんだとヘルメスは思い込んでいる。隣にいたら笑われてしまうし、さっきのように騒がれたら迷惑になるに決まっている。
幼い頃は、あんなに待ち焦がれて会いたい人だったのに、今では顔を見せるのが怖い。これをくれた人は大人なのはわかっている。きっとストレートに悪口は言ってこないだろうけど婚約はなかった事にされるだろう。別にそれならそれで構わない。この学院生活のおかげで傷ついたりへこんだりするのは慣れている。魔法石が好きで男子より走るのが得意で、貴婦人達の流行に乗るのが嫌いでたくさん食べる。それがヘルメス・カートンの好きな生き方だから。
だけども、本音は自分の好きでやっている事に対して「淑女らしくない」「本当は男なのでは?」「だからお前は醜い」と言われると傷つくしへこむ、泣きたい時だってあった。その度に懐中時計の人がかっこよく助けに来てくれると信じてきた。しかしヘルメスは、何も出来ない(と思い込んでいる)人間だとわかっている。だから懐中時計の人も助けに来てくれるわけがない。その人が時計をくれて十五年も経ったのだ。無理に恩を返さなくてもいいのに、『伺います』と手紙を受け取った事に罪悪感すら芽生えた。ふと、ヘルメスは「ああそういえば」と思い出せない言葉が頭に引っかかった。
(その人と同じ……どこの色って言ってたかな?)
「カートン嬢。」
閉じた金の懐中時計を撫でていると、先程の中年紳士が東屋の前に立っていた。太陽のような、金色の瞳の。
中庭の騒ぎから逃げ出して数分くらい経過しただろうか、その東屋にはヘルメスと親友二人がベンチに腰掛けていた。昼食のため息とは違ったため息が大きく吐き出されている最中。
「全く、なんですの!あの男子達は!?」
「多分あれだよ。ヘルメスちゃんが怪我した一年生の女の子を保健室に運んだ事があったじゃない?その子がヘルメスちゃんのファンになって。」
「ああ、ありましたわね。でも今回のアレとは無関係ではなくて?」
「あれ、隣のクラスの侯爵家嫡男の婚約者だったみたいで、そのせいでヘルメスちゃんを目の敵にしてるみたいだよ。さっきの男子の中に、その人が混ざってたからきっとそうだよ。」
「まぁ!ご自分の魅力がないのを、ヘルメスのせいにするなんて……殿方としてあるまじき行為ですわ!」
「ま、まぁまぁ。私はいつもの事だから気にしなくていいよ?」
「駄目だよ、そんな事言ったらずっとあれこれ言われ続けちゃうし私は我慢できないよ!」
「レイチェルのおっしゃる通りですわ!こうなったら、直接抗議に行ってきますわ!!」
「ちょ、ベティ!」
「そ、そこまでじゃなくても……!」
まるで自分の事のように憤怒するベティベルは鼻息を荒げて東屋を出て行くと、それはさすがにあぶないと思ったレイチェルが制止に走って行く。ヘルメスも行こうとするが、まだ騒いでいるかもしれないからとレイチェルに待っているように頼まれて仕方なく、またベンチに腰をかけ直した。
そんなヘルメスがまたため息を吐くと、制服スカートのポケットから金の懐中時計を取り出した。装飾は簡単に模様がつけられたもので、蓋の開けると蓋の裏側には海原の地平線から陽が昇っている(もしくは地平線へ陽が沈んでいる)絵が描かれている。
生まれてこの方、海なんて見た事がヘルメスはこの絵が好きだった。これをくれた人は海を見た事があるのだろうか?もしそうだったら連れて行って欲しい、と少し前まで思ってはいた。だが自分は「醜女」なんだとヘルメスは思い込んでいる。隣にいたら笑われてしまうし、さっきのように騒がれたら迷惑になるに決まっている。
幼い頃は、あんなに待ち焦がれて会いたい人だったのに、今では顔を見せるのが怖い。これをくれた人は大人なのはわかっている。きっとストレートに悪口は言ってこないだろうけど婚約はなかった事にされるだろう。別にそれならそれで構わない。この学院生活のおかげで傷ついたりへこんだりするのは慣れている。魔法石が好きで男子より走るのが得意で、貴婦人達の流行に乗るのが嫌いでたくさん食べる。それがヘルメス・カートンの好きな生き方だから。
だけども、本音は自分の好きでやっている事に対して「淑女らしくない」「本当は男なのでは?」「だからお前は醜い」と言われると傷つくしへこむ、泣きたい時だってあった。その度に懐中時計の人がかっこよく助けに来てくれると信じてきた。しかしヘルメスは、何も出来ない(と思い込んでいる)人間だとわかっている。だから懐中時計の人も助けに来てくれるわけがない。その人が時計をくれて十五年も経ったのだ。無理に恩を返さなくてもいいのに、『伺います』と手紙を受け取った事に罪悪感すら芽生えた。ふと、ヘルメスは「ああそういえば」と思い出せない言葉が頭に引っかかった。
(その人と同じ……どこの色って言ってたかな?)
「カートン嬢。」
閉じた金の懐中時計を撫でていると、先程の中年紳士が東屋の前に立っていた。太陽のような、金色の瞳の。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
俺にお前の心をくれ〜若頭はこの純愛を諦められない
ラヴ KAZU
恋愛
西園寺組若頭、西園寺健吾は夕凪由梨に惚れた。
由梨を自分の物にしたいと、いきなり由梨のアパートへおしかけ、プロポーズをする。
初対面のヤクザにプロポーズされ、戸惑う由梨。
由梨は父の残した莫大な借金を返さなければいけない。
そのため、東條ホールディングス社長東條優馬の婚約者になる契約を優馬の父親と交わした。
優馬は女癖が悪く、すべての婚約が解消されてしまう。
困り果てた優馬の父親は由梨に目をつけ、永年勤務を約束する代わりに優馬の婚約者になることになった。
由梨は健吾に惹かれ始めていた。でも健吾のプロポーズを受けるわけにはいかない。
由梨はわざと健吾に嫌われるように、ある提案をした。
「私を欲しいなら、相手になります、その代わりお金頂けますか」
由梨は健吾に囲われた。
愛のないはずの優馬の嫉妬、愛のない素振りをする健吾、健吾への気持ちに気づいた由梨。
三人三様のお互いへの愛。そんな中由梨に病魔が迫っていた。
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる