63 / 239
正体のない恐怖
しおりを挟む
しかしそのことに龍之介自身はまるで気が付いていない。
自己評価が著しく低いのは、当初龍之介がガリガリに痩せていて不健康そのものの青白い顔をしていたせいもある。
社畜時代の弊害で、龍之介の容姿は見るも無惨な状態だった。髪もパサパサで艶がなく、ろくにカットにも行けていなかった。目の下は寝不足で落ち窪み、黒々としたクマが出来ていた。
その為捕らわれた奴隷商でも散々な言われようだったのだ。それでも人間というその希少性だけで競売にかけられた。自分の容姿にはまったく需要がないことを、龍之介は嫌と言うほど聞かされ続けていたのである。
だが今の龍之介はその時とはまるで別人だった。栄養バランスの良い食事にたっぷりの睡眠、適度な運動(という名のセックス)と筋トレ。すっかり顔色は良くなったし肌も髪も元の艶を取り戻していた。
つまりとても、状態が良かったのだ。
そういった事情もあり、少しばかりモテていた龍之介であったが、本人にはあまりその自覚がなかった。
そもそも周囲にレイノルドやエルヴィン、リーリエなど綺麗な顔をした者が沢山いるのもよくなかった。あのド派手な顔面の中にいると、龍之介は殊更に自分の容姿を卑下する傾向にあったからである。
とは言え、整った顔立ちをしていればモテるというわけでもない。人は完璧なものより、少し欠けたものの方が好ましく思ったりするものである。
そんなわけで、周囲からの熱視線を無自覚ながら感じていた龍之介は、なんとなく我が身の危機を察していたのかもしれない。
だから、一瞬の振動で窓ガラスがパリンと割れ、その窓枠からひとりの大男が姿を見せた時、龍之介は自分の感じていた僅かな違和感が現実のものとなったことを──知った。
「え、ダー…」
「はい、だめ。その名は禁止」
呼ぼうとした名前は、その大きな掌で塞がれてしまった。
「おお、噂通りちいさいな。人間はちいさい。華奢で、すぐに折れてしまう。からだも、こころも」
すぐに壊してしまう。でも困ったことに我は人間が大好きなのじゃ、と
そのダームウェルにそっくりな顔をした男は、ダームウェルとは全く違う顔でそう言った。
そう言って、べろりと龍之介の頬を舐めた。途端にぞっと、背筋が凍る。
(やば、い、)
ぞぞぞっと肌が粟立つ。本能が、忌避する。
未だかつてこんなにも、恐怖を具現化したような存在に出くわしたことがあっただろうか。
(これは、ダメだ、)
それはとてつもない恐怖。腹の底から湧き起こる怖気のようなものに、龍之介は呼吸をするのも忘れて硬直する。
こわい、こわい、こわい、
なのに目が離せない。
ダームウェルと同じ顔なのに、表情が、目の色が、肌の色が全然ちがう。声も話し方も纏う空気も何もかもちがう。それが逆に龍之介の恐怖心を掻き立てた。得体の知れないもの。そう表現するのがぴったりくる──
「五月蝿いのがきた。獣は好かん」
どれ、しるしをつけておこうと、それは言った。
そして次の瞬間、けたたましい音と共にそれは消えた。瞬きの間に、姿を消した。
そこで漸く、龍之介は息を吐いた。
自己評価が著しく低いのは、当初龍之介がガリガリに痩せていて不健康そのものの青白い顔をしていたせいもある。
社畜時代の弊害で、龍之介の容姿は見るも無惨な状態だった。髪もパサパサで艶がなく、ろくにカットにも行けていなかった。目の下は寝不足で落ち窪み、黒々としたクマが出来ていた。
その為捕らわれた奴隷商でも散々な言われようだったのだ。それでも人間というその希少性だけで競売にかけられた。自分の容姿にはまったく需要がないことを、龍之介は嫌と言うほど聞かされ続けていたのである。
だが今の龍之介はその時とはまるで別人だった。栄養バランスの良い食事にたっぷりの睡眠、適度な運動(という名のセックス)と筋トレ。すっかり顔色は良くなったし肌も髪も元の艶を取り戻していた。
つまりとても、状態が良かったのだ。
そういった事情もあり、少しばかりモテていた龍之介であったが、本人にはあまりその自覚がなかった。
そもそも周囲にレイノルドやエルヴィン、リーリエなど綺麗な顔をした者が沢山いるのもよくなかった。あのド派手な顔面の中にいると、龍之介は殊更に自分の容姿を卑下する傾向にあったからである。
とは言え、整った顔立ちをしていればモテるというわけでもない。人は完璧なものより、少し欠けたものの方が好ましく思ったりするものである。
そんなわけで、周囲からの熱視線を無自覚ながら感じていた龍之介は、なんとなく我が身の危機を察していたのかもしれない。
だから、一瞬の振動で窓ガラスがパリンと割れ、その窓枠からひとりの大男が姿を見せた時、龍之介は自分の感じていた僅かな違和感が現実のものとなったことを──知った。
「え、ダー…」
「はい、だめ。その名は禁止」
呼ぼうとした名前は、その大きな掌で塞がれてしまった。
「おお、噂通りちいさいな。人間はちいさい。華奢で、すぐに折れてしまう。からだも、こころも」
すぐに壊してしまう。でも困ったことに我は人間が大好きなのじゃ、と
そのダームウェルにそっくりな顔をした男は、ダームウェルとは全く違う顔でそう言った。
そう言って、べろりと龍之介の頬を舐めた。途端にぞっと、背筋が凍る。
(やば、い、)
ぞぞぞっと肌が粟立つ。本能が、忌避する。
未だかつてこんなにも、恐怖を具現化したような存在に出くわしたことがあっただろうか。
(これは、ダメだ、)
それはとてつもない恐怖。腹の底から湧き起こる怖気のようなものに、龍之介は呼吸をするのも忘れて硬直する。
こわい、こわい、こわい、
なのに目が離せない。
ダームウェルと同じ顔なのに、表情が、目の色が、肌の色が全然ちがう。声も話し方も纏う空気も何もかもちがう。それが逆に龍之介の恐怖心を掻き立てた。得体の知れないもの。そう表現するのがぴったりくる──
「五月蝿いのがきた。獣は好かん」
どれ、しるしをつけておこうと、それは言った。
そして次の瞬間、けたたましい音と共にそれは消えた。瞬きの間に、姿を消した。
そこで漸く、龍之介は息を吐いた。
42
お気に入りに追加
1,613
あなたにおすすめの小説
異世界のオークションで落札された俺は男娼となる
mamaマリナ
BL
親の借金により俺は、ヤクザから異世界へ売られた。異世界ブルーム王国のオークションにかけられ、男娼婦館の獣人クレイに買われた。
異世界ブルーム王国では、人間は、人気で貴重らしい。そして、特に日本人は人気があり、俺は、日本円にして500億で買われたみたいだった。
俺の異世界での男娼としてのお話。
※Rは18です
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
少年野球で知り合ってやけに懐いてきた後輩のあえぎ声が頭から離れない
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
少年野球で知り合い、やたら懐いてきた後輩がいた。
ある日、彼にちょっとしたイタズラをした。何気なく出したちょっかいだった。
だがそのときに発せられたあえぎ声が頭から離れなくなり、俺の行為はどんどんエスカレートしていく。
童貞が建設会社に就職したらメスにされちゃった
なる
BL
主人公の高梨優(男)は18歳で高校卒業後、小さな建設会社に就職した。しかし、そこはおじさんばかりの職場だった。
ストレスや性欲が溜まったおじさん達は、優にエッチな視線を浴びせ…
【完結済み】異世界でもモテるって、僕すごいかも。
mamaマリナ
BL
【完結済み 番外編を投稿予定】
モデルの仕事帰りに、異世界転移。召還された国は、男しかいない。別にバイだから、気にしないけど、ここでもモテるって、僕すごくない?
国を助けるために子ども生めるかなあ?
騎士団長(攻)×中性的な美人(受)
???×中性的な美人
体格差
複数プレイあり
一妻多夫
タイトルに※は、R18です
3人の弟に逆らえない
ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。
主人公:高校2年生の瑠璃
長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。
次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。
三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい?
3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。
しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか?
そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。
調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m
痴漢に勝てない肉便器のゆずきくん♡
しゃくな
BL
痴漢にあってぷるぷるしていた男子高校生があへあへ快楽堕ちするお話です。
主人公
花山 柚木(17)
ちっちゃくて可愛い男子高校生。電車通学。毎朝痴漢されている。
髪の色とか目の色はお好みでどうぞ。
小さい頃、近所のお兄さんに赤ちゃんみたいに甘えた事がきっかけで性癖が歪んでしまって困ってる
海野
BL
小さい頃、妹の誕生で赤ちゃん返りをした事のある雄介少年。少年も大人になり青年になった。しかし一般男性の性の興味とは外れ、幼児プレイにしかときめかなくなってしまった。あの時お世話になった「近所のお兄さん」は結婚してしまったし、彼ももう赤ちゃんになれる程可愛い背格好では無い。そんなある日、職場で「お兄さん」に似た雰囲気の人を見つける。いつしか目で追う様になった彼は次第にその人を妄想の材料に使うようになる。ある日の残業中、眠ってしまった雄介は、起こしに来た人物に寝ぼけてママと言って抱きついてしまい…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる