聖女様は堕落しました

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充分な食事とたっぷりの休息を与えただけで、マリエーヌはみるみる回復していった。

けれど、その表情は晴れない。表情の違いだけでこうも印象が変わるものかとラナウェルはマリエーヌを前にして頭を抱えた。


（顔はそっくりだが、顔つきが全く違う……）

これではジェラールの前に出すことは出来ない、とラナウェルは思う。ジェラールが恋焦がれた聖女たる彼女は、こんな陰鬱な顔をした女ではないからだ。


ラナウェルはなんとかマリエーヌの気分を上げようとあれこれと気を引いたが、どれも上手くはいかなかった。豪奢なドレスも宝石も、彼女から笑顔を引き出すことは出来なかった。しかしだからといって無理に笑わせても意味がない。

ラナウェルは悩んだ末に、話し相手としてメイドのハンナに協力を依頼した。
心を許してもらえるように、友人として親身に接して欲しいと頼むとハンナからは意外な言葉が返ってきた。


「彼女は私たちには穏やかな表情を見せてくれるようになりましたよ？マリエーヌ様はどうやら、極端に異性に苦手意識があるようですね」


そう言われ、そうか、とラナウェルは思い当たる。いつ面会しても強張った表情しか彼女が見せてくれなかったのは、自分が男だったせいか、と納得した。


マリエーヌは故郷で売春婦紛いのことをさせられていたと聞いている。
その客の殆どが名のある貴族や聖職者たちで、彼らは聖女様に似たマリエーヌを抱くことで、聖女様に対する邪な思いを解消していたのだという。

本物の聖女様には決して出来ないようないやらしいことも、彼女には出来る。本物の聖女様には決して手が届かないけれど、マリエーヌになら金を払えば手が届く。


とんでもない話だが、この件は不問とされていた。客の中にはラナウェルでさえ目を疑うような高位貴族の名が連なっていたし、これを明るみにしたところで聖女様の品位を損ない、侮辱したと非難されることは目に見えていた。

マリエーヌとて、対価として金品を受け取っていたからには処罰を受けることになるだろう。個人での売春は禁じられている。この件は明るみに出したところで双方得をしない話なのだ。



（心を許してもらうには、どうしたらいいか……）

ラナウェルは考える。いずれはジェラールと引き合わせなければならないのだ、その時に今のようなひきつった顔のままいられては困る。


「まずは、私に慣れてもらうしかないな」


ラナウェルは嘆息する。これは、長期戦を強いられる戦いになりそうだ。