傾国の聖女

自問（オスカー）

手早く抜いて、おさまるかと思いきや硬さはまだまだである。確かに最近忙しさにかまけて発散していなかった。戦の最中は相手をしてくれる者が用意されている為不自由しなかったが、帝都に戻ってきてからは婚約者の目が厳しくそういった店に行くのも憚られた。

婚約者のユリアは貴族の淑女だ。婚約済とはいえ成婚前に手を出すのは禁じられている。ただでさえ長きに渡る戦の弊害で婚姻は先延ばしにされていた。大事な娘を未亡人にするわけにもいかないだろうから、そこのところは理解しているが性生活を制限されてしまうのは健康的な肉体を持つ成人男性としてはつらいものがある。

（くそっ、萎えねえな…）

何故こんなみっともない真似をしなくてはならないのか。
そもそも何故、自分は聖女を抱いてはいけないのか？

（今はまだ身体はなんとか動く。だが明日には？明後日には？いつ動かなくなるのかなんて、誰にもわからない）

聖女は魔障を癒す唯一の存在だ。順番的に陛下が優先されるのは理解出来る。当然だ。次点で召喚儀式に大きく貢献したサイラス、ではその次は？

（ユリアは、俺が死んでも構わねえのか？）

彼女には魔障の恐ろしさが理解出来ていない。この病の苦しみも、真の恐怖も、日々呪いに侵蝕される怖気の走る感覚も

（理解していたならきっと、聖女を抱くなとは言わなかったはずだ）

ユリアは心優しく、賢い女だ。尊敬もしてるし好意も抱いている。
だが、彼女にとって自分はいったいなんなのだと思う。俺の命の危機よりも他の女と寝ることの方が大事と言うのなら、そんなのは愛じゃない。それはただの執着で、愛着で、醜い独占欲だ。そんなものの為に、俺は死にたくはない。


（俺は…………）








汚した手を洗い、身なりを整え充希のいる場所に戻ろうとする。
先程に比べれば幾分落ち着きを取り戻していた。だが密着すればすぐに元の木阿弥となるだろう。難儀なものである。

（無、無だ）

何も考えるな、と精神を統一しつつ草むらを踏みつけて歩く。すると、何故か向こうから必死な顔でこちらに走ってくる充希が見えてきた。


「おっ、オスカーさん！あ、あっち！あっちにっ」
「ん？おっ？どうし…」
「あっちに！な、なんか獣っ、みたいのがいてっ」

そう言いながら、充希はオスカーにしがみつく。遠慮のないその行動に、オスカーはつい、笑ってしまった。

（意識されてねえなぁ、これ）

こっちはこんなに意識しまくってんのに、と
なんだか自分の思考が情けなくって、オスカーはひとり、こっそりと天を仰ぐのだった。