傾国の聖女

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衝突

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「そこまでだ、アルヴィン」

地を這うような低い声音と共に、衝撃が響いた。
気がつけば充希はダリウスの腕の中にいた。「大丈夫か?」と顔を覗き込まれ、充希は反射的に頷こうとする。が、上手く笑うことは出来なかった。心配させるのは本意じゃないのに、自然と涙がボロボロとこぼれ落ちていく。止められない。

「…………実の弟を殴り飛ばすなんて酷いじゃないか、兄上」

その言葉に、ハッとする。どうやらダリウスに殴り飛ばされたらしい男が口元を拭いながら起き上がってくる。アルヴィンと呼ばれたその男は緩慢な動きで再び充希の方へと近付いてきた。

「彼女に近付くな。すぐにここから立ち去れ」
「おかしなことを言うな、兄上。その女は聖女だろう?ならば私にだって彼女を抱く権利はあるはずだ」
「勝手な振る舞いは看過出来ない。それが彼女を傷付ける行為なら尚更だ」
「ハッ、傷付ける?だって?そんな素振りはなかったがな」

悦んでいるようにしか見えなかったぞ、とアルヴィンは嘲りを隠そうともしない表情で充希の顔を覗き込んでくる。
充希は思わず、露わになっていた太腿を擦り合わせた。


「聖女の性質は理解しているだろう」
「ああ、そうだな?実際に押し倒してみて、よくわかったさ。とんでもない淫乱だ。堅物の兄上がすっかり腑抜けになるわけだ」
「腑抜け、か」

確かに、毒気は抜かれたかもしれんなとダリウスは微笑う。そのまま頬に愛し気に口付けられ、充希はぽかんと口を開けてダリウスを見上げる。こんな時に、こんなことをされるなんて思いもよらなかったからである。


「見ての通り、俺はまだ聖女を手離すつもりはない。お前の魔障は命に関わるほどのものではないはずだ。聖女の慈悲を請うには辛抱が足りていないのではないか?」
「聖女を私物化しようってか?軍部がなんと言うか見ものだな」
「所詮聖女召喚に反対していた者たちだろう。お前を含め、今更甘い汁が吸えると思うなよ」

ダリウスはそう吐き捨てると、さらに強く充希を抱き寄せてきた。
まるで、アルヴィンの視界から完全に充希を隠してしまうかのように。


「話は終いだ。この件については追って沙汰する」

早々に立ち去れ、とダリウスは重ねてアルヴィンに告げる。その声音は酷く冷たい。

「……………わかったよ、今日のところは引いてやる」

そう言うと、アルヴィンは深い溜息を吐いて寝室を出て行った。


充希はダリウスの腕の中で、ただアルヴィンの気配が完全に消えるのを待ち続けた。
そうするしか、出来なかった。
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