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再びアキラの章

38 王女は知っていた

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 『それから一両日中にあのカマキリ死ぬぞ。もう体が持たないようだ。……ただ、カマキリ自身もわかってるかもな。最後にヴィーに会いに来たんじゃないかな』

シルバーは目を瞑り、座禅を組んだままそんな念を送りつつ、フロアに散らばっている呪いの魔石の欠片を黙々と集めて、魔石の欠片を入れている巾着袋の中に転移させている。



 翌朝朝食後にヴィーはそっと5階層目の入口を開けカマキリと見つめあっていた。そしてカマキリを5階層目に放った。

「どうしたんだ?」

「あの子が行きたがってたから。……あの子とは従属の契約があったから私とは話せるんだ。……何をされたか、誰にされたか、何があったか、全部話してくれた。たかが虫、かもしれないけど私には大事だったんだ。……もう命が持たない事とここで逝きたいっていうから……」

アキラはヴィーが泣くかと思ったがヴィーは持ちこたえた。

「従魔になってくれたから……虫とは言え、何年かは側にいてくれた。だからあの子が逝きたいというなら引き留めちゃならないんだ」

ヴィーは深く溜息をついた。

「これで心残りはないわ。……第五王子あにうえの思惑が何であれ、私はここを出たら王籍離脱する。もうこれ以上側妃様お母様に迷惑かけられないしね」

ヴィーは小さな声でそう言ってアキラに笑いかけた。

「色々ごめんね。これ以上迷惑かけるつもりはないから」

「……頑張れよ」

「ええ、……とりあえず戻ってお父様に話す」



 『よし、このフロアにばらまかれた分も確保。このフロアは甲虫がかなり増殖してる、石捜しついでにサーチしてある』

シルバーが伸びをしてあくびをする。

 デヴィッドは色々思うところがあったらしく、5階層目の甲虫フロアはフランシス達には少しきついペースで進む。

「速歩使えるようになったらこのフロア程度だと1日で移動できるようになる。冒険者クラブでは速歩を習得するようにした方が効率が良いぞ」

今日は夕食をボスエリア一つ前のセーフエリアで取り、翌朝、セーフエリアからボス前まで午前中に行く事になった。

 デヴィッドは賑やかな王子達パーティを見つつ、ヨアヒム特製疲労回復剤を飲んでいる。

「明日から奴らの季節は秋、か冬になっちゃうんだな」

アキラが呟く。

「ま、季節は巡るしね」

ボンが悟った事を言う。冬の厳しい北の侯爵の領地で育ったボンは鮮烈な春を短い夏を知っていた。実りの秋はあっという間に過ぎ、キツい冬が長く続く。そんな地で十数年生きてきたボンはその年月なりに季節に対する共感と諦念を育てている。

「冬だって悪い事ばっかりじゃないよ。長い冬で樹液はぎゅっと甘くなるんだ」

北の特産品の一つ、楓糖の事をボンは言っていた。

「たっぷり乳酪を塗ったパンケーキに楓シロップをたらっと落すのはたまんないよね」

ルトガーがあえて話題を変えようと食べ物の話を始める。レッドもそれに乗る。

「おれは普通にパン炙ってシロップをつけてたべるのがいいな。なんにもいれない珈琲で」

アキラとデヴィッドはルトガーとレッドの心遣いに感謝する。

「昏い顔したって、彼らが選んできたことだ。仕方ないだろう、アキラ」

「わかってるよ、デヴィッド」

アキラとデヴィッドはお互いの肩を割合と力を入れて叩きあった。



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