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エドガーの章

01

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 「母さん、こう呼ぶのも今日限り、ですが」

エドガーは父が亡くなったという連絡を受け家をでて初めて実家に帰った。もう、10年たったのかと思った。

「あんたたちのどっちかが家を継ぐの」

母親が飲み込んだ言葉をエドガーもルトガーもわかっていた。母親と姉たちを今までのように着飾らせ贅沢させろ、という言葉だ。エドガーもルトガーは首を横に振る。

「遺言の通り、商会は番頭のエドモンドに譲るし、母さんたちは基本的に年金で暮らす。それは俺も兄さんも納得してる」

 ルトガーはエドガーの言葉にうなずいた。

「母さん、これはあなたが生きてきた結果で子育ての結果だ。俺たちは父親の遺言を尊重する」

そう告げるとエドガーもルトガーも『実家』から出て行った。





 彼の人生は何度かの転換期があった。エドガー・ウルリッヒ。彼は移民である。今現在いるディアーナ王国の隣国、神国デ・アードとの間にあった国に7つまで住んでいた。王国にほど近い街で、その日は学校の遠足でディアーナの国境の壁と結界の装置を見学に来ていた、らしい。エドガーの記憶は薄い。なんだかキラキラした石を見てる時に起こったのは津波のようなモンスターの襲来。王国軍が出てきていたような記憶と人の叫び声、そして次の記憶は家族との合流であった。
 家族もなんとかあのモンスターの群れから逃れ国境の他の門から王国に入っていた。運がいいことに裕福な商人だった父の別邸と支店が王国にあったのだ。一家はそこに一旦落ち着いた。


 エドガーは末っ子であったが母親に疎まれていた。嫡男のルトガーと妾腹の姉ビアンカ、そしてすぐ上の姉ユリアーナを母親は溺愛していた。兄と同腹の姉はきれいな金髪に緑色の瞳、そして母親似であった。ビアンカは母の体の弱い妹がどうしても子供が欲しいということで、母親が父親に頼み込んで妹と子供を作らせた、らしい。そして、母のコピーにしか見えないくらい母親と妾腹の姉は似ていた。
 エドガーも生まれた時は金髪に見えたのだが、3つになった時点で父親似の茶色の髪と瞳で母親の関心は完全にエドガーから外れたのであった。

 父親がいると普通にしてる使用人やその子供たちも仕事で家を開けがちな父親がいないとエドガーの扱いは雑になるし、子供たちに至ってはいじめる、そのいじめも母や姉たちの横暴に対するうっ憤晴らしで暴力に発展していた。兄が見かければ止めてくれたし話をちゃんと聞いて叱ってくれたし母や姉に抗議もしてくれていた。が、兄も学校が始まり自分も学校だったが、エドガーは使用人の子たちと同じ地域の教会がやっている学校へ、エドガー以外の子供は下級貴族が行く評判の良い私立の一貫校へと学校を分けられてしまった。使用人の子といる時間も増え、エドガーは生傷が絶えなくなった。


 母親は父親に自分が都合がいいように報告するようになっており、父親もだんだんエドガーに無関心になる。そんなエドガーの人生を変えたのは12歳でのエドガーの決意だった。既に基本の読み書きはできるようになっていたし、前の国の言葉と王国の言葉はしゃべれるのでエドガー自身の希望で12歳で冒険者登録をした。学校の帰りや、休日を使って簡単な薬草採取の依頼をこなす。ルトガーは時間があれば手伝ってくれた。
 ルトガーはルトガーで学校で嫌な目にあっているらしい。モンスターが街を襲った時妾腹の姉をかばって額に星形の傷ができ、その傷は鼻先まで及んでいた。端正な顔にそんな傷はかなり目立ち、学校でのいじめの状況になっているらしい。
 休日は兄は弟と一緒に薬草採取をするので、エドガーはルトガーに冒険者登録を勧めた。そう小遣いを自分で稼ごう、と兄に持ち掛けたのだ。兄は笑った。

「俺はお前の金策を手伝ってるだけだよ。………独立を考えてるんだろう?」

兄の言葉は正しかった。あと3年、エドガーは15になったら家をでるつもりだった。

「俺はお前が落ち着いたら考える。………今の学校はクズの集まりだけど、それでも利用できるコネや数少ないいいやつもいる。この学校の中で将来への何かを作るつもりだ。いじめは…正直ビアンカが中心だからな。親に言っても一緒だ」

ルトガーの目は暗く鈍かった。
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