悪役令嬢、冒険者になる 【完結】

あくの

文字の大きさ
上 下
102 / 212
第三章

冒険者の村

しおりを挟む
 僕はひざ丈ぐらいの短い患者衣を着せられて、救急車に乗せられた。
 そのあとを親父が4WDでついてくる。
 親父の車の中にはお袋と次兄、それから結衣が乗る。


 救急病院から10分ほどでその病院についた。
 海沿いの森の中にあって、どこか建物自体を隠しているように見えた。

 目の前には老人ホームとラブホテル。

 簡易的な手術は終わったものの、僕の左腕は血で赤く染まっている。
 救急病院では太く短い糸で縫われただけで、きれいにしてもらえなかった。
 血も固まりだして、腕をまげるのが困難だった。

 救急隊員は冷たいほどに冷静だった。
 僕に優しい言葉をくれるわけでもなく、ただ運転に注意しているだけ。


 病院につくとそこからは歩かされた。
 スリッパに患者衣で、なんとも情けない格好だった。


 すぐに医師の診察室に誘導された。
 部屋の中にいたのは中年の痩せた女医。
 喋り方はとてもさばさばしているが、僕の話を真面目に聞いてくれる姿から信頼できるのかもしれない。
 いや、今はとにかくこの人に頼るしかない……とか思っていたかもしれない。

 あとから家族と結衣が部屋に入ってくる。
 この時はすでにみんな冷静さを取り戻していた。

 女医は僕に細かい話はとにかくしないで、「危険だから」と理由で入院をすすめられた。

 程なくして、僕は閉鎖病棟に入れられた。
 いや、半ば強制的にぶち込まれたというのが本音。

 本当は結衣と一緒にいたかった。
 けど自分で切ったとはいえ腕が痛む。
 その治療も兼ねて、入院することにした。

 大きなエレベーターに入るとがたいの良い看護師たちが僕を見張っている。
 まるで僕が暴れ出すのを抑える護衛というより看守のようだった。

 エレベーターから降りると、分厚いガラスで出来た二枚の自動ドアが見えた。
 一枚目の隣りにインターホンがあって、奥のナースステーションから看護師が応答する。

「あ、どうぞ」

 慣れた手つきで一枚目のドアを手動で開く。
 一枚目と二枚目の間は人が10人以上は入れる余裕があった。
 担架も二台ぐらい入りそう。

 そこで奥から若い男の看護師がやってきて、病棟側から鍵を回す。
 するとやっと二枚目のドアが開き、閉鎖病棟に入ることができた。

 血だらけで真っ赤にそまった僕を見ても、誰も驚く様子はしなかった。
 むしろ鋭い目で睨まれているようだった。

 中に入るとちょうどL字の形で部屋が分かれていて、Lの角にあたるところが食堂。
 それから左右に大部屋が複数あった。
 
 異様な雰囲気だった。
 よだれを流しながら、僕をじーっと見る人。
 奇声をあげて暴れる人。
「誰だ、お前!」と突っかかってくる人。

 僕が今まで入院した病院とは全然違って、健常な人間がいない……まるで、そうまるで動物園のようだと思った。
 言い方が悪いけど、本当にそう思った。

 二重ドアが閉まるとと共に僕は恐怖を覚え、安易に入院を選択したことを後悔した。

 血だらけの僕に若い看護婦がこういった。
「もうすぐお昼ご飯だからね。食堂で待っててね」

 僕は「この人バカなんじゃないの?」と思った。
 さっきまで救急病院で手術を受けた人間がなんで自発的に食事をとろうと思うんだ?
 しかも僕の左腕は未だに血だらけだ。

 仕方ないと思った僕は「バカらしい」と思いつつ、食堂に入る。
 普通の病院だったら自室でベッドの上で食べるのに……。
 しかも僕は精神だけでなく、見たらわかる通りケガ人なのに、なんで食堂にまで足を運ばないといけないんだ。


 食堂に大きなカーゴが現れた。
 すると他の患者たちが無言で群がりだす。
 みんな食事の入ったトレーを各々取ると、四角形のテーブルに座る。
 ちょうど対面式で4人座れるボロボロのテーブルだ。

 僕は片手が動かないので、黙って見ていた。
 それに気がついた看護師が「空いている席に座りなよ」とぶっきらぼうに言う。

 仕方ないので空いている席を見つけ、腰を下ろした。
 見るからにまずそうな食事だった。
 僕はさっき結衣とハンバーグを食べるって約束したのに……。

 その結衣と家族たちは今、先ほどの女医から説明を受けている。

 僕が箸を取ろうとしたその時だった。

「おいお前! そこの席は俺のだぞ! 勝手に座るな!」

 髪が真っ白で坊主の初老の男が叫んだ。
 すごく怒っている様子だった。

 僕もイラっとした。
 さっき入ったばかりでルールなんて知らないし、看護師に言われてすわっただけなのに。
 そのおじさんを少し睨んでいると、近くにいたおじいちゃんが僕に声をかけた。

「ぼく、こっちおいで」
 一番まともそうな人ですごく優しそうだった。
「ここはね、席が決まっているの。私の隣りはいつも空いているから今日から君の席だね」
 そう笑顔で答えてくれた。

 今日初めて見たひとの笑顔だった。
 その優しさが少し辛かった。

 さっきまで自殺願望があった僕なのに、今は必死に生きようとしている。
 血で固まった左腕をブランと下ろして反対の腕でまずし飯を泣きながら食べた。

 生きたくないって思っていたのに、どうしてこんな格好悪いことまでして生きなきゃいけないんだ。

 僕は一年前までただの普通の健康な大学生だったのに……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元婚約者が「俺の子を育てろ」と言って来たのでボコろうと思います。

音爽(ネソウ)
恋愛
結婚間近だった彼が使用人の娘と駆け落ちをしてしまった、私は傷心の日々を過ごしたがなんとか前を向くことに。しかし、裏切り行為から3年が経ったある日…… *体調を崩し絶不調につきリハビリ作品です。長い目でお読みいただければ幸いです。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

姉から奪うことしかできない妹は、ザマァされました

饕餮
ファンタジー
わたくしは、オフィリア。ジョンパルト伯爵家の長女です。 わたくしには双子の妹がいるのですが、使用人を含めた全員が妹を溺愛するあまり、我儘に育ちました。 しかもわたくしと色違いのものを両親から与えられているにもかかわらず、なぜかわたくしのものを欲しがるのです。 末っ子故に甘やかされ、泣いて喚いて駄々をこね、暴れるという貴族女性としてはあるまじき行為をずっとしてきたからなのか、手に入らないものはないと考えているようです。 そんなあざといどころかあさましい性根を持つ妹ですから、いつの間にか両親も兄も、使用人たちですらも絆されてしまい、たとえ嘘であったとしても妹の言葉を鵜呑みにするようになってしまいました。 それから数年が経ち、学園に入学できる年齢になりました。が、そこで兄と妹は―― n番煎じのよくある妹が姉からものを奪うことしかしない系の話です。 全15話。 ※カクヨムでも公開しています

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

野生児少女の生存日記

花見酒
ファンタジー
とある村に住んでいた少女、とある鑑定式にて自身の適性が無属性だった事で危険な森に置き去りにされ、その森で生き延びた少女の物語

(完結)「君を愛することはない」と言われて……

青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら? この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。 主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。 以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。 ※カクヨム。なろうにも時差投稿します。 ※作者独自の世界です。

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!

月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。 そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。 新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ―――― 自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。 天啓です! と、アルムは―――― 表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

処理中です...