56 / 212
第二章
公爵と前神官長 3
しおりを挟む
前神官長に指定された日、公爵は夫人に『これもいるから、絶対』と柔らかい、チーズを練りこんだパンと全ての野菜を裏ごししたポタージュをもたせられた。公爵もそれに賛成していた。
懸念は大当たりで、小屋に入るとぐったりげっそりとした前神官長がベッドの上にいた。小屋の前には従者と騎士がいるが中は公爵と前神官長の二人だった。
「エマからもたせられてな」
部屋の中のストーブの上にもたせられた鍋を置き、端の方にパンを置く。すぐにパンの焼ける匂い、チーズの香りが部屋に流れ、ベッドに寝ていた体を起こそうとする。
「まずパンを渡すからベッドにいろ」
学生時代もよくあったな、と公爵は思い出している。レポートの題材が面白くてそれを深堀して飲まず食わずの徹夜の後は公爵夫人が二人にスープを作ってくれたよな等と思い出している。
いつも珈琲を飲んでいるマグカップにスープを注ぎ、ベッドの上の前神官長に渡す。
「少し体の力が戻ってきた」
前神官長は物も言わずにスープを飲みパンを食べて一息ついてからそう発した。
「ドニ……、俺が帰ってから飲まず食わずか」
「あー、初日は食べなきゃでパン齧ってた記憶はあるんだがな」
公爵はあきれ顔で笑う。
「若い時の体力はないんだからさぁ」
「面白くて、つい、な」
前神官長が神官の道を目指したのも中央神殿の禁書室を使いたくて色々頑張ったら元王族という血筋の良さもあいまってあっという間に出世して希望の禁書室に入り浸れるようになった。そして前の前の神官長がどの派閥にも属さず、政治的しがらみもなく、出自も良く、見た目もいい前神官長を何段階も階級を飛び越えさせ神官長に任命したのだ。
色々文句も出たが宗教問答をクリアし教義に対する解釈も健全だったので最終的には他の野心ある神官たちも納得せざるを得なかった。
「あー、エマから伝言」
前神官長と公爵夫人も古い知り合いであった。
「あと2回、同じことがあったら従者を送り込んで日々の家事をうちで受け持つ、って」
「げ……、俺は一人が良くてここにいるんだぞ?」
公爵は苦笑いする。
「エマの実行力知ってるだろ?それとこれからは毎日我が家からフィンガーフード届けるってさ。しっかりした食事よりそっちがお好みでしょうって」
「……ち、それは受け入れる。が、パンとスープと茶か珈琲がいい」
前神官長ははっきりと言う。
「判った。今日みたいなパンがいいか?」
「旨いバターがあるならそれと堅めのパンもいいな」
「ま、適当に見繕う。……で、もう一杯スープを飲むかね?」
「飲む。それと棚の中のスライスしたパンにチーズ適当に乗せてストーブの端に置いてくれ」
胃が働き出したのか神官長は食欲が沸いたようだった。
「こうやって指定した人間の魔力パターンで古語で書いた文書がうきあがる、と。これは俺のオリジナルじゃないんだ。……遺跡から見つかった木簡に施されてた魔法でな。まぁ、それを分解改良して作ったと思ってくれればいい。あれだ、ガキの頃やっただろ、炙りだし。あれの熱を個人の魔力にしたようなもんだな」
「魔力偽装は……アルのは無理だな」
王族特融の魔力パターンがあり、前神官長も公爵も陛下も共通して持っているものだった。
「そういうこと。アルが俺やエチエンヌ宛ての手紙を見ることはできても、聖女や正妃、ベルティエの坊主や北の侯爵も無理ってこと。……マドレーヌ嬢やウージェーヌはちょっとわからん。無属性の魔力もちは時々こっちが思い寄らないミラクルを引き起こすからな」
前神官長は深くため息をつく。
「あいつらは……行動も何をしでかすかわからんからな」
公爵も遠い目をする。
「今思うとアリノーの次男とネイサンが飛ばす相手をマドレーヌ嬢にしてくれて良かったと思ってるよ」
公爵は呟く。
「ウージェーヌならもっとよかったかもな」
前神官長が返す。
「いや、やつにはこっちで悪だくみをしておいて欲しい」
公爵の掛け値なしの本音であった。
懸念は大当たりで、小屋に入るとぐったりげっそりとした前神官長がベッドの上にいた。小屋の前には従者と騎士がいるが中は公爵と前神官長の二人だった。
「エマからもたせられてな」
部屋の中のストーブの上にもたせられた鍋を置き、端の方にパンを置く。すぐにパンの焼ける匂い、チーズの香りが部屋に流れ、ベッドに寝ていた体を起こそうとする。
「まずパンを渡すからベッドにいろ」
学生時代もよくあったな、と公爵は思い出している。レポートの題材が面白くてそれを深堀して飲まず食わずの徹夜の後は公爵夫人が二人にスープを作ってくれたよな等と思い出している。
いつも珈琲を飲んでいるマグカップにスープを注ぎ、ベッドの上の前神官長に渡す。
「少し体の力が戻ってきた」
前神官長は物も言わずにスープを飲みパンを食べて一息ついてからそう発した。
「ドニ……、俺が帰ってから飲まず食わずか」
「あー、初日は食べなきゃでパン齧ってた記憶はあるんだがな」
公爵はあきれ顔で笑う。
「若い時の体力はないんだからさぁ」
「面白くて、つい、な」
前神官長が神官の道を目指したのも中央神殿の禁書室を使いたくて色々頑張ったら元王族という血筋の良さもあいまってあっという間に出世して希望の禁書室に入り浸れるようになった。そして前の前の神官長がどの派閥にも属さず、政治的しがらみもなく、出自も良く、見た目もいい前神官長を何段階も階級を飛び越えさせ神官長に任命したのだ。
色々文句も出たが宗教問答をクリアし教義に対する解釈も健全だったので最終的には他の野心ある神官たちも納得せざるを得なかった。
「あー、エマから伝言」
前神官長と公爵夫人も古い知り合いであった。
「あと2回、同じことがあったら従者を送り込んで日々の家事をうちで受け持つ、って」
「げ……、俺は一人が良くてここにいるんだぞ?」
公爵は苦笑いする。
「エマの実行力知ってるだろ?それとこれからは毎日我が家からフィンガーフード届けるってさ。しっかりした食事よりそっちがお好みでしょうって」
「……ち、それは受け入れる。が、パンとスープと茶か珈琲がいい」
前神官長ははっきりと言う。
「判った。今日みたいなパンがいいか?」
「旨いバターがあるならそれと堅めのパンもいいな」
「ま、適当に見繕う。……で、もう一杯スープを飲むかね?」
「飲む。それと棚の中のスライスしたパンにチーズ適当に乗せてストーブの端に置いてくれ」
胃が働き出したのか神官長は食欲が沸いたようだった。
「こうやって指定した人間の魔力パターンで古語で書いた文書がうきあがる、と。これは俺のオリジナルじゃないんだ。……遺跡から見つかった木簡に施されてた魔法でな。まぁ、それを分解改良して作ったと思ってくれればいい。あれだ、ガキの頃やっただろ、炙りだし。あれの熱を個人の魔力にしたようなもんだな」
「魔力偽装は……アルのは無理だな」
王族特融の魔力パターンがあり、前神官長も公爵も陛下も共通して持っているものだった。
「そういうこと。アルが俺やエチエンヌ宛ての手紙を見ることはできても、聖女や正妃、ベルティエの坊主や北の侯爵も無理ってこと。……マドレーヌ嬢やウージェーヌはちょっとわからん。無属性の魔力もちは時々こっちが思い寄らないミラクルを引き起こすからな」
前神官長は深くため息をつく。
「あいつらは……行動も何をしでかすかわからんからな」
公爵も遠い目をする。
「今思うとアリノーの次男とネイサンが飛ばす相手をマドレーヌ嬢にしてくれて良かったと思ってるよ」
公爵は呟く。
「ウージェーヌならもっとよかったかもな」
前神官長が返す。
「いや、やつにはこっちで悪だくみをしておいて欲しい」
公爵の掛け値なしの本音であった。
7
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説

元婚約者が「俺の子を育てろ」と言って来たのでボコろうと思います。
音爽(ネソウ)
恋愛
結婚間近だった彼が使用人の娘と駆け落ちをしてしまった、私は傷心の日々を過ごしたがなんとか前を向くことに。しかし、裏切り行為から3年が経ったある日……
*体調を崩し絶不調につきリハビリ作品です。長い目でお読みいただければ幸いです。

新しい聖女が見付かったそうなので、天啓に従います!
月白ヤトヒコ
ファンタジー
空腹で眠くて怠い中、王室からの呼び出しを受ける聖女アルム。
そして告げられたのは、新しい聖女の出現。そして、暇を出すから還俗せよとの解雇通告。
新しい聖女は公爵令嬢。そんなお嬢様に、聖女が務まるのかと思った瞬間、アルムは眩い閃光に包まれ――――
自身が使い潰された挙げ句、処刑される未来を視た。
天啓です! と、アルムは――――
表紙と挿し絵はキャラメーカーで作成。

姉から奪うことしかできない妹は、ザマァされました
饕餮
ファンタジー
わたくしは、オフィリア。ジョンパルト伯爵家の長女です。
わたくしには双子の妹がいるのですが、使用人を含めた全員が妹を溺愛するあまり、我儘に育ちました。
しかもわたくしと色違いのものを両親から与えられているにもかかわらず、なぜかわたくしのものを欲しがるのです。
末っ子故に甘やかされ、泣いて喚いて駄々をこね、暴れるという貴族女性としてはあるまじき行為をずっとしてきたからなのか、手に入らないものはないと考えているようです。
そんなあざといどころかあさましい性根を持つ妹ですから、いつの間にか両親も兄も、使用人たちですらも絆されてしまい、たとえ嘘であったとしても妹の言葉を鵜呑みにするようになってしまいました。
それから数年が経ち、学園に入学できる年齢になりました。が、そこで兄と妹は――
n番煎じのよくある妹が姉からものを奪うことしかしない系の話です。
全15話。
※カクヨムでも公開しています
拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――
子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。
彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。
「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」
四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。
そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。
文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!?
じれじれ両片思いです。
※他サイトでも掲載しています。
イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。

私のお父様とパパ様
棗
ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。
婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。
大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。
※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。

前代未聞のダンジョンメーカー
黛 ちまた
ファンタジー
七歳になったアシュリーが神から授けられたスキルは"テイマー"、"魔法"、"料理"、"ダンジョンメーカー"。
けれどどれも魔力が少ない為、イマイチ。
というか、"ダンジョンメーカー"って何ですか?え?亜空間を作り出せる能力?でも弱くて使えない?
そんなアシュリーがかろうじて使える料理で自立しようとする、のんびりお料理話です。
小説家になろうでも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる