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説明を求めるイゾルデ
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メリルは雪崩のような半年だったな、と婚約解消からの半年を思い出していた。目の前にはイゾルデとランスロットがいる。王子宮の四阿であった。
「それからどうしたの?」
落ち着いたのでイゾルデに全てを話す、ということでランスロットに呼ばれたのだ。ジョージは今、南方で療養しているモードレッドの元に今日のお茶に使ったお菓子類と同じものを転移で届けに行っている。モードレッドには東方からきた医者と王子宮の厨房を取り仕切っていた少年が着いている。また王子宮の厨房は公爵夫人ヴィヴィアンが選んだ人間が入る事になった。
「陛下がざる……鷹揚だったから厨房や正妃宮に正妃の国の手が入っててね」
ランスロットは小さなタルトを口にする。濃い甘さがランスロットを襲う。
「ああ、このタルト、兄上が好きそうだ」
「チョコタルトだからモードレッド兄さま、好きだと思う」
イゾルデも同意する。
「ただ、重要な所は陛下も他国の手の者は入れないようにしてたから……」
「で?」
イゾルデは先を促す。
「哀しい事に正妃様はそこそこ文才があって……。かつ妄想をたぎらせて書いた自分の理想の物語を書き散らして。いつも彼女を気の毒に思っていた侍女が出版社に持ち込んだんだよ、その妄想爆発小説を」
イゾルデがメリルに教えてくれる。
「ブラコンで弟をスポイルする姉姫から他国から嫁いできた姫が夫を奪還する、みたいな物語よ。どうしてもひかれあう夫婦とそれを邪魔する姉姫って物語。これ、結構流行したみたい」
「へぇ……、私そちら方面疎いから」
「そうなんだ。メリル嬢は何を読むんだい?」
ランスロットは訊ねる。
「歴史書が好きです。小説だと冒険小説、騎士物語。冒険者の手記を」
メリルがアーサーの婚約者になったのはイゾルデをアーサーから逃がす為であった。その事例がないか、王宮の歴史書を探るためであった。そんな話をするとランスロットが言う。
「僕の婚約者になればよかったのに」
「その頃はお知り合いではありませんですし」
「イゾルデが頼んでくれたら協力したよ?お互い顔は知ってたし」
ランスロットの言葉にイゾルデとメリルは顔を見合わす。
「それにイゾルデ自身が調べたらよかったのでは?」
「うちの宮にもなんか怪しい人いたから動きが取れなくて」
正妃の手は一応王子妃宮にも伸びていたらしい。
「正妃の手、というか正妃の国の手、だな」
「そう。あの人の国って先々代の王の時に独立した国でしょ?」
イゾルデが確認をする。
ギネヴィアの国は先代からのたっての願いで姫を嫁がせたのに何一つ大事にされていない事に腹をたてていた。その上で、正妃の産んだアーサーの出来が今一つで王太子に確定とは言えず焦りと元の本国といえども領土を広げたい気持ちがあって侵攻を予定していたらしい。
陛下は薄々はそれに気が付いていて正妃を泳がせていたが小説の事は気が付いていなかった。小説に気が付いてランスロットたちが正妃の書いたものを調べて行くと王宮の警備の話や建屋の不備の話、また潜入するのにどうすればいいかなどが書かれている。
正妃は情報漏洩しているつもりはなかった。もうやめた女官の一人、国元から連れて来た男爵令嬢で結婚が決まったので相応の持参金をつけて返したのだが、その女官は国許の間者の1人でもあった。
そして新しく来る女官に後宮の構造を教えるための教材、かつ自分の無為を慰めるための手慰みで書き綴ったもの、であったのだ。最初は。
しかし女官の一人が親切心で出版社に持ち込み、外に後宮の構造が流出したのだ。正妃はその責任を問われた。正妃の国元も。陛下自身も責任を負った。
「モルガナ様は……残念でしたね」
メリルは俯く。
モルガナは最後の子供を産み落とし、すぐに儚くなった。そして残された陛下は人形になりさがった。最後の最後まで陛下はモルガナに付き添っていた。
正妃が国元にから逆方向、ランスロットの名付け親のいる国との国境に近い離宮という名の監獄に送られる時に一顧だにしなかったのだ。
「……父上が使い物にならなかったから叔父上が急にてきぱきしてね。……伯母上は弱った人をほっておけないから父上の面倒みてさ。ただ妹の一人が母親とそっくりだから近づけないようにはしてるみたい。あの子ももう12だし余計ね」
ランスロットは眉間を揉む。
「でアーサー殿下はどうなさってるんですか?」
メリルが訊ねるとランスロットは眉間から手を放す。
「結局、今はモードレッド兄上の所にいるよ。あの東方からきた医者は腕が良くてね。催淫の香が体をむしばむ成分が入ってるのを分析してくれて、体を治す気があるならって事で兄上が説得して連れて行った」
メリルがランスロットに訊ねる。
「え、……ならギネヴィア様は大丈夫ですの?」
「アーサーの場合は乳児からあの香に晒されてたのも大きいのだけど、ギネヴィア様には国許から医者が付いた」
イゾルデもメリルも眉を顰める。
「それって……」
「あの国なりの誠意、を見せると面倒なので国の隠密組織から数名、正妃様についてもらってる。私の母親の葬式で嘆きすぎてボロボロの父親を他国にも披露したからな。正妃の葬儀で冷静過ぎる父上を披露するには早すぎる」
ランスロットは余りよろしい感じではない笑みを浮かべる。
「アーサーの為にも生きててもらうよ。両方の為に偶に合わせもする。アーサーがまともになれば母親の祖国に婿に出して一緒に正妃様も里帰りってところかな。……それまでに父上が身罷ってくれたら、ね」
最後の一言はイゾルデとメリルには聞こえていなかった。
最終的に王弟が「国王代理」としてたち、ランスロットを王太子とすると国中に発表した。
「それからどうしたの?」
落ち着いたのでイゾルデに全てを話す、ということでランスロットに呼ばれたのだ。ジョージは今、南方で療養しているモードレッドの元に今日のお茶に使ったお菓子類と同じものを転移で届けに行っている。モードレッドには東方からきた医者と王子宮の厨房を取り仕切っていた少年が着いている。また王子宮の厨房は公爵夫人ヴィヴィアンが選んだ人間が入る事になった。
「陛下がざる……鷹揚だったから厨房や正妃宮に正妃の国の手が入っててね」
ランスロットは小さなタルトを口にする。濃い甘さがランスロットを襲う。
「ああ、このタルト、兄上が好きそうだ」
「チョコタルトだからモードレッド兄さま、好きだと思う」
イゾルデも同意する。
「ただ、重要な所は陛下も他国の手の者は入れないようにしてたから……」
「で?」
イゾルデは先を促す。
「哀しい事に正妃様はそこそこ文才があって……。かつ妄想をたぎらせて書いた自分の理想の物語を書き散らして。いつも彼女を気の毒に思っていた侍女が出版社に持ち込んだんだよ、その妄想爆発小説を」
イゾルデがメリルに教えてくれる。
「ブラコンで弟をスポイルする姉姫から他国から嫁いできた姫が夫を奪還する、みたいな物語よ。どうしてもひかれあう夫婦とそれを邪魔する姉姫って物語。これ、結構流行したみたい」
「へぇ……、私そちら方面疎いから」
「そうなんだ。メリル嬢は何を読むんだい?」
ランスロットは訊ねる。
「歴史書が好きです。小説だと冒険小説、騎士物語。冒険者の手記を」
メリルがアーサーの婚約者になったのはイゾルデをアーサーから逃がす為であった。その事例がないか、王宮の歴史書を探るためであった。そんな話をするとランスロットが言う。
「僕の婚約者になればよかったのに」
「その頃はお知り合いではありませんですし」
「イゾルデが頼んでくれたら協力したよ?お互い顔は知ってたし」
ランスロットの言葉にイゾルデとメリルは顔を見合わす。
「それにイゾルデ自身が調べたらよかったのでは?」
「うちの宮にもなんか怪しい人いたから動きが取れなくて」
正妃の手は一応王子妃宮にも伸びていたらしい。
「正妃の手、というか正妃の国の手、だな」
「そう。あの人の国って先々代の王の時に独立した国でしょ?」
イゾルデが確認をする。
ギネヴィアの国は先代からのたっての願いで姫を嫁がせたのに何一つ大事にされていない事に腹をたてていた。その上で、正妃の産んだアーサーの出来が今一つで王太子に確定とは言えず焦りと元の本国といえども領土を広げたい気持ちがあって侵攻を予定していたらしい。
陛下は薄々はそれに気が付いていて正妃を泳がせていたが小説の事は気が付いていなかった。小説に気が付いてランスロットたちが正妃の書いたものを調べて行くと王宮の警備の話や建屋の不備の話、また潜入するのにどうすればいいかなどが書かれている。
正妃は情報漏洩しているつもりはなかった。もうやめた女官の一人、国元から連れて来た男爵令嬢で結婚が決まったので相応の持参金をつけて返したのだが、その女官は国許の間者の1人でもあった。
そして新しく来る女官に後宮の構造を教えるための教材、かつ自分の無為を慰めるための手慰みで書き綴ったもの、であったのだ。最初は。
しかし女官の一人が親切心で出版社に持ち込み、外に後宮の構造が流出したのだ。正妃はその責任を問われた。正妃の国元も。陛下自身も責任を負った。
「モルガナ様は……残念でしたね」
メリルは俯く。
モルガナは最後の子供を産み落とし、すぐに儚くなった。そして残された陛下は人形になりさがった。最後の最後まで陛下はモルガナに付き添っていた。
正妃が国元にから逆方向、ランスロットの名付け親のいる国との国境に近い離宮という名の監獄に送られる時に一顧だにしなかったのだ。
「……父上が使い物にならなかったから叔父上が急にてきぱきしてね。……伯母上は弱った人をほっておけないから父上の面倒みてさ。ただ妹の一人が母親とそっくりだから近づけないようにはしてるみたい。あの子ももう12だし余計ね」
ランスロットは眉間を揉む。
「でアーサー殿下はどうなさってるんですか?」
メリルが訊ねるとランスロットは眉間から手を放す。
「結局、今はモードレッド兄上の所にいるよ。あの東方からきた医者は腕が良くてね。催淫の香が体をむしばむ成分が入ってるのを分析してくれて、体を治す気があるならって事で兄上が説得して連れて行った」
メリルがランスロットに訊ねる。
「え、……ならギネヴィア様は大丈夫ですの?」
「アーサーの場合は乳児からあの香に晒されてたのも大きいのだけど、ギネヴィア様には国許から医者が付いた」
イゾルデもメリルも眉を顰める。
「それって……」
「あの国なりの誠意、を見せると面倒なので国の隠密組織から数名、正妃様についてもらってる。私の母親の葬式で嘆きすぎてボロボロの父親を他国にも披露したからな。正妃の葬儀で冷静過ぎる父上を披露するには早すぎる」
ランスロットは余りよろしい感じではない笑みを浮かべる。
「アーサーの為にも生きててもらうよ。両方の為に偶に合わせもする。アーサーがまともになれば母親の祖国に婿に出して一緒に正妃様も里帰りってところかな。……それまでに父上が身罷ってくれたら、ね」
最後の一言はイゾルデとメリルには聞こえていなかった。
最終的に王弟が「国王代理」としてたち、ランスロットを王太子とすると国中に発表した。
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