聖女は断罪する

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39. エルシノアの回想

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 「そうかい。……辛くなったらいつでも逃げてきていいんだよ」

エルシノアはそっとヴィヴィアンヌの手を握る。

「わかってます。でも私は母親なので」

エルシノアの笑顔は慈愛に満ち柔らかく美しかった。

「子供全員預かれるよ。今はシルヴィの館にレイラと住んでいるんだ」

「まぁ。逃げるとかではなく……伺いたいですわ。もう……十年以上あそこにも行ってませんしね」

ヴィヴィアンヌはエルシノアに母親の顔でほほ笑んだ。エルシノアの母親はデュ=ゲクランの家と合わず早々に離縁し遠い国に嫁した、ということに公式ではなっているが末端の王族との不倫で二人とも遠い国に一時金を渡されて縁切りされた、というのが真相だった。が、一般には公式が信じられているし陛下もエルシノアもそうだと信じている。
 デュ=ゲクラン侯爵は以降、嫁を迎えることもなく日々を過ごした。そんな中でヴィヴィアンヌはエルシノアの母親役を引き受けていた。そして母のいないエルシノアを不憫に思った前王妃が王宮内にエルシノアの部屋を作りこちらもまた母親役をしていた。



 本当に子供の時に王太子妃候補として確定し、教育を受けていたので魔法学園に入学した時には一通りなんでもできるようになっていた。エルシノア自身はそう自負していた。
 しかし王太子をたてるために一歩引いて試験などを受けていたので王太子に真っ向から張り合うシルヴィの存在は邪魔だと思った。エルシノアが否定的な感情を抱いた初めての相手だった。
 クラスの女子はお姫様のようなエルシノア派と闊達で明るいシルヴィ派に割れていた。男子はシルヴィは目の上のたんこぶ、どちかというと分類は男子、という扱いでエルシノアは王太子殿下のものだから触らぬ神に……の状態だった。
 ジルは隣の国に語学の為に留学、テオは一年の教会での修行という事で王太子と引き離されていた。これはこれ以上王太子の二人に対するコンプレックスが募らないように、という当時の宰相と陛下の計らいであった。それも無駄になった。

 ジルが戻った時には王太子殿下、今の陛下には下級貴族の至上が群がっていた。中級貴族の伯爵令嬢もちらほら混ざっている。ジルはエルシノアに付き添いながらあれはなんだと問うた。

「陛下と恋人と取り巻き、じゃないの」

エルシノアが口ごもった時に食事の盆をもったシルヴィが答える。そこにはエルシノアの分と自分の分を盛っていた。

「ジルベール・ランベールだ。侯爵子息だ」

「シルヴィ・ドゥエスタン女伯爵。以後お見知りおきを」

シルヴィは成人前にして伯爵家を継いでいた。前伯爵はシルヴィが10歳になる前に夫婦して亡くなっていたからだ。

「そう。貴方とエルシーは仲が良いの?」

「そうね」

シルヴィは軽く流す。エルシノアはシルヴィが自分を心配して側に着いていてくれているのを痛いほど知っていた。




 婚約者である王太子の裏切りとそれによる孤立、そんな中シルヴィだけが態度が変わらなかった。

「婚約は破棄しないの?」

「父が許さないわ。それに私の側からできることではないし」

一人ぼっちのエルシノアにシルヴィはキツイ一撃で声をかけてきた。

「私といたら、面倒な事になるわ」

エルシノアの言葉にシルヴィはくくっと笑った。

「言える度胸があるなら言えばいい。エルシノア様、私は怒ってるの。思いっきり本気を出して戦える相手だった王太子殿下を色ボケで衰えさせたあの二人。平民のエラと男爵令嬢のアリス。あの二人を本気で恨んでるし疎んでいる」

エルシノアの持つ諦念とは違う純粋な怒り、それはエルシノアの抱える煩悶を焼きつくしてくれた。

「ねぇ、シルヴィは本気で殿下に勝つつもりで勉強してたの?」

「もちろんじゃない。国のトップになる人よ?こっちだって本気でかからないと勝てるわけないじゃない」

「……今の殿下は」

エルシノアは眉間に皺を寄せる。

「あの集団、今年は進級できないわ。いくら殿下でも必須の授業をあれだけさぼったら単位はとれない。……この学校、王族に斟酌しなくていいように王弟殿下が理事長なんだし。殿下はそう言うことも忘れてるんじゃないかな」

 エルシノアの物思いはシルヴィの言葉で破られた。

「……今年は殿下落第確定だからね、ジルベルト様」

ジルはわざとらしく自分の名前を隣国風に読むシルヴィに向かい片眉を上げる。

「ジルでいい。エルシノアの友なのだろう?」

「わかった、ジル様」




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