上 下
14 / 15
第1章:家族

第14話:手紙の主

しおりを挟む
 その後、俺達は段ボールから全て取り出し、三箱目の段ボールの奥に母さんの言っていた手紙の入った封筒があるのを確認した。

「これのことか」
「ん、みたいだね……誰から?」
「え~と…………。この人達って」

 封筒に書かれていたのは、『佐々木祐介,佐々木千穂』という名前と、『六花,春君へ』という宛名だった。
 この二人がおそらく、六花の生みの親、ということだろう。

「俺にも……か。母さん、俺の事教えたのか」
「………………」

 名前を見てから、一言もしゃべらなくなった六花を見て、やはりそうなのだろうと確信する。
 だが同時に、母さんに対してやってくれたなとも思う。

(いくら明るくなってきたとはいえ、まだ両親と別れてからそれほど経ったわけじゃないんだ。そんなすぐにこれを読む気にはなれないだろうが)

 何が期待してて、だ。俺が六花の立場なら真っ先に母さん共々ぶん殴ってるぞ。

「……どうする、六花。少なくとも、今すぐに読む必要は無いし、なんならこれは一度、俺が預かっておくけど」
「……うん。ごめんなさい、春お兄ちゃん」
「謝る必要はないよ。いきなりご両親から手紙を寄越されても、まだちゃんと気持ちの整理も付いてないだろうし、仕方ないもの」
「……ん」

 申し訳なさそうにする六花にそう言ってみたものの、俺はこうも思った。

(仮にもっと時間が経った後、それでも読む気になるとも限らないよな。一生読みたくないなんてこともあるかもしれない)

 ただ、母さんが読むことをお勧めすると言っていた理由も気になる。これには母さんがそう言うだけの”何か”が書かれてるという事だろうか。

「……春お兄ちゃんは、読んでみたいって思う?」
「ん、俺か? ……まあ、気にはなるかな。母さんがわざわざお勧めするなんて言うほどだし。何かはあるんだろうけど」
「……じゃあ、春お兄ちゃん、先に読んでもいいよ
「え、でも……」
「私は、まだ無理だけど……春お兄ちゃんには、先に読んでてほしい。宛先に春お兄ちゃんの名前もあるから、多分春お兄ちゃんに対しても、何か書いてあるはずだもん」

 確かに、でなければわざわざ俺の名前まで書く必要は無いだろうし。

 六花より先に読むというのは、気が引けるけど……。

「……わかった。じゃあ、先に読ませてもらうね」
「うん」
「……ん。よし! それじゃ六花」
「うん?」

 俺は気持ちを切り替えて、周りの数えきれない程あるお土産を見渡して、げんなりしながら言った。

「…これ、片付けようか」
「…うん」

 俺の言葉に、六花もげんなりして頷いた。


 ――――片付けが終わった後、俺は自室で、例の手紙を見ていた。

「…………」

 書いてあった内容は、概ね六花への謝罪とこれからも元気で生きて欲しいといったものだ。主に千穂さんからのメッセージだった。
 直接彼らと会ったことは無いから、俺はこの手紙に書かれた内容を鵜吞みにしてもいいのか、判断はつかないけど…。

「ま、母さんがこれを送った時点で、少なくとも悪意のある人達じゃないことは分かるか」

 この手紙を最初に受け取ったであろう母さんが、まだ全然時間が経っていない段階で俺達に送った目的は分からないけど。
 母さんは人を見る目はあるから、そこは信じてもいいだろう。

「……ここから先は、俺宛に書かれているのか」

 内容はこうだ。

『春君へ。君の事は夏美さんから聞いているよ。とてもしっかりした子で、何でも小学生の頃から、一人で暮らしていたとか。僕が言えたことでは無いかもしれないが、さぞ苦労したことだろうね。けど、僕達はそんな君だからこそ、六花を託せると判断した。急なことで戸惑うかもしれないし、迷惑に思ってしまうかもしれないが……何卒、娘をよろしくお願いします。もはや捨てたも同然のことをした僕達だけど、僕も妻も、娘を愛していたのは本当なんだ。だから、どうか大切にしてやって欲しい。いずれ、僕達の方で落ち着いてきたら、改めて君とお話をさせて貰えると、嬉しいかな。その時を楽しみにしているね』

「…………」

 何というか、最早言われなくてもといった気持ちだろうか。それとも怒りなのだろうか。よく分からない気持ちになってしまった。

「母さんは、どうしてこれを読むことを勧めたんだ。まったく分からない」

 ただ一つだけ言いたいことがあるとすれば、本当に愛しているなら、養えなくなったとはいえ、捨てるなんてありえない。たとえどんな理由があろうとも、それだけはやってはならないだろうに。

「……なんだかなぁ」

 難しい話なのかもしれない。俺はまだ社会というものをよく分かっていないから、適当なことは言えないけど。

「結局は、そっちの一方的な都合だろう」

 …………ああ、そうか。俺は怒ってるのかもしれない。

「……でも、それが無かったら、俺もまだずっと一人だったんだよな」

 いくら慣れているとはいえ、全く寂しくない……なんてこともなく。だからこそ……。

「六花と出会えたことだけは、二人に感謝なのかな」

 そのおかげで、俺も今は毎日が楽しいから。

「……ふぅ。さてっと。お風呂でも入りますかね」

 俺は気持ちを切り替え、部屋を出た。すると、俺の部屋の前に、六花が立っていた。

「おっと……六花、どうかしたの?」

 俯きがちで立っていた六花に、様子が変だと思った俺は声を掛けた。

「……春お兄ちゃんは、私の事、要らないなんて思わないよね」
「ん、そりゃもちろん。……不安になった?」

 ちょっとだけ、頷いた六花。
 無理もないだろう。やっと今の環境に慣れて、明るくなってきたところでこの手紙だ。内容をまだ見ていないとはいえ、過去の事を思い出して気が沈むには十分すぎる。

 だから俺は、努めて明るく言った。

「俺は今の、六花がいる暮らしが好きだし、大切にしたいって思う」
「……ん」
「というか、今更返してくださいとか言われても、俺が願い下げだから。六花はもう俺の娘ですから」
「……春お兄ちゃん」

 俺の言葉に、六花は顔を上げた。その表情は先ほどと変わって、明るくなっていた。

「……娘じゃなくて、妹だもん」
「いいえ、娘です」
「妹」
「娘」
「……むぅ、妹だもん」
「じゃあ娘兼妹」
「妹ぉ~!」
「娘も含みます~」

 なんて、よく分からない言い合いになったけど、最後は二人して笑っていたのだった。


「……さっきの手紙、読んだんだよね?」
「うん…………読むか?」
「ううん、今はまだ。……でも、いつかは、向き合わないとダメなんだよね」
「……正直、分からない。それで六花が酷く傷つくようなら、俺は無理に読まなくてもいいと思ってるけど。それが本当に六花のためになるのかは、分からない」
「……そっか」

 六花は決心したように、俺に言った。

「やっぱり、その手紙は春お兄ちゃんが持ってて。私はまだ読む気にはなれないから。……でも、いつかは、ちゃんと向き合うために、読んでみたいと思う」
「……そう。わかった、じゃあその時まで、預かっておくね」
「うん。ありがとう、春お兄ちゃん」
「うん」
「……それはそうと、夏美さんは、どうして読むことをお勧めしたのかな」
「……分からない。実際に読んでみたけど、母さんの意図は全く。……ま、母さんが何考えてるのか分からないのは、割といつもの事だからなぁ。今は深く考えない様にしてるよ」
「そ、そうなんだ……。私、夏美さんとはほんの少ししか話したことないから、どういう人なのか、あんまり分からないな」

 そういえばそうか。母さんが一度六花を託されたものの、すぐに俺のもとに送り付けたわけだし。

「なら、今日は母さんの話をしようか」
「いいの? 聞かせて!」
「ふふ、そうだなぁ、何から話そうか……」

 今日も俺の部屋で、六花と母さんの話をしてその日の夜を過ごした。
しおりを挟む

処理中です...