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第1章:家族

第12話:六花にとっての家族

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 ―――ある日の放課後。

 私のクラスでは、国語の授業の終わりに作文を書いてくる、という宿題を出された。題材は「私の家族」。自分の家族のいいところをたくさん書いてくるようにと、舞先生は言った。

 今の私にとっての家族は春お兄ちゃんだけど、以前の家族については書かなくていいだろう。一つもいい話はないのだから。

 ただ、「家族」がテーマの作文なのに、兄のことだけを書いてしまっては、みんなにどうしてと思われてしまいそうだ。

 どうしようかと悩んでいると、横から亜美ちゃんが声を掛けてきた。

「どうしたの、六花ちゃん。何か悩んでるの?」
「ん……ちょっとね。作文、どうしようかなって」
「どうしようって、何を書こうってこと?」
「…うん、そんな感じ」
「あ…そっか、今はお兄さんと二人暮らしなんだよね」
「うん、だからお兄ちゃんのことだけ書いたら変に思われそうだし、かといって両親の事は書けるようなこともあんまりないし」
「う~ん…そうだなぁ」

 亜美ちゃんも一緒に悩んでくれていると、そこへ千里ちゃんがやってきた。

「二人とも、何の話をしているの?」
「千里ちゃん。あのね、六花ちゃんの事なんだけど」
「六花の? なになに?」
「作文の事。今お兄ちゃんと二人暮らしだから、お兄ちゃんの事だけ書くと変に思われるかなって」
「変って、どうして?」
「だって、両親のことは触れなかったら、どうしてって思われるでしょ?」
「……ん~、そうかなぁ。そう思う人も、もしかしたらいるかもしれないけど。少なくとも私達は六花の事情を少しは知っているもの。むしろ今までの話を聞く限り、良いお兄さんだなって思うわよ」
「……千里ちゃん」
「うんうん、そうだよね。自慢のお兄ちゃんの事を書くんだもん。何にも恥ずかしいことも、後ろめたく思うことも無いよ」
「亜美ちゃん………うん、そう…だよね」
「そうそう、だから堂々とお兄さんのことを書いてくればいいんだよ」

 二人がそう言ってくれたおかげで、私も気にせず書こうという気になれた。二人には感謝しないと。

「ありがとう、亜美ちゃん、千里ちゃん」
「うん」
「いいっていいって」

 その後も私達はお話をしながら、教室を出て帰宅した。

 その日の夜、自室で作文用紙に春お兄ちゃんのことを書いていく……のだが。

「…やっぱり、こういうのっていざ書こうとすると、ちょっと恥ずかしいかも」

 私が四月一日家の、春お兄ちゃんの妹になってもう半月ほどが経った。これまで一緒に過ごしてきて、春お兄ちゃんのいいところはいっぱい知ったつもりだけど、それを書いて、クラスのみんなの前で発表するというのは、やはり恥ずかしい。

 世の小学生はこれをずっと繰り返してきたのだろうか。そう思うと、少しだけすごいと思う。

「…恥ずかしいけど、春お兄ちゃんのいいところはいっぱいあるから、書くことには困らないかな」

 というより、春お兄ちゃんに悪いところなんて無いのではないかと思える。もちろんいいところだけ書いていくのも良いのだが……。

「…そうだ。どうせなら、春お兄ちゃんの弱点とか探ってみようかな」

 私はさっそくこっそりとリビングに戻り、いつかと同じように春お兄ちゃんを観察する。
 あの時は春お兄ちゃんが悪い人か否かを見極めるためだったっけ。なんだかもう懐かしく感じる。まだたったの半月前のことだというのに。

 今春お兄ちゃんはキッチンで洗い物をしている。
 改めて見ると、春お兄ちゃんの家事をしている姿は堂に入っている。小学5年生の頃からずっとやってきたのだから、当然なのだろうけど。

 洗い物が終わると、今度は洗濯ものを畳んで、ワイシャツ等はアイロンをかけていく。テキパキとこなしていき、あっという間に終わってしまう。
 私はまだアイロンはやったことがない。危ないからとやらせてもらえないのだ。それを言ったら、火を使う料理や包丁はどうなんだと言いたくなるが、春お兄ちゃんもその辺は頑固なところがあるからなぁ。

 …………あ、一個見つけた。頑固なところだ。言うほどではないのかもしれないけど、ほんの少しだけ、頑固なところがある。メモメモっと。

 やがてアイロンも終わると、今度は部屋の掃除を始めた。

 そういえば、私は平日はあんまり掃除してなかったけど、それでもやたらと綺麗だったのは、春お兄ちゃんがやってくれてたからなんだ。
 申し訳ないと同時に、やっぱりすごいなと思う。

「あいたっ」

 ふと春お兄ちゃんからそんな声が聞こえたので見てみると、棚から落ちた小さな箱が春お兄ちゃんの頭に当たったようだ。

「いてて……って、なんだこれ」

 どうやらそれが何なのか、彼も分かっていないようだ。

「ん~………あ、そっか。ここにしまってたんだった。すっかり忘れてたな」

 中から取り出したのは、チョコレートらしき小さな箱だった。少し遠いから見えずらいけど、美味しそう。

「明日にでも六花と食べて………あ、これアルコール入りか。だから仕舞ってたんだった」

 残念、食べてみたかったけど、仕方ないね。

 その後も掃除を続けていて、わかったことが一つ。それは、春お兄ちゃんは意外とドジっ子だということだ。

 お風呂の掃除をしている時、お湯と間違えて冷水を出して冷たい思いをしたり、棚の時と同じように、高いとこから物を落としてぶつかりそうになったりと、酷いとまでは言わないけど、ドジだなと思うほどには何かをやらかすことがあるみたいだ。

 ………とはいえ。

(そんなところも、可愛いのだけど)

 男の人に可愛いと言っても誉め言葉にはならないだろうけど、春お兄ちゃんはかっこよくて、可愛いのだ。この半月で、それがよくわかった。

 以前春お兄ちゃんのことを話してもらった時に思ったけど、そういう人だからこそ、みんな彼を慕って、彼と一緒にいるのだろう。

 今の私もそうだから。


(これくらいでいいかな)

 春お兄ちゃんもやるべきことは終えたのか、部屋に戻っていったので、私も作文の続きを書くために部屋に戻る。

「よーし、やるぞ!」

 気合を入れて、再び作文用紙書いていくのだった。


 ―――翌日の国語の時間。

 てっきり書いてきた作文を読み上げるのだとばかり思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。一人一人舞先生のところに持っていき、先生が作文を読んで誤字脱字をチェックして、終わったものは先生がそのまま回収する。
 それだけで済ませるなら、わざわざ宿題にしなくてもって思ったけど、全員のチェックが終了すると、舞先生はこう言った。

「それじゃあみんな、この作文は一度先生が預かるけど、今度の授業参観の時、これをみんなに返して、一人一人読んでもらうので、そのつもりでいてね」
「「「はーい!」」」
「……え」

 みんなが元気よく返事をする中、私だけ固まっていた。

「六花ちゃん? どうしたの?」
「…亜美ちゃん、今度の授業参観って」
「あれ、聞いてない? 今朝のHRで言ってたよね、来週の火曜日は授業参観があるって」
「……それは聞いたけど、国語の授業なの? しかも、今の作文を読み上げるって」
「みたいだね」

 そんな……恥ずかしすぎて死んじゃう。結局あの作文には、春お兄ちゃんのいいところばかり書いていたため、本人には聞かれたくないのだけど。

 そう思っていると、授業終了の鐘が鳴った。

「それじゃこの時間はここまで。次の算数の準備をして待っててね。……それと六花ちゃん、ちょっとだけいいかな」
「あ、はい」

 舞先生に呼ばれて一緒に教室を出る。

 少し教室から離れたところで、舞先生がこちらを見て言った。

「六花ちゃん、あなたの家の事情は、前にある程度聞いてるから、今回の題材は変えようか迷ったのだけど……さっきの内容を見る限り、大丈夫そうね。初めての事だから、緊張しちゃうでしょうけど、あれは一度、お兄さんにきちんと伝えた方が、お兄さんも喜ぶと思うの」
「…それは、そうかもですけど」
「きちんとした内容だし、何より自慢のお兄さんの事なんだもの。自信をもっていいと思うわ」
「舞先生……」

 舞先生は微笑んで、私に言ってくれた。

「だから、六花ちゃんにはぜひ、読んで欲しいの。いいかな」

 ……そっか、舞先生も私たちの事、考えてくれてたんだ。今回のことも、それで「家族」という題材にしたんだろう。

 そう思うと、嬉しくなった。

「はい。私、お兄ちゃんにちゃんと感謝の気持ちを伝えたいです。二人きりだと、絶対恥ずかしくて言えないから」
「ふふっ。そうね、そういうのは、大人になっても同じだから。こういう機会にきちんと伝えるというのは、大事なことなの」
「先生でも?」
「ええ、私でもね。だから六花ちゃん、頑張ってね」
「…はい」

 先生に感謝しながら、私は決心した。この気持ちを、きちんとお兄ちゃんに伝えようと。

「……あ! そ、そうは言ったものの、お兄さん、大丈夫よね、ちゃんと来られるわよね⁉ 事前に確認するのすっかり忘れてたわ!」
「……あ、うん。大丈夫だと思います。そういう親が参加するような行事は、全部参加するからって、前に言ってくれたので」
「あ、そ、そうなの? ……はぁ、よかった。これで来られないなんてことになったらどうしようかと……」

 …………この瞬間、舞先生の弱点を一つ見つけたのだった。
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