【完結】山狼族の長はツンデレ黒猫を掌中に収める

ルコ

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番外編 元祖破天荒と新破天荒

アスミ4

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 みんなが無言で滝を見つめている中、ジュン様がふらりと滝つぼ近くの岩場まで歩いて行く。

「キル、完全憑依」

リューに絡んでいたキルがジュン様に飛び込んで行き、ぶつかる瞬間に消えた。

ジュン様がすうっと深く深呼吸した瞬間、背中から伸びる金色の翼。それと同時にライオン耳と尻尾も出現し、ジュン様はジュンキル様へと変化していく。

ジュンキル様は完全憑依が終わるまで閉じていた瞳をそっと開き、清浄な空気を体内に取り込もうとするかのように深く吸い込んだ。そして口からゆっくりと息を吐き出し呼吸を整えている。

「ルイ!瞬間移動してレンさんを連れて来て!早く!!」

カグラがルイに耳打ちし、すぐにルイが瞬間移動で消える。他のみんなの理解が及ばず固まっている間に、ルイが一人の魔族を連れて帰って来た。その横には銀色がかった白猫の精霊。

えっ?!前魔王妃様だよな?本当に一瞬で連れて来たの??

だが前魔王妃のレン様はすぐに状況を把握したようで、すでにカグラが用意し始めていた鏡を慣れた手付きでいじり、調整していく。

「準備OK。歌ってジュンキル」

ジュンキル様はレン様を見て微笑む。ここにレン様がいるのが当然だと言うように・・・

 そして、更に数回深呼吸をした後、目をカッと見開き静かに歌い出した。

その歌声は、滝の轟音と風が樹々を揺らす音、更に鳥の囀りなどをオーケストラに、だんだんと力強くなっていく。
おそらく歌詞は今即興で作られたのだろう。滝の雄大さと自然の素晴らしさを讃える飾らない言葉が紡がれていく。
だが、その独特のグルーヴは人が到底生み出せるような音ではなく・・・神々しさをも伴い辺りにこだまする。
 
そこに澄んだ歌声が重なった。いつのまにかカグラがカグラミになってジュンキル様の声に寄り添い、また違った波紋を広げ共鳴していく。

あぁ、これは耳を通して頭で聞くものではない。俺たちの体全体に浸透していくような・・・そんな歌声。二人の唇から紡ぎ出され重なり合う二つの美声は、大自然に溶け込みこの空間と完全にシンクロしていった。滝と一体化したうねるグルーヴはその流れに逆行し、一の滝の下へと辿り着くだろう。そして山そのものへと帰っていくんだ。
 
 歌い終えたジュンキル様がレン様を見て完全憑依を解く。

それを見たカグラミもカグラとミミに戻った。


美と破壊を歌声で司る艶麗なる魔王。


あぁ、そうだ。前魔王様の正式な?通り名は決して誇張ではなかった。


そして、


前人未到の最終兵器。


カグラの異名も伊達じゃない。
  

あんな状態のジュンキル様のアカペラに乱入し、即興で歌詞を作って歌うなんて、カグラミ以外には不可能だろう。いや、乱入だけなら出来るかも知れないが、絶対にジュンキル様の歌声に喰われる。あんな完璧な共鳴はあの二人にしか成し得なかったはずだ。


 「ん、OK。配信を切ったよ。で?これはどういう状況?最高のライブだったから配信出来てよかったけど」

首を傾げながら周りを見渡しているレン様。

この世界では鏡を通して映像を配信出来る。どんな鏡でも魔法でチャンネルを合わせれば、好きな配信が見れるんだ。
どうやらジュン様のライブ配信は知る人ぞ知る影の人気チャンネルらしい。前魔王様だから活動を公表するのは控えてるんだって。
そしてレン様は昔、配信の為に鏡を調整する仕事をしていて、今でもジュン様がライブ配信する際には鏡での録画を担当しているらしい。

知らなかった。今までの魔族としての人生、かなり損してたよっ!

「うわぁ!ちょっとレンさんには後で説明するから待って。
先ずは長!ごめんなさい。この場所は聖域の一部なのに魔族に向けて配信しちゃった。けど、ジュンキルとカグラミしかはっきりとは写ってないから!バックはボヤけるように鏡に魔法をかけといたの。
あのジュンキルを見たら絶対配信しなきゃって思って・・・」

必死で言い訳をするカグラに向かって、ケンショーさんは笑いながら言った。

「嬢ちゃん、気持ちはよ~く分かったから心配すんな。確かにあのライブは記録しておく価値があった。それに嬢ちゃんが魔法をかけたのも分かったからそのまま続行させたんだ。じゃなきゃオレがかけてたよ。
嬢ちゃんの乱入も良かったぜ。しかも完全憑依してたから、山とも繋がれただろ?山も喜んでるよ。二人の歌声は山の糧となったんだ。しかも超高級なご馳走だ。
いや~素晴らしかった。
この場所にいたオレたちだけが、周りの景色も含めたあのライブを見れたんだ。これは自慢出来るな~」

ジュン様がレン様を連れてケンショーさんの前に来る。

「ケンショー、いきなりライブなんかおっ始めて悪かったな。あの滝を見てると何かそういう気分になったんだわ。しかも完全憑依して歌いたくなってな。
それと、これはおれの嫁のレンと契約精霊のクー。また部外者を一人、聖域の麓に連れて来ちまった事を謝罪する。申し訳ない」

「山狼族以外が山と完全に共鳴するのなんて初めて見たぜ。もう前魔王の兄ちゃんなんて気軽には呼べねぇな。ジュンさん。いいものを見せてもらったから謝罪はいらねぇよ。レンさんもよろしくな。オレが山狼族の長、ケンショーだ。
あ~だが、今後ここに勝手に瞬間移動して来るのは控えてくれ。オレに話を通してくれたら許可は出す」

「当然だ。カグラも分かったな?ルイとリュウセイもそれで頼むぞ」

「はぁ~い」

「「もちろんです」」

カグラ、そしてルイとリュウセイも返事をする。
そうだよな、流石にここに頻繁に瞬間移動して来られたら困る。ルイとリュウセイは大丈夫だろうけど、カグラは・・・うん、ちゃんと約束してもらえて良かった。
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