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第一章 コバルト

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 実家近くの駅から急行電車に乗れば、三十分ほどで朱雀メンタルクリニックがある繁華街に着く。

だが人目が怖くて電車には乗れなかった。まぁ、それ以前に家どころか部屋から出ようとも思えなかったのだが。

当然そんな状態で都会に行くのは無理だったので、リサ姉が車で無理矢理連れ出してくれた。最初は車でも寝ているだけだった俺。それでも何度か通院しているうちに薬も効いてきたのか、少しずつ症状が落ち着いてきたんだ。

そして、街並みや人の流れを車内から見ているうちに、人が多い都会の方が人は人を見ていない事に気が付いた。

そんな余裕が出て来たのは、朱雀クリニックに通い始めて三カ月後くらいの事だったように思う。やっとまともに物事を考えられるようになったんだ。

 その頃の俺は、地元ではまだ人の目が気になるものの、都会ではリサ姉と一緒にショッピングを楽しんだり、飲食店に入ったり出来るようになっていた。
だが、階段が怖い。階段を見ると突き落とされた時の恐怖が蘇る。一人では階段を上り下り出来ないんだ。家がマンションで助かった。一軒家だったら二階での生活は出来なかっただろう。

そして当時の診察で、鬱の症状は落ち着いて来たがPTSDを発病していると診断され、ちょうど医療用に出回り始めたコバルトの投与を勧められたんだ。

その場には朱雀 慧(すざく けい)がいた。リサ姉とは高校の同級生で、いまだに交流がある腐れ縁だそう。今は大学院を卒業し自宅の朱雀メンタルクリニックで、臨床研修医として働いているというケイ。

身長は百七十センチ代後半くらいかな?俺よりも五センチ以上は高そうだ。スラリとしたしなやかな体つき。染めているわけではないのに赤みがかった茶髪がふわりと揺れ、照明の光でキラキラしている。そして、しっかりとした鼈甲縁の眼鏡でも隠しきれない端正な顔立ち・・・はっきり言って超絶美形。眼鏡越しに切長の眼で見つめられると内心まで見透かされている気分になってしまう・・・

どこから見てもイケメンなケイに見惚れていた俺は、主治医の院長先生(ケイの父)の声で我にかえる。そして院長先生からケイがここに居る理由と、コバルトの効果、副作用の危険性についての説明を受けた。

まず、コバルトが何たらかんたらメタンフェタミン(一生覚えられない気がする)という向精神薬であるという事。コバルトによって自分のトラウマの象徴をホログラム(ホグ)として具現化し、完全に実体化させ、それを除去する事によってPTSDを治療出来るという事。コバルトが効いている間は多幸感が強く、トラウマの象徴を見ても恐怖感はないらしいという事。

ただ、PTSDの症状が強すぎると恐怖感が多幸感を上回る事もあり、その場合は極稀にホグが暴走する可能性がある。そんな暴走したホグをも消し去るのがホグハンターと言われる存在だ。

ケイは、臨床研修医というだけでなく、ホグハンターでもあったんだ。

 ホグハンターは自分もホグを出し、そのホグに暴走したホグを狩らせるらしい。

「ホグハンターって・・・トラウマがないのにどうやってホグを出すんですか?」

俺はその時に思いついた疑問をケイに投げつける。

「トラウマがない人間がコバルトを摂取すると、多幸感とともに自分の思いの化身的なホグが出せるんだ。
まぁ、普通はやっちゃいけないんだが、精神科医は治療の為に一度コバルトを摂取する事が認められている。自分で具現化し、そこから実体化したホグを見ない事には除去が出来ないからな。
オレはまだ精神科医じゃないが、そこは大目に見てくれ。
一度それを経験すると、コバルトを摂取していなくてもホグの存在を感じられるという者がいる。更に、素の状態でホグを出して操れるのがホグハンターだ。だが、そこまで出来るのはほんのひと握りの人間だけだ。」

「私はそこまでにはなれなくてね。素面では患者が出したホグを見るのが精一杯なんだ。だからコバルトを治療に使う際には、ホグハンターである息子を待機させているんだよ。
それにケイはセラピストとしても優秀だからね。まだ若くて経験は少ないが、私よりセンスがあると思っている。若い患者さんだと、歳が近いセラピストの方が共感しやすいだろう?まぁ、一概には言えないが・・・君とケイは相性が良い気がするんだ。
PTSD患者に向精神薬を使った治療をするには、患者を導くセラピストが必要でね。もちろんコバルトにも。
ケイには、セラピストとしてマコくんを導く役割もこなしてもらう。どちらかと言うと、その方がメインなんだよ。」

ケイの言葉を受け、院長先生がそう言った。どうやら一度経験したからと言って、誰しもが素面でホグを出せるわけではないようだ。ホグハンターという存在にも、コバルトを摂取した人間の一割程度しかなり得ないらしい。

「それ、本当に大丈夫なの?そのホグ?が暴走する可能性があるなんて・・・」

リサ姉が心配そうに言う。

「そうですね。100%安全とは言えません。だが、うまく行けば本当にスッキリとトラウマが消えるんです。やってみる価値はあるかと思いますよ。」

院長先生の答えにもまだ不安そうなリュカ姉。

「まぁ、心配はもっともだ。だが、オレがセラピストとしてマコを導いて、上手くホグを出させてやるよ。絶対にバッドトリップなんかさせない。
それに、万が一ホグが暴走してもオレが確実に狩るから。オレを信用してくれないか?」

「マコ」と呼び捨てで呼ばれてドキッとしてしまう・・・リサ姉ではなく俺を見つめて言うケイに、俺はすべてを任せようと思ったんだ。

「リサ姉、俺、その治療をやってみるよ。いいかげんスッキリ治したい。いつまでもアイツらの事を思い出して怯えたくないんだ。
院長先生、ケイ先生、よろしくお願いします。」
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