【完結】狼の求愛は山に届く

ルコ

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月が見ていた

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心地よかったといいながら、頬を赤らめる男の子が目の前にいる。

嬉しそうにしているのはいいんだけど、ほっとくとそのうち口元を手のひらで押さえて何かを堪えているように体を震わせているんだ。

(これって、一体どういう状態だって思ったらいいの?)

魔力はあると言われた。

彼のスキルで、それがわかったんだということも。

「……そんなにわかりやすい揺らぎだったの? カルナークがわかるほどって」

素直にそう聞けば、「いや」とだけ返すものの、あたしを何度かチラチラ見る割にその先を言ってくれない。

「教えて!」

願うように手を祈りの形にして、カルナークを見つめる。

「怒らない?」

こっちを見ず、うつむいたり頭をかいたり、手をあっちこっちにさまよわせてみたり。

「言わなきゃ、怒るかも!」

怒らない条件を示せば「卑怯だろ」とため息まじりに呟いてから。

「先に謝る。……申し訳ない」

と、頭を下げてきた。

彼の行動と発言に首をかしげていると「マーキング」と聞いたことがあるワードが聞こえた。

「マーキング?」

あまりいい意味合いに取れないんだけどと思いつつ、言葉の続きを待つ。

「さっき、俺をベッドに連れていこうとした時、お前の魔力に触れた」

赤くなったり青くなった彼の体調を心配して、ベッドに寝かせようとした時の話だな。

「俺の手を握ったお前の手から、魔力の揺らぎが感じられて。本当に俺のことを心配してくれているのがわかって。それで」

「……うん」

「それで……」

「うん」

「あの…………俺の魔力を、ほんのちょっとだけ…本当にちょっとだけ……混ぜて、馴染ませた」

「?????」

魔力を、相手の魔力に混ぜて、馴染ませた。

「……ら? どうなるの?」

この世界のそのへんの定義なんかわからないのに、中途半端で話をやめないでほしい。

「その、魔力が混ざると」

「混ざると」

「……悪意はなかった。本当だ。悪意はなかったんだ。とっさにやってしまったんだ」

「それはいいから、教えて!」

「相手の状態や位置が、大まかにだけど……わかる」

状態や、位置。

「って、GPS機能! え? ちょっと待って、それって」

防犯カメラはなかったけど、あたしがもうすぐ起きそうだとかがわかってた?

「それと、その、声なんかも、聞こえたり」

どんどん声が小さくなっていくカルナーク。

「声、聞いて……たの?」

あたし、起きてからなにか話していたっけ。

「お腹空いたって、聞こえて……それで」

「あ! あぁ!!」

それだ。

食べたいもの、食べたい順に並べてた! 脳内じゃなく、声に出して。

「わからない食べ物ばかりだったから、最後に言っていたのだけなら何とかと思って、生活魔法を使ってすぐ食材に火を通して作って……持ってきた」

それで、か。

野菜いっぱいのスープがあのタイミングでなんて、都合がよすぎる展開だって思ったもの。

「そ、っか」

悪意はなかったって言った。聞き間違えていないはず。

「とっさに、って?」

そうしたかった理由が、何かあった?

あの短い時間で、それをすればどうなるかを知っている本人がそれをした。

「どうして?」

繰り返し聞けば、「……かった、んだ」と途切れ途切れの言葉だけが耳に入ってくる。

「カル……」

名前を呼びかけた瞬間、髪色にも近いほどに真っ赤になったカルナークが立ち上がり。

「魔力がっ! 心地よかったんだ! 触れたいって思ったんだよ! お前に!」

怒鳴るような勢いでそこまで言ってから、最後に。

「好きだって思ったんだよ! お前の魔力に一目惚れしたんだよ! 悪いか!」

爆弾を投下するだけして、トレイを持ってあっという間に部屋から出て行ってしまった。

「…………聞き間違い?」

今のは何だったんだろう。

思い出す。つい今しがた落とされた爆弾発言を。

「好き。魔力が。一目惚れ。……触れたい…あたし、に」

思い出した順に、確かめるように口からこぼれていく。

魔力にって言われても、あたしにはどんな魔力があるのかわからない。

ネット小説とかだと、誰かに好かれる魔法は魅了の魔法だよね。

「え、知らないうちに魅了の魔法でもかけていた……とか?」

形がないものを知ることが出来ないもどかしさ。

「でも、そんなものでもなければ、あたしが誰かに好かれるなんて」

これまでの自分を振り返ってみても、どこにも誰かに好かれる要素が思い出せない。

告白自体。

「今のって、もしかして……生まれて初めての…告白……」

言葉にしてしまえば、それがどんなことかを思い知る。

「告白……うそ、だぁ」

ゆっくりと立ち上がり、鏡の前に向かう。

姿かたちを好きになったわけじゃないとわかっているのに、自分を見つめずにはいられない。

鏡に手をあてて、鏡の中の自分と手を合わせる。

「あたしが? 誰かに?」

考えなきゃいけないことばかりなのに、もうひとつ悩みが増えてしまった。

「もしも魅了の魔法だったら、どうしたらいいんだろう。……カルナークに、悪いこと、しちゃったんじゃないのかな」

体を反転させて、鏡に背を預ける。

天井を仰ぎ見て、胸の奥の重さを吐き出す。

「……はあ。どれから片付けたらいいの?」

眠った方がいいはずなのに、あたしはそのまま床に座ったままで朝を迎える。

太陽が部屋を白く照らしはじめたことに気づいていても、立ち上がらずに。

静かな時間だけが過ぎていく中で、頭に浮かんだのは。

「スープ、美味しかったんだよね。すっごく」

キッカケが何であれ、カルナークがあたしを想って作ってくれたかもしれないスープのことで。

「カルナーク……聞こえてる? ね……、聞こえていたら、あたしの顔を見なくてもいいから…食べさせてくれない…かな」

癒してくれたあの味を、確かめたいなと思ったことだった。

きっと部屋を出てからの呟きも聞かれていたんだろう。

あたしと会うのは、恥ずかしくて嫌かもしれない。

魅了の魔法がかかっていたら、その心情はどんなものなのか。

(わかんない。わかんないよ、カルナーク)

だから。

……だから。

「カルナークがくれた想い、もう一回確かめたいんだ」

願うように、祈るように、聞こえますようにと呟いた。


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