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雄狼の子と僕
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しおりを挟む僕は山だ。名前が山とかってわけじゃなく本当に山。標高があって樹木が生い茂るあの山。
木も草も苔も土も石も岩も川も滝も全部僕。そこに住む鳥や虫、動物も全部僕の一部。魔族も住んでいるし、魔獣や魔鳥なんかもいるけど、彼らだって僕の一部なんだ。
そんな僕の中で作られる生態系の頂点は狼の群れだった。狼にとっては幸いな事に、僕の中に特別強い魔獣や魔鳥の群れはいなかったんだ。そして単体で強い個体も。熊は隣の山が縄張りだしね。
だから狼の群れが頂点。
それは僕にとっても幸いだった。
だって狼は無意味な殺戮はしない。
魔獣や魔鳥が頂点ならば、ただただ弱者を殺戮する場として僕が存在する事になったかもしれないから。
それは僕の意思に反している。
僕は平和を愛する山なんだ。
山は「山」という場所でしかないけれど、僕の中にある森羅万象すべての物や生命を愛おしむ僕は「山」の意識。
そう、僕には・・・
何故かは分からないけど人と変わらない意思があり、それを自覚している意識があった。なんて言うか「山」っていう僕を客観的に見ている「僕」が居るんだ。
僕はまだ若い山で、これが普通なのかは分からない。だって隣の山に意識があるのかなんて、どうやって確かめたらいいの?話しかけてみようにも物理的な距離もあるし、どこに向かって話せばいいのか分からないよ。
僕の中で君臨する狼の群れについて話すね?
その群れを率いる雄の長は、番の雌を愛していた。己の番に惜しみなく愛情を注ぐ姿は、僕の憧れだった。
あぁ、僕にも番が居たらなぁ・・・
そう望んでからすぐに気付く。
僕に番がいるはずがない。
だって僕は山だから。
それまで僕には番なんて概念なんてなかったはずなのに・・・どうしてそんな事思ったりしたんだろう?
自分が山だと改めて自覚した頃、狼の群れの長と番の雌狼との間に五匹の子どもが産まれた。その内の四匹はスクスクと育っていったが、一匹は弱く、兄弟に蹴散らされ雌狼の乳にもなかなかありつけない様子。
その子は日に日に弱っていった。銀色の毛並みもところどころ禿げていてみすぼらしくなっている。どうやら雌狼もその子を見捨てたようだ。
まぁ、これは自然の摂理だから仕方がない。僕(山)の中でも日常的に行われている動物の本能的な行為。弱い個体は見捨てられ、生き延びる確率が高い丈夫な個体が優先される。
当たり前だ。多くの動物はその為に多産なんだから。
でも僕はその子を放っておけなかったんだ。
その思いは僕の意識を具現化させる。
それはいつの間にか人型をとっていて・・・あやふやな形ではあるけれど、五歳くらいの男の子としての「僕」が存在していた。
幼児な僕は弱い雄狼の個体を抱き上げ、雌狼の乳房に吸い付くよう促す。
僕が山なのが分かったのか、雌狼は僕を拒絶しなかった。そして弱い個体も受け入れてくれたのでホッとした。
当然、兄弟からは足蹴にされるが、雌狼の乳房は八個か十個はある。
兄弟の牽制から守りつつ、弱い個体に余っている乳房を口に含ませると、懸命に吸い付き乳を飲んだ。余っている乳房は乳の出が悪いのか、弱い個体の吸う力が弱いのか、満足するまでかなりの時間がかかったが、僕の補助でなんとか飲めたようだ。
一度乳が出るようになった乳房は乳腺が開通したようで、弱い個体もコツを掴みだんだんと普通に乳が飲めるようになった。その成果が出て、一か月も経つとその雄狼の子は「弱い個体」ではなくなった。
他の兄弟よりはまだ少し体は小さいが、兄弟に蹴落とされる事も、親から見捨てられる事もなくなったんだ。禿げていた毛並みも生え揃いモフモフしている。
授乳期間が終わった後は、群れで狩った肉も他の兄弟よりもよく食べているようだ。
あぁ、良かった。
もう僕が世話を焼く必要もない。
なら、やっと人型に馴染み、はっきりとした個体の姿になって来たけれど、「僕」がこの姿でいる必要も・・・
「まって!」
僕に直接訴えかける声・・・
「ねえ、君はだぁれ?」
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