誰彼時ノ隘路ニ

とりい とうか

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白の記憶 十六

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 端的に言ってキレた。暴れた。泣いた。喚いた。殴ろうとした。蹴ろうとした。咬みつこうとした。叫んだ。吠えた。

 それでも、死神は薄く微笑むだけだった。

 血の気が失せれば頭も冷えるなんてこんなにも物理的な理解をしたくはなかった。背中から胸元にかけて大きく開いた傷口からは、未だに血と内臓が溢れている。そしてこの死神から与えられた傷というのは、死神が直そうと思わない限り治らないらしい。

 あぁ、わかったよ、あんな解決方法は好まないってね。ここらで一つ、アプローチを変えてみようか。

 こつん、と革靴の踵が鳴る音で我に返る。世界を分かつ黒いフレーム、その端に指を添えて位置を整えた。シャツの襟が曲がっているのを戻して、スラックスを留めるベルトを締め直す。
 ジャケットは……一応、着ておこうか。最悪、脱いで止血帯代わりにもできるだろう。しかし、普段着に黒を選んだのは失敗だった。辛気臭くて堪らない。

「あ、あー……」

 有子の声とは似ても似つかない、成人男性の低い声。慣れ親しんでいたはずの、自分の声だ。とはいえ今や有子の声に慣れすぎて、違和感の方が強いけれど。
 さて、有子の姿というチートが使えない状態で、何をどこまで頑張れるやら。単純な体力勝負ならこの姿の方が優れているだろうけど、そんなもので解決できるならもうとっくに解決している。
 これは罰なのか、死神もアプローチを変えようと思ったのか、何なのか。ともあれ、私は初めて「私」としてこの廃校を探索することになった。

「背丈が変わるだけで見えるものは随分違ってくる、なら宙に浮かんでいる貴方に見えているものは私に見えているものとは随分違っているだろうね」
「その理屈っぽい話し方、あの姿の時はそんなに気にならなかったけど、今はめちゃくちゃ鼻につくな……」

 最初に訪れたのは校長室。多分入れるだろうなと思っていたけれど、やはり入れた。宙で胡座をかいている一彦先生の姿を見上げて、にこりと笑って見せる。一彦先生は、くしゃくしゃの顔を更にしかめて返してきた。

「覚えているようで結構、とはいえお互いの認識は擦り合わせておかないとね?」
「あのバケモンは何なんだ? お前がぶっ壊れて暴れ回った後、オレらまで殺されたんだが?」
「それでも解決はしなかったんだね、とても悪いニュースだ……あれは死神だよ、私と同じ顔をしていた彼女を救ってやりたいらしい。ちなみに私はどうやらあれに巻き込まれたせいでこんなことになっている」
「そりゃ御愁傷様ァ」
「今からでももう一度暴れていいのだけれど」
「そンでまたアレが出てきて皆殺し?」
「それを繰り返したら諦めて私だけでも抜け出せないかな……」

 しかし、一つ疑問が浮かぶ。

「……流してしまったのだけど、よく私が私だとわかったね?」
「あー……臭うから?」
「傷つく」
「いや別に臭いって訳じゃなくてだな……感覚的な話だ、理解できねェよ生きてる人間にはな」
「私、まだ生きてる換算なんだね」
「お前が生きてなきゃここにいる全員死んでる」

 疑問は解決した、残念ながらまだ生きていることも確定した、ならばまぁ、仕方ない。私はひょいと肩を竦めて、この周回で何を試すかを考え始めた。
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